4周年記念 「ふたり」 後編












顔を見てしまったら我慢ができなくなる。
のためにと始めたことだったが、肝心な恋人の顔も見られないんじゃ本末転倒だ。


翌日の俺は早々に仕事を切り上げ婚約者の家に向かっていた。



「いない?この時間に、どこへ?」
「お友達のところへ行かれると」


「名前は?」
「それが聞き慣れないお名前だったんです。お嬢様の新しいご友人なのかもしれませんが」


「とにかく誰の所に行ったのか教えてくれ」



会えると思っていたぶん、つい詰問調になってしまった。
家の家政婦が記憶をたどるように口を開く。



「確か・・・忍足様とおっしゃりましたよ」










車に戻る僅かな間に山ほどコールするのには出ない。
留守番電話サービスに接続されるたびに苛立ちが加速するようだ。
乱暴にポルシェのドアを開き車に乗り込むと、次は迷わず忍足の携帯番号を呼び出した。



『もしもし〜』
「そこにはいるのか?いるなら電話に出せっ」



間延びした関西弁が出たのと同時に怒鳴る。


相手はくせ者の忍足だ。
電話の向こうで笑ってる気配がして頭に血が昇った。



「忍足」
『そんな地獄の底から響いてくるような声で威嚇されても、本人が出たくないって言うてるし
 ちゃんは今、俺んちに家出中なんや。ま、諦めてくれ。ほな、』


「待て!家出だと、何故だ!?」
『何って・・・跡部の浮気?』


「なんだと?」
『綺麗な秘書さんとイチャツイテたんやろ?』



車内に響くエンジン音と共に聞いた忍足の言葉に、俺は思考が固まってしまった。



まさか、あれか?
ふらついた俺を支えた秘書との、あの一瞬をとらえて『浮気』だと誤解したのか?



ありえねぇ



「あの馬鹿・・・、とにかくを出せ!」


『今夜は俺の所に泊まるんやって。ごきげんよう』
「忍足っ!」



聞き捨てならない言葉を残し、忍足に電話を切られてしまった。
手にしていた携帯を空っぽの助手席に投げ、思い切りアクセルを踏み込む。


目指すは忍足のマンションだ。



信号が赤だったか青だったかも覚えていない。
駐車場を探す時間も惜しんでマンション前に乗り捨て、エントランスに入った。
出入り自由の賃貸マンションのおかげで部屋の前まではすんなりと来られたが、ここまでだ。



ここでドアが開かなかった日には蹴り破ってやろうと心に決めてインターフォンを連打する。
すると奥からパタパタとのんびりした足音が聞こえてきて、あっさりとロックが外された。



「早かったなぁ」
「てめぇ!」



へらへらと笑う忍足の顔を見た瞬間に襟元を掴んで捩じりあげると
顔をしかめた忍足が「ちゃん!跡部が来たでぇ」と奥に向かって叫んだ。
すると再びスリッパの音がして、エプロン姿のが廊下に顔を出す。


そして俺の姿を認めると、パッと笑顔になった。



「本当に景ちゃん来たんだ。それで、なに?どうして、いきなり喧嘩してるの?」



いつもと変わらないの様子に疑問を持つ。
襟元を掴んだままの忍足を睨みつければ、わざとらしいお愛想笑いを浮かべていた。



「どういうことだ、忍足?」
「まぁ・・・靴ぐらい脱いだらどうや?中に入ったら分かるやろ」



そう促されて、俺は忌々しく忍足の襟元から手を離す。
近づいてきたが嬉しそうに俺を見上げてくるから頭が混乱してきた。
とてもじゃないが俺の浮気を疑って家出してきた人間には見えない。



「お前、なんで家出なんかしてきてんだ」
「家出って、私が?ちゃんと行き先を言って出てきたから家出じゃないと思うけど」


「確かに行き先は言ってきただろうが、こんな夜に・・・それも忍足の家なんぞに上がりやがって」
「だって忍足君が夜じゃないと時間ができないって」



不機嫌に睨めば、が悲しそうに瞳を伏せて「ごめんなさい」と小さく呟く。
すかさず隣から忍足がを慰めようとするのが分かって、強く睨んで止めた。
忍足は肩を竦めると、大きな溜息をつく。



「悪かった。電話で言うたのは嘘やん。せやからちゃんに怒るのはナシや
 ちゃんは俺に料理を習いに来ただけやから、な?」


「料理だと?」



を見れば、萎れた花のようになって小さく頷いている。



「お前が仕事ばっかりして痩せていくのを心配してな、食べやすい和食を教えて欲しいって」



忍足の言葉に唖然としている俺の肘あたりのシャツをが遠慮がちに摘まんできた。
それは昔からが見せる、仲直りの甘い仕草だった。




狭いテーブルに並べられたのは和食のおかずばかり。
ダシがしっかりと取られた香りのよい品々だ。



「俺は関西風やからなぁ。薄味やけど食べやすいと思うで?」
「テメェはいつから料理教室の講師になったんだよ」


「男の嫉妬はみっともないで。ほらほら、ちゃんの手料理やん」


「習ってから、お家で作ろうと思ってたの
 景ちゃんが急に来るから・・・その試作品っていうか・・・あんまり美味しくないかもしれないけど」



落ち着かないを横目に箸を手にとる。
まずは目についた揚げ茄子から食べてみた。中に肉みそが挟んであり、なかなか美味い。
次から次へと他の皿にも箸をつけていくと、の表情が段々と安堵したものに変わっていく。



「飯、おかわり」
「はい」



は笑顔で茶碗を受け取り、いそいそと席を立った。
台所に消えていくの背中を見て、忍足が溜息と一緒に箸を置く。



「いつまでたっても可愛いなぁ。なんでお前なんやと本気で言いたい」
「俺も言いたい。俺の知らないところでと連絡を取り合うな。次からは俺を通せよ」


「考えとく。それと・・・美人秘書のことは本当で気にしてたんやで?」



俺が眉を寄せれば、浮気の心配とは違うけどなと忍足が付け足した。



「跡部の隣に立っていても見劣りせん綺麗な人やった言うてたな
 自分は綺麗なわけでも、仕事の手助けができるわけでもない
 跡部のために出来ることは僅かやけど、それでも自分が出来る精一杯の事をお前にしてやりたいって
 ああ・・・やっぱり跡部には勿体なさすぎる気がしてきた!」


「うるさいぞ」



テーブルに並ぶ料理を見つめて、の気持ちを抱きしめる。
菓子を作るのは得意でも、包丁を握るのは苦手なはずだ。
俺の肘を掴んできた人差し指に巻かれていた絆創膏にだって気付いていた。


いつでも俺を見つめていて、いつでも俺のことを想っている。
その存在に俺がどれだけ癒され、支えられているかをは知らないのだろうか。



「はい、景ちゃん」
「ん?ああ、ありがとよ」


「いっぱい食べてね」



茶碗を持ってきたが嬉しそうに微笑む。



愛しい存在なんだ、お前は。





二度と単独でココに来るんじゃないと玄関先で言い聞かせてから、忍足の家を後にした。
行きは空っぽだった助手席に、今はの笑顔がある。



「あの茄子は美味かったな。また作れよ」
「ウン!レシピはメモしてきたから大丈夫だと思う」



信号待ちの間に、俺は絆創膏が巻かれたの指を手に取って唇を寄せた。
俺のために作ったであろう傷さえも愛しい。



「結婚式の後、一か月間の休暇をとる」
「一か月!?そんなの無理よ」


「バーカ。その一か月のために、俺は寝る間も惜しんで働いてきたんだ
 親父にも、上の役員連中にも許可は取った。あとは一か月分の仕事を済ませりゃ休める」


「そのために・・・あんな無理して?」



が泣きそうな顔で俺を見る。
そんな顔が見たいんじゃないんだ、俺はお前に笑ってて欲しい。



「誰にも邪魔されない場所で、一か月を二人きりで過ごしたい」
「景ちゃん・・」


「俺の我儘なんだ」



の大きな瞳から綺麗な涙が溢れた。
その涙にも唇を寄せ、全てを俺のものとする。





が帰り支度をしている間に、忍足が俺に呟いた。



『この広い世界に自分と彼女しか存在せん
 愛して、愛されて。うらやましすぎて泣けてくるわ』















       生涯、愛することを誓いますか

       誓います。この命、かけて





空はどこまでも青く、雲は白い。


名も知らない鮮やかな羽色をした鳥が、窓辺で朝の歌を聞かせてくれている。
携帯の電源はとっくに落ちて、荷物の奥底に沈んでいることだろう。
ここには俺たちを邪魔するものなど何もない。


風に膨らむ白いカーテンの合間から覗く青空を見上げていたら、腕の中の温もりが身じろぎした。
額にかかる髪を指で梳き、そっと目覚めのキスを送る。



「おはよう、


「景・・ちゃん、おはよう」



舌足らずな目覚めたばかりのお姫様に、もう一つキス。



幸せな、ふたりだけの朝だ。




















4周年記念SS 「ふたり」 

2008/07/26 




















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