俺の想い・君の想い 〜前編〜










という女は賢いのか馬鹿なのか分からない。
ひとつ言えることは強い心を持った女だということだろうか。



『いいよ、お前と付き合ってやる。
 こう見えて、お前のことは結構気にいっているんだ。
 残り僅かの自由時間をお前と過ごすのも悪くない。』


『残り僅かの自由時間?』


『ああ。俺の人生は既にレールが敷かれているんだ。
 柚木の家に生まれて脱線は許されない。
 いずれは家が決めた女と結婚して、兄達のサポートをして一生を過ごす。』


『そんなこと、』


『お前みたいに普通の家に生まれた人間には分からない世界だろうが、柚木という家は特別なんだ。
 望んで生まれた訳じゃないが仕方ない。
 窮屈ながらも俺が自由に居られるのは大学を卒業するまでだろう。
 その間・・・飽きるまでは付き合ってやるさ。』



家に知られたら引き離されるのが分かっている。
だから俺達の付き合いは誰にも知られてはならない。



それを告げた時のの表情は今も忘れられない。
お前が泣き出すんじゃないかと身構えていた俺は驚くと同時にお前の強さを知った。



『それでも・・・少しでも傍にいれたら嬉しいです。』



どうしようもない絶望の色を瞳に浮かべながらも、俺を慰めるように微笑みを浮かべていた。










「柚木!な、な、これからさオケ部に顔出さない?」
「いいけど。そうは長居できないよ?」


「良かった!あのさ、ちゃんを誘ってるんだ。で、柚木も久しぶりに会いたいかなって。」
「ああ、さんか。久しぶりだな。」



いつの間に火原と約束したのか。
この前に会った時は何も言ってなかったが?
そう考えてから、この前が一週間以上前だったことに気づいて溜息が出た。


隣に並んだ火原が勝手にと約束できた経緯を楽しそうに話し始める。
この友人がに想いを寄せているのを近くで見ながら、俺は何とも複雑な気持ちで相槌を打っていた。



大学に進めば途端に外に対する用事が増えて、フルートを握る時間が削られていった。
週末の夜は関連会社のパーティーやら何やらにかり出され、顔を広めるための挨拶攻めだ。
着飾った社長令嬢やらと見たくもない試写会やコンサートに行かされたりもして、
考えていたより早くに自由な時間が減っている。



ちゃんさ、会うたびに綺麗になってるよね。だれか好きな人とかいるのかなぁ。」



ふーん。火原にも見て分かるほどはイイ女になってるのか。
俺の知らないところで誰がちょっかいを出しているとも知れない。
それはそれで不愉快だ。



「ね、柚木。どう思う?」


「さぁ。さんは可愛らしい人だけど、僕のタイプじゃないから。」
「そうなの?そっか。柚木って、お嬢様って感じの子が合うのかなぁ。」



それはないね。でも多分・・・妻は火原の予想通りの人物となるだろうけど。
お嬢様なんてロクでもない女が多いんだよ。
自分中心でね、強欲で我儘、他人のことなどお構いなしでウンザリする。
まぁ、俺も人のことは言えないんだからお似合いかもな。
彼女たちも得られないものがあるからこそ、そうやって憂さを晴らすしか生きる術がないのかもしれない。



「ね、柚木は好きな人いないの?」


「僕に聞く前に火原は?」
「えっ、ええっと・・・あ、ちゃんだ!おーい、ちゃん!」



それが火原の答えだね。
大きく手を振る火原の視線の先、大きな瞳のが俺を見ると慌てて頭を下げた。
に駆け寄る火原に遅れ、ゆっくりと二人に近づく。
懐かしいの制服姿だ。



「久しぶりだろうと思って柚木も誘ったんだ。」
「こんにちは、さん。久しぶりだね。」


「お・・おひさしぶりです。」



は相変わらず嘘をつくのが下手だ。
思いがけない俺の登場に内心で冷や汗をかいているのが手に取るように分かる。



「じゃ、行こう!」



元気に歩き出した火原に促され、が戸惑いつつも俺の隣に並ぶ。
火原の奴は嬉しさのあまりか俺達の前を鼻歌交じりに歩いているけど・・・いいのかな?
自分の後ろで彼女が俺に口説かれることなど考えてもしてないんだろう。


俺はそっとの耳元に口を寄せて囁いた。



「俺に内緒で遊びまわっているな。」
「ち、違いますって。昨日、駅でたまたま火原先輩に会って・・・」


「少しばかり放っておけば、すぐコレだ。」
「だから誤解ですって。」


「なら、帰りは火原に誘われても断われよ。いつものところで待ってろ。」





ちゃん、今日は遅くなっても大丈夫?」



急に火原が振り向いて、が明らかに引きつった笑顔で立ち止まる。
よくこんな調子で一年以上誰にも知られず付き合ってこられたものだと感心してしまう。



「ええっと」


「良かったら、あの・・終わった後に皆でお茶でもって思って。」
「そ、それが・・その、ちょっと用事が・・・」


「え?あ、そうなんだ。うん、いや・・いいんだ。久しぶりに少し話そうかなって思っただけだし。
 その・・俺はちゃんに会えただけでも嬉しいし。ウン。」



どさくさに紛れて想いをほのめかす火原にが頬を染める。
そんなの様子に自分が口走った言葉の意味を知った火原も頬を赤くした。
二人の間にある空気が気にいらない。



「そうだね。僕も久しぶりにさんと会えて嬉しいよ。
 出来たらゆっくりと話したかったのに残念だな。」



にニッコリと笑いかけてやれば、彼女は情けない目で俺を見上げた。
火原も助かったとばかりに「そうそう」と笑って気持ちを誤魔化す。


の言いたいことは分かってる。
分かっていて答えは『ノー』だ。



火原にも俺達のことは内緒だ。
お前が火原に乗り換えたいのなら止めはしない。


そう答える度に酷く傷ついた目をするを知りながら繰り返す言葉。


は辛そうに首を横に振る。
そして最後は決まって微笑むんだ。



また俺を慰めるように。




















俺の想い・君の想い 前編  

2007.03.08



















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