100万回でも好きだと言おう 1

                    Thank you million hit present to 美和












「てめぇ、んな汚い店で俺に昼飯を食わせる気か?」
「ハイソなお家のお坊ちゃまには分からへん美味さがあるんやって。騙されたと思うて」


「俺は騙されたくねぇ」



俺の文句など右から左。
食えねぇ笑顔を浮かべた忍足は、さっさと小汚い暖簾をあげて店に入ってしまう。
俺は舌打ちすると渋々体を折り曲げて、色褪せた布に触れないよう気をつけて暖簾をくぐった。


驚きの低プライス定食。
こんなんで店が成り立つのかと疑問に思ったが、もう何十年と潰れずにいるのだから大丈夫らしい。



「食材は中国産に違いないぜ」
「今から食うのに、そんな恐ろしいこと言わんでもええやろ?」



そんな会話をしながら、結局は忍足が勧めるサバ味噌定食を食べた。
ぶつ切りのサバに驚いたが、定食屋では常識らしい。
味は甘辛く濃厚で、白いご飯によく合った。


忍足が俺のビルの一角にクリニックを開いて半年。
大学病院勤めが性に合わない忍足が開業したいと言うので、俺が出資した。
俺としてもビル内に病院があると便利だし、社員の健康管理も任せられる。
うるさい奴だが気心も知れた男だから悪い話ではなかった。



「ほらほら、野菜も食べて。ストレスが多い人間ほどビタミンが必要なんやって」
「ビタミン剤なら飲んでるぜ」


「アホ。食事の中から摂るのが自然というもんや
 社長が栄養失調で倒れたなんて笑い話にもならへんで?」



そう言って忍足は自分が好きではないのだろうピーマンを人の皿にのせてくる。


俺のことを『アホ』と呼べるのも、自分の食いかけを平気で譲ってくるのも、
こうやって馬鹿馬鹿しく話せるのも、そんな奴・・・もう俺の周りには殆どいない。



親父から会社を譲られて三年。
社長と呼ばれるのには慣れたが、忍足のような男と過ごす時間も俺にとっては必要だった。



「ほい。おつり、五十円」
「いらねぇ」


「俺も財布を仕舞うたから面倒臭い。ほら」



定食屋で俺と合わせて金を払った忍足が釣銭を渡そうとする。
俺様だって財布は仕舞ったし、たかが五十円なんぞいらない。
いる、いらないを言い合いながら再び小汚い暖簾をくぐろうとした時、店に入ってきた女の客とぶつかった。


小さな悲鳴と一緒に金の落ちる音がする。
足元を見ればデカい財布が蓋を開けたまま落ちていて、小銭が四方に転がっていくところだった。



「悪い」
「お金が!早く拾って!」



俺の謝る声より三倍は大きな声で女が叫んだ。
後ろで忍足が「あららら」と間抜けな声をあげ、転がってきた百円玉を足で踏む。
財布の持ち主らしい女は素早くしゃがむと、なにやら大騒ぎしながら小銭を拾いだした。



「あ、五円が」



切羽詰まった声に視線をやれば、遠くまで転がった五円玉がレジカウンターの下に消えていった。



「なんか・・棒とか、このカウンターの下に入るヤツはないですか?」



どうやら消えた五円玉を探すつもりらしい。
五円ごときにと俺は思うが、女は必死の形相だ。
レジにいた店員も困惑気味だが、何かないかと探し始めた。



「これ」



女にだけは親切な忍足が拾った金を差し出した。
その手のひらの小銭のうえに、俺はお釣りの五十円を足してやる。



「五十円?私の財布に五十円は入ってなかったけど」



首を傾げる女。



「いらねぇ金だからやるよ。ぶつかった詫びだ」
「で、でも・・そんな悪いし」


「別に構やしない」



女は大きな瞳をしていた。
色白の丸い顔に丸い瞳で、おまけに前髪が真っ直ぐに切られていて、みょうに全体が丸かった。
その瞳を瞬かせ、えらく驚いている。



「本当にいいんですか?五十円も」
「ああ」


「あ、ありがとうございます!」



こっちが驚くほど勢いよく頭を下げると、ホクホクとして忍足から小銭を受け取る。
現金な女だなと思いつつ背を向けると、後ろから「で、棒はありますか?」と声が聞こえた。



外へ出てビルに向かって歩き出すと、忍足が楽しそうに笑って店を振り返る。



「やっぱり元気ちゃん可愛いわ」
「元気ちゃん?」


「さっきのコや。あの店の常連さんなんやけど、元気やろ?
 俺が勝手に名前つけて元気ちゃんと呼んでるんや」


「元気というか、せこい女だったな
 財布に五十円玉が入ってたかどうかなんて覚えてるか、ふつう」


「あの五円玉も執念で拾うやろうなぁ。それがまた可愛い」


「お前、本当に女だったら何でもいいんだな」
「跡部には元気ちゃんの素朴な可愛さが分からへんのやって。かわいそうに」


「かわいそうなのは、お前の方だ」



鼻で笑ってやると、忍足が肩をすくめた。


ガラス張りのビルが太陽の光りを集めて輝いているのが見えてきた。
三階まではテナントが入っているから彩りがあるが、それから上は同じ形のガラスが規則正しく並ぶだけの箱。
あの箱の中に戻るのかと思えば少しばかり気が重い。
午後も会議から始まって、やることが山のように待っている。



「なぁ、今度はジローも誘おうか。たまには接待抜きで飲むのもええやろ?」
「そうだな。暫く仕事以外で酒も飲んでねぇ」


「ほな、俺が段取るから。またメールする」
「ああ」



話しながら俺たちはガラスのビルに戻ってきた。
普段は別のオフィス直通のエレベーターを使うが、今日は忍足に付き合うことにした。
忍足は三階のクリニックに、俺は最上階の社長室へと戻る。
僅かな自由時間もお終いだ。


一般の客が使うエレベーターを待っていると忍足が急に思い出し笑いをした。



「なんだ?」


「さっきの元気ちゃんな、ここのビルで働いてると思うんや」
「そうなのか?俺は初めて見る顔だったぜ」



俺は降りてくるエレベーターの数字を見つめながら適当に答えた。



「何度かエレベーターで一緒になったんやから間違いない
 俺より上の階から降りてきてるしな
 まぁ社長のお前が末端の社員まで知らんのは当然やろうけど、
 元気ちゃんも社長の顔を知らんみたいやったなぁ」


「派遣か何かじゃねぇか」
「ああ、それっぽい。今度、思いきって声をかけてみるかな」



忍足の呟きに重なるようにエレベーターがついた。
俺たちは並んでエレベーターに乗り込み、それぞれの階を押す。



「まっ、金はかかりそうにない女だったな。せいぜい頑張れよ」
「跡部・・・女は金やないで。ハートや、ハート。ココロ」



ポンポンと自分の胸を叩く忍足は自分の言葉に酔っている。
これ見よがしに呆れた溜息をついてやれば、三階にエレベーターがついた。
開いたドアの向こう、既に数人の患者が待っているのが見える。


それなりに患者が付いているらしいことに安堵して、俺は軽く手をあげた。



「じゃあな」
「また」



忍足の笑顔がドアの向こうに消えていく。
同じビルにいても、そう滅多には会えない。
今日はいい息抜きになった。


また増えていく階数を目で追いながら、緩んだ気持ちを引き締めていく。



そうして俺の頭からは五十円を渡した女のことなど直ぐに消えてしまった。




















キリリク 100万回でも好きだと言おう 1 

2009/01/11




















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