フェードインする恋心 最終回












土浦君に奢ってもらい、他愛ない話をして時間を過ごした。
私の目は赤かっただろうけど、土浦君は何も言わずに「もっと食え」と困ったように笑うだけ。


元気出せよと、駅のホームで背中を叩かれた時には随分と気分が変わってきていた。



「年賀状、出すね。」
「おい。今から書いてたら正月には間にあわねぇだろ。」


「そのうち着くから気長に待ってて。」
「お前の年賀状が着く前にオケの元旦コンサートで会っちまう。」


「なら手渡しするよ。」
「あきれた奴だな。」



軽口の応酬をすれば、土浦君がホッとした笑顔を見せた。
意外にお節介で優しい彼の気遣いに笑顔を返し、お互いが「良いお年を」と言い合い別れる。



空には冬の一番星が輝き、月は満月から少し欠けて白かった。


ひとりになると心は沈む。
昼間に見た光景が浮かぶたび、遣る瀬無さを逃したくて空を見上げた。



見慣れた角を曲がり、家が視界に入った中に不自然な影を見つけた。
その影が私の姿をみとめて動く。



「遅かったじゃないか。」



柚木先輩は昼間に会った時と同じ格好で立っていた。
どうしてと、言葉にしなくても表情に出ていたのだろう。
外灯の下まで近付いてきた柚木先輩が可笑しそうに唇の端を上げた。



「俺から逃れたと思ったら、すぐに土浦と付き合い始めたのか?」
「土浦君とは別に」


「けど、土浦は恋人失格だな。
 こんな夜道をひとりで帰らせたら何があるか。なぁ?お前もそう思うだろう?」



外灯に照らされた柚木先輩の顔は、月の光りのように白く凍った表情をしている。
身にまとう雰囲気に言葉にはできない威圧感があって、自然と足が後ずさった。



「柚木先・・」
「こんなふうにね。」



伸びてきた指が肩に食い込む。
思いもしなかった痛みに身を屈めたら、驚くほど冷えた手が乱暴に顎をつかんできた。
追いついていかない思考の中、柚木先輩を振り払うように身をよじる。
嫌だと頭を振り、夢中で柚木先輩の胸を押したけれど敵いはしない。


寄せられた唇は頬にずれ、それに苛立った先輩が私の名前を呼ぶ。


先輩が呼ぶ私の名前。
何度も頭の中で再生してきたはずなのに、こんなことで聞きたくなかった。



「嫌ですっ、先輩」
「そんなに俺が嫌なのか?」



嫌じゃない。嫌じゃないけど、嫌。
先輩が私に近づけば近づくほど・・初めて嗅ぐ甘い香りがする。


痛い。肩も、手首も、心も、何もかも。



「痛いっ」



心の底から叫んで膝を折れば、柚木先輩に手首を掴まれたままで体がアスファルトに落ちた。
ポタポタとフスファルトに涙も落ちる。



「も・・分からない。先輩が何を考えてるのか。どうしたいのか。
 ただ痛くて、辛くて・・・どうすればいいんですか?どうすれば解放してくれますか?」


「解放?」


「恋人がいるじゃないですか。私なんか必要ないでしょう?
 なんで構うんです?もう放っておいて!!」



凍ったアスファルトに膝をつく私の前に、先輩は力の抜けた手を掴んだまま立っている。


フッと柚木先輩が笑った気配がした。
涙で歪む視線をあげれば、外灯の明かりを背にした柚木先輩の顔は暗い影になっていた。



「お前は本当に馬鹿だね。
 何度も言っただろう?俺は・・・お前が好きなんだよ。」



違う、そんな意味のない『好き』が欲しいんじゃない。
だって私は本気で先輩を。



「いや、馬鹿は俺か。
 生まれてこのかた、本気で欲しいと願って手に入ったものなど何一つないのにね。
 お前も俺のものになりはしない。分かっていたのに、手を伸ばしてしまった。」


「恋人がいるんでしょう?」


「ああ、いるよ。親が勝手に決めた近々婚約者になる人がね。」



ニコッと先輩が微笑んで、私の手を離した。
重力に従って落ちた手を見て、柚木先輩が「しょうがないじゃないか」と呟く。



「本気だったんだぜ。婚約者がいるなら、お前を愛人にするしかない。
 家の望む通りに好きでもない女と生涯を共にするんだ。
 ひとりぐらい本気で好きだと思った女を傍に置いてもいいだろうってね。
 まぁ、お前には災難だったろうが・・・土浦がいるんだからいいさ。」



この人は、なんて不器用な人なんだろう。
誰もが羨むほどに全てを手にしているはずなのに、何もかも諦めている。



「私・・・ちゃんと私だけを見て、私だけを好きでいてくれる人じゃないと嫌なんです。」


「確かに土浦は二股かけられる器用さはなさそうだ。」
「土浦君じゃなくて、先輩に言ってるんです。」


「俺にって」



逆光になって先輩の表情が分かりにくい。
もっとちゃんと見たい。そう思って手を差し出した。



「欲しいのなら、変な小細工しないで奪ってください。
 それでちゃんと私だけを恋人にしてください。」


「お前・・・言ってる意味が分かってるのか?」



唖然とした柚木先輩の声が可笑しくもあり、愛しかった。
温もりを待つ手を誘うように伸ばし、残った涙をもう片方の手で拭う。


この恋を前に泣いてる場合じゃない。



「早く手を取って」



「だって、好きになっちゃったんです。」



ああ・・と、柚木先輩が夜空を仰いだ。
月の光りと同じくらい白かったはずの頬が赤くなっているのが夜目にも分かる。



「まいったな。これからどうすればいいんだ?」
「諦めなければいいんですよ。」


「本当に?」
「きっと、大丈夫です。」


「ノーテンキな奴だ。」



言って柚木先輩は視線を戻し、私の手を握った。軽く握って。それから少し笑って、強く握った。
グッと引っ張られて立ち上がった体は、そのまま柚木先輩の腕の中に抱きしめられる。
やっぱり柚木先輩の体からは知らない香りがして、この先にあるだろう苦難を思う。



「私・・・いつもの香りが好き。」
「俺もだよ。土浦とお前の香りを共有する気はないけど、どうするんだ?」


「先輩、勘違いしてます。」
「・・・俺の心は広くないぞ。」


「だから」



先輩の胸から顔をあげたら、直ぐに影が落ちてきて唇が重なった。



きっと明日からが大変だ。
だけど諦めないよ。


暗闇から抜け出したように輝きだした恋心を大事にしたい。
そう、思うの。




















フェードインする恋心  最終回  

2007/11/27

お題『フェードインする恋心』にお付き合い下さり、ありがとうございました。

フェードインする恋心
コは相手にしないプライド
リードする時は、いつもさりげなく
スして良いのは貴方だけ
ルーされた告白の行方

お題 キミにうたう「すき」のうた 様より




















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