揺れる心 〜 heroine side 〜










はじめは優しい先輩。
次には冷たくて怖い先輩。
なのに本当の柚木先輩を知ってからの方が私は惹かれていった。



『お前、変わり者だな。虐められるのが好きなんだろう?』



嫌味を言われても、辛らつな言葉を浴びせられても、
誰かに本当の先輩を明かすこともなく近づく私に問いかけられた言葉。


自分でも分からなかった。
表面だけは完璧な優等生で、本当は意地悪で冷たくて口も悪い。
周囲の人間を完全に欺いているような人なのに、何故こうも惹かれるのか。



『火原先輩にさえ本当の自分を見せないんですか?』
『見せないよ。火原は真っ直ぐな奴だからね、本当の俺は見せられないな。』


『先輩・・・』
『お前も少し火原に似ている。あまりに真っ直ぐ見つめられると・・・』



眩しくて、目を逸らさずにいられなくなる。



コピーしたような笑顔の合間に、ふと見せる寂しい横顔。
自らのフルートを愛しそうに撫でながらも憂いの瞳が何かを語っていた。



『お前の音は自由だ。遠く何処までも羽ばたいて行けそうで憧れる。だけど憎らしくもあるよ。』



そう言って屋上から飛び立つ鳩を眩しそうに見送っていた。


どんなに意地悪なことを口にしても音は雄弁に彼の人を語る。
優しく包み込むような音は先輩の心。


楽譜に正確、だけど何か感情を押さえ込むような演奏は先輩が繋がれている枷を思わせる。
正確さより感情のままに伸びやかな音を鳴らす火原先輩とは対照的だ。



胸が痛んだ。
私なんかより何倍も才能があって、実力もある。
家じゃ満足な練習が出来ないと許す限りの時間を学校での練習に注ぎ込んでいる先輩。


なのに練習の時とコンクール本番では音が違う。
わざと順位を落とすかのような抑えた演奏と陰のある瞳に、どうして誰も気づかないのかと悲しくなった。





  ・・・もっと自由になれたらいいのに。


  意地悪なのも、冷たいのだって・・・本当の柚木先輩じゃない気がする。


  だって・・あんなに優しい音が吹けるんだもの。


  本当の先輩って何処にあるんですか?本当の先輩って、どれなんですか?





だから言ってしまったのだ。
私自身が我慢できなかったのかもしれない。自由にいられない柚木先輩が悔しかった。





『お前、本当にウザいよ。俺はお前が大嫌いだ。』





とうとう先輩を怒らせてしまった。
胸が凍りつきそうな声に先輩の心底からの怒りを感じて逃げ出した私。


ううん、違う。怒りから逃げたんじゃない。
大嫌いだと告げられた事に酷く傷ついて、その場にいたら泣いてしまいそうだった。


私は柚木先輩が好きなんだ。
どんなに冷たくても、どんなに意地悪でも。


触れた音色から、さりげない会話から、伏せた瞳から・・・私は本当の柚木先輩を見つけてしまう。





あの日から丸三日、先輩と話していなかった。
何度か登校時に見かけたけれど親衛隊に囲まれていて目を合わせる事さえ出来ない。
練習室でドアに背を向けてフルートを奏でている柚木先輩の背中を見つめ、声も掛けずに通り過ぎる。


もう何を言って、どんな表情でいればいいのかも分からずに私は逃げ続けていた。



人気のない屋上でヴァイオリンを弾く。
練習室よりも広い空の下で弾くのが気持ち良くて好き。
火原先輩も同じ事を言って、よくここで会う。そんなところ私たちは確かに似ているのかもしれない。


特にこんな迷いがあるときは外で弾くのがいい。
風と共に全てが空に吸い込まれていくからだ。



迷いを消すほどに集中して弾こう。



「痛っ」
!」



一瞬、何が起こったのか理解できなかった。
夢中になって弾いていたら突然に絃が切れて指先に痛みを感じた。
同時に名前を呼ばれて肩を掴まれる。



「見せてみろ!」



長い髪が白のブレザーの胸元で揺れている。
私の手を取る、その人の手は驚くほど温かかった。



「切れてる、すぐ保健室へ」
「大丈夫です。」



先輩は自分のポケットからハンカチを出してきて私の指先を巻いて抑えると顔を上げた。
眉根を寄せて、いつもの作った笑顔も何もない先輩が私を見つめる。



「馬鹿!コンクールまで日がないのに怪我なんかして、大丈夫なわけないだろう!?とにかく早く手当てを」
「どうして?どうして大嫌いな私の心配なんかするんですか?」


?」



それも演技なの?
私は単純だから演技かどうかなんて関係なく受け取ってしまう。
嫌いなら嫌いで、もう近づいて欲しくない。だって私は・・・



「絶対に先輩のことを人に言ったりしません、誓います。
 だからもう嫌いな私に構わないで下さい。
 嫌いなら、そんな心配そうな目で私を見ないで下さい。そうじゃないと私・・・」


「・・・そうじゃないと?」



柚木先輩は私の傷ついた手を取ったまま真っ直ぐに視線を合わせてきた。
なのに先輩が歪んで良く見えないの。



「もっと・・・好きになってしまいます。」



語尾を言い終わらないうちに取られた手が引かれ、自分以外の体温に体が包まれた。
普段は僅かにしか感じられない柚木先輩の香りを濃厚に感じる。
頭が真っ白になって無意識に抵抗すれば、更に強く抱きしめられた。



「告っといて抵抗するなよ。」
「でも、」


「そんなに泣いてちゃ、俺が苛めたみたいで保健室に連れて行けないだろう?」
「ひ、ひとりで行きますから放してください!」


「嫌だね。」



頭の上で、ハハ・・と先輩が声をたてて笑っている。
どうして抱きしめられているのかも分からず、告白してしまった恥ずかしさと後悔で居た堪れない。
腕の中から何とか逃れよう身じろぎすれば、額に柔らかく唇が押し付けられた。



「動くなって言ってるだろう?

 今ね、なんだか気分がいいんだ。霧が晴れたような、そんな気持ちかな?
 だから・・・もう少しこのままで居たい。」



初めて聞く柚木先輩の優しい囁き声だった。





柚木先輩の温かさに溺れそうになりながら、私の心は揺れる。




















揺れる心 〜 heroine side 〜

2007.02.25




















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