揺れる心











優等生。だけど目立ちすぎず、控えめに。
優れてはいても兄達より優れてはいけない。
だからといって柚木の名を汚すような馬鹿でもいけない。


なかなかにサジ加減が難しい。



『柚木君、もう少し自由に吹いてもいいんじゃないかな?
 技術は言うことないんだけど・・・なんか抑えてる感じがしてね。』



王崎先輩は耳がいい。
だがお節介なのが煩わしい。



『柚木様は素晴らしいですわ!』



どこが?
そんなに物欲しそうな目で走り寄られてきたら怖くて逃げ出したくなるね。
何を求めてるのか知らないけれど、俺が与えられるものなんか『嘘』しかないんだ。



過去の俺も。今の俺も。未来の俺も。
俺の音楽も。夢も。将来も。全て柚木の名が作り上げた『嘘』ばっかりだ。



つまらない。
こんなツマラナイ人生、早く終わらないだろうか。



笑った顔が固まってしまいそうになって屋上に逃げた。
重い鉄の扉を押せば、風に乗ってバイオリンの音色が流れてくる。



「アイツか、」



音色で誰か分かってしまう自分に苦笑しつつ迷わず足を向けた。
アレになら無理な笑顔を作る必要もないし、少々キツイことを言っても傷つきはしない。
憎らしいほどに芯が強く、それでいて何処までもお人好しな奴だ。



相変わらず伸びやかな音だ。
優しく温かく、それでいて強さがある。包容力とでも表現しようか。
近づく俺に気づきもしないで、屋上に吹く風と戯れるように弾きつづけている。



俺は黙って彼女の背中を見つめていた。





余韻を残し演奏が終わる。
自然と閉じていた目を開ければ陽射しが眩しくて立ちくらみがした。



「相変わらず下手くそだな。」
「柚木先輩!」



振り向いたの顔が逆光でよく見えない。
俺は彼女の表情が見たくて足を踏み出した。



「さっき追っかけの皆さんが探しに来てましたよ?」
「その鬱陶しい追っかけを巻いてきたんだよ。」



近づくことでが呆れたように肩をすくめる表情を見ることができて満足した。
は俺に媚びることもなければ、特別扱いもしてこない。
火原に接するのと同じように、いや・・・もっと辛らつに俺を見て接してくる。



「思うんですけど。素のままの柚木先輩を見せれば、直ぐに追っかけは居なくなると思いますよ?」



はバイオリンを仕舞いながら俺に嫌味を言う。
なんだ、もう弾かないのかと内心で思いつつ、そんな彼女の横顔を見下ろした。



「鬱陶しくてもね、居なけりゃ居ないで困るんだよ。俺を宣伝してくれる人たちだからね。」


「は?誰に宣伝する必要があるんですか?」
「柚木の家にだよ。」



意味が分からないという顔をしている。
前々から思っていたんだけど、お前は言葉が必要なくて便利だね。
思ったことが顔に出るから分かりやすいったらない。



「イイコでやってますよという宣伝さ。」



瞳を大きくしたが次には眉を寄せて俺を見上げる。
何か言いだけな口元。


なんだ?どんなに酷くされても俺の正体を誰にも明かさない広い心があるんだろう?
まぁ、誰かに本当の俺を言いあげたところで誰も信じはしないだろうけど。



また何か嫌味が来るかと身構えていた俺に、は瞳を揺らして口を開いた。



「・・・もっと自由になれたらいいのに。」
「自由?」



思いがけない言葉を聞き返す。
は目を伏せ、それから辛そうに俺を再び見上げる。



「意地悪なのも、冷たいのだって・・・本当の柚木先輩じゃない気がする。」


「なにを言ってるんだ」


「だって・・あんなに優しい音が吹けるんだもの。
 本当の先輩って何処にあるんですか?本当の先輩って、どれなんですか?」


「やめろ!」



気づけば怒鳴っていた。
は肩を震わせて口元を押さえる。



「本当の俺だって?そんなもの知って何になる?」



なんだ、この気持ち。この焦り。
本当の俺なんて、既に俺自身にも分からなくなってるんだ。



「俺は・・・」



柚木梓馬という人間を演じている人形と同じだ。



ハッとしてから目をそむけた。
ずっと心の奥に仕舞いこんできたものをもう少しでぶつけてしまうところだった。


息を整え、唇の端に笑顔をのせる。



「お前、本当にウザいよ。俺はお前が大嫌いだ。」



言った途端、胸に痛みが走った。



が見たこともない表情を浮かべたから。
今にも泣き出しそうな、そんな目をして俺を見ていた。



「すみません・・・」



は搾り出すようにして謝ると覚束ない手でバイオリンケースを閉じて俺の脇を走り去っていく。
バタンと大きな鉄の扉が閉まる音がして、俺の周りには風しかいなくなった。



片手で顔を覆う。
心が乱れる。今までの自分が崩れていく。



ここまでずっと上手く演じてきたのに、何故こうも揺れてしまうんだ。



全ては一つの出会いから。





俺が・・・変わっていく。 




















「揺れる心」  

2007.02.07



















コルダ連載TOPへ     次へ