フェードインする恋心 4












噂だけで柚木先輩の登校を知るぐらいで、二学期を終えてしまった。
あれきり土浦君は柚木先輩の名前を出すことはなく、なんでもないような顔で練習に付き合ってくれた。
王崎さんに頼まれたクリスマスコンサートも何とか乗り切り、土浦君と一緒に肩の荷を降ろす。



には難しいと思ったが、なんとかなったな。」


「やっぱり無理と知ってて選んだ曲だったのね。酷いじゃない?」
「酷かないだろ?俺のおかげで確実にレベルアップしたぜ?感謝して欲しいぐらいだ。」



しれっと答える土浦君が憎らしい。
そういえば柚木先輩にも『今のお前じゃ難しい』と楽譜を覗かれて言われたっけ。
暖かかった秋の屋上がとても遠く感じる。



?どうかしたか?」
「ん?なんでもない。お腹すいたね。」


「そう言えば、そうだな。このクリスマスに寂しく二人で何か食うか。」
「なによ。可愛い女のコが一緒に食事してあげるんだから、ちっとも寂しくないでしょう?」


「可愛い女のコ?どこだ、どこ。」



キョロキョロする土浦君の背中を力をこめて叩いてやった。



街中は幸せそうな恋人達に溢れ、色も空気も浮き足だって賑やかだ。
耳の良い土浦君は何重にもなって響いてくるクリスマスソングに頭痛を訴えていた。



「なに食べる?」
「とにかく静かなところだ。頭がおかしくなっちまう。」


「このクリスマスに静かなところなんてあるの?」
「和食だ、和食。和食屋なら静かに違いない。」


「和食ねぇ。ここら辺にあるのかなぁ。」



眉間を抑えてる土浦君を横目に周囲を見渡せば、ビルの二階に和風喫茶と書かれた看板を見つけた。
土浦君を引きずるようにしてビルの入口にあるメニューを見れば、甘味だけでなく軽食がある。
普段なら初めての店に一人で入ることはないけれど、土浦君がいるから平気と階段を上った。


薄暗く狭い階段を上がりきると、木の目の美しい引き戸と赤い暖簾があった。
外の喧騒も幾分和らいで、ホッとした土浦君の様子が背中からでも分かる。


暖簾をくぐるとお座敷やカウンターがこじんまりと納まった感じの好い店だった。



「良かったね、クリスマスソングが流れてなくて。」
「そうだな、助かっ・・」



前を行く土浦君の足が止まった。
背の高い彼の後ろから声をかけた私は、返事がないことに横から顔を覗かせる。


土浦君の視線の先に、流れるような黒髪の男性がいた。
その人の前には同じように美しい黒髪を持つ女の人。


頭が真っ白になって、空っぽの胃が喉にせりあがってくるような気がした。
こんな偶然をクリスマスの日に得てしまうとは、会いたいと願った罰だろうか。


綺麗な人だ。
柚木先輩は笑顔を浮かべて、美しい人の話に相槌を打っていた。
思わずコートの胸元を強く掴む。


将来を誓い合った大切な人に見せる笑顔は私に見せる以上のものに違いない。
私を好きだと言った人には、もっと好きな人が存在する。


目の前にして悟った現実は私の心を掴みつぶすような痛みだった。



、出よう。」



土浦君の囁きと店員さんの「いらっしゃいませ」の声が重なった。



スローモーションのように柚木先輩が視線をあげる。
その瞳が大きくなるのを最後まで見られずに、私は土浦君の背中に隠れた。



「お二人様ですか?」



店員さんの声掛けに、土浦君は「いや、もう・・」と答えて私を庇うようにして立つ。
私の視界は土浦君の広い背中だけ。


その向こうから柚木先輩の声がした。



「やあ、久しぶり。二人はデート?」



息を殺すようして身を縮めれば、僅かに私を振り返った土浦君が溜息と共に答えた。



「ええ、そうです。」
「土浦君!?」


「先輩の邪魔しちゃ悪いですから俺らは出ますよ。行こう、。」



土浦君は挑戦的な口調で言い切ると、戸惑う私の肩を抱いて店を出ようとする。
見なければいいのに振り返ってしまった私は、笑っていない柚木先輩と目が合った。
冷たい氷のような瞳は一瞬で赤い暖簾に遮られ見えなくなる。



土浦君の横顔は怒っていた。
私は彼に肩を抱かれたまま、再びクリスマスの喧騒に包まれる。



「ゴメンね。」
「なんでが謝るんだ?」


「ご飯が食べられなかったうえに、うるさい街に戻っちゃった。」
「ンなこと、どうでもいいんだよ。俺が勝手に腹立ててるだけなんだから。」



苛々と周囲を見渡した土浦君は私の肘を掴み直し、目についた店へと引っ張っていく。
飾り付けされたクリスマスツリーのあるファーストフード店に入ると、
どんどん人をかきわけて奥のカウンターに私を座らせた。



「俺の奢りだから、文句言わずに食えよ。」



それだけ言うと私の好みも聞かず、土浦君は注文の行列に並んでしまう。


彼がくれた賑やかでいて、ひとりの時間。
こんなに多くの人がいるのに、誰も私など見ていない。
寂しくはないし、泣いていても気づかれない。


土浦君がくれた精一杯の優しさが心に沁みる。
彼がトレーを手に戻ってきた時には笑顔で『ありがとう』と言えるように、今は少しだけ泣いてしまおう。



自覚した時には消えてしまっていた恋に、最後の涙を流そう。



終わらなければ、始まりだってないんだから。




















フェードインする恋心 4 

2007/11/26

フェードインする恋心
コは相手にしないプライド
リードする時は、いつもさりげなく
スして良いのは貴方だけ
ルーされた告白の行方

お題 キミにうたう「すき」のうた 様より



















戻る     コルダ連載TOPへ     次へ