All season 〜私だけ〜
「なぁ、ちゃん。俺と付き合うてぇなぁ。なっ。損はさせへんって。大事にするっ」
「嫌です。忍足の彼女なんて、山のようにいるじゃない。
平安時代じゃあるまいし一彼氏多彼女? 冗談じゃない。」
「これにはな、いろいろ事情もあるねん。けどな、本気で好きなんは、ちゃんだけやから。」
「いったい何人に同じセリフを言ってるの?バカみたい。じゃあね。」
「ちゃん!関西人に、バカは傷つくでぇ。」
「バカバカバカバカバカ」
「酷すぎるぅ」
私の後ろを、長身の男が猫背になって情けなくついて来る。
整った顔に丸めがね。
真っ黒な長めの髪。
彼が通るたびに周囲の視線が集まる。慣れているのか、まったく気にも留めてない様子。
「もうっ。付き纏わないでよ。忍足と一緒だと目立つんだからっ。
呼び出しでもされたらどうしてくれるのよっ」
「なっ。呼び出しされたんか?」
急に後ろから腕を掴まれた。
痛いぐらいの力に、思わず顔をしかめる。
振り向いて見上げた彼は、酷く真剣な顔をしていた。
「なに?例えば・・・の話だよっ。」
「あ・・・なんやぁ。」
忍足の表情が途端に緩む。けれど、レンズの中。瞳は真剣なままだった。
「びっくりしたやん。けど・・・もし。本当に呼び出されたりしたら、絶対っ俺に言うてくれよっ。
絶対やで。」
「あ・・・うん。」
いつもと様子の違う彼に、私も途惑う。気迫に圧されたというか。
私の返事に満足したのか。彼は、にへら・・・と、いつものだらしない笑顔を見せた。
そして、幼い子供にするように。『いいこ。いいこ。』と私の頭を撫でるのだった。
「おいっ、忍足!跡部が呼んでるぜっ」
「はいはい。ほな、後で。マイスウィートちゃんっっ!」
馬鹿もここまで来ると言葉をなくす。
呆れたように腕を組んで、シッシッと追い払う仕草をして見せた。
それでも忍足は嬉しそうに手を振って、私に背を向けた。
彼の背中が廊下を曲がって。私はやっと息をつく。
走る鼓動を抑えて、火照った頬を両手で包んだ。
ああ。心臓に悪い。いつまで、こんな冗談を受け止められるだろう。
いつか、心が壊れてしまいそうだ。
本気で・・・好きなのに。
なのに私は遊び相手。
付き合ってくれ・・・は、本気の言葉でも。
付き合うのは、本気じゃない。
趣味も合って。会話も弾む。こんな私が面白いのだろう。
たくさんいる彼女の中の一人に加えて、ちょっと気まぐれで遊ぶつもり。
とんでもない男。女の敵。ちょっとぐらいカッコいいからって。絶対、畳の上じゃ死ねないんだから。
なんて。どんなに心の中で罵ったって。私は、そんな人でなしが好きなのだ。
好きだから。本気で・・・好きだから。
たくさんいる彼女の一人には、なれない。なりたくない。
それならば、片想いのまま。他の誰かを好きになる努力をしたほうが健全だ。
私だけを見つめて。私だけを好きになってくれる人を・・・好きになりたい。
そんな時。私は呼び出された。忍足のファンからじゃなく、男の子に。
『さん。好きです。ずっと・・・君だけを見てきました。
お願いです。僕と付き合ってくださいッ』
顔を真っ赤にして。真っ直ぐに私を見つめてきた。
ドキドキした。心が・・・少しだけ、ときめいた。
言葉が出ない私に。彼は、ニコッと微笑むと。
『すぐに返事をくれとは言いません。考えてみてください。僕は・・・待ちます。』
強引でもなく、私の気持ちを考えて言ってくれた。
ぼんやりと窓の外を見て過ごす。どうしよう。
友達に聞けば。彼は吹奏楽部の部長で、成績優秀、人柄もよく、結構人気がある人らしい。
そんな人が、また・・・どうして?なんて、疑問だが。
『さ、結構人気があるんだよ?男って・・・見る目がないよねぇ』
なんて。嫌味を言われた。
確かに誠実そうな人だった。彼なら、私だけを好きでいてくれる。そんな人だろう。
「ちゃん。藤田に告られたって本当か?」
頭から聞こえてきた声に顔を上げれば、真面目な顔の忍足がいた。
藤田・・・誰?一瞬考えて、ああ・・・告ってきた彼の名前だと気がついた。
「地獄耳。諜報部員になれるね。」
「おもろうない冗談聞いてる余裕ないねん。それで、どうした?」
「どうしたって?返事は待つって言うから、考え中。」
私の答えを聞いて、忍足がメガネを人差し指で押し上げた。どこか、イライラした仕草だ。
「考え中って、どういうことや?付き合うかもしれん・・・ってことか?」
「まぁ、そうね。」
バンッと、机が叩かれた。
思いもしない大きな音に、体が飛び上がった。
その原因を作った本人は、怖いぐらい厳しい目をして・・・私を見下ろしている。
「お・・・したり?」
「俺の気持ち知ってて言うてるんか?」
「なに・・・怒ってるの?忍足、本気じゃないでしょ?藤田君は本気で・・・」
「もう、ええわ。勝手にしたらええ。」
忍足が背を向ける。一度も振り向かず、教室を出て行った。
残された私は、ただ唖然とする。
あの笑顔を絶やさない彼が。さっきは、一度も笑わなかった。
でも、なんで?まるで妬いているみたいじゃない。
私なんか、ただの友達。たくさんいる彼女の一人にしてやるとは言われたけれど。
それは新しい玩具みたいなものでしょ?それが、誰かに取られそうになったら怒るの?
そんなの子供みたいじゃない。それに。私は、玩具じゃない。
その日から。毎日付き纏っていた忍足が、ぱったり姿を現さなくなった。
正直・・・寂しい。けれど、仕方がない。もともと愛されていたわけじゃない。
私は、はじめから失恋していたようなものだ。
心に言い聞かせ。なんでもないような顔をして日々をやり過ごす。
遠くで見かける忍足の背中を見つめては、泣きたくなるような切なさに目を閉じた。
忍足が来なくなって3日目。
そろそろ藤田君に返事もしなくては・・・と思い始めた頃。
とんでもない人に声をかけられた。
「おいっ。お前。。」
フルネームで呼んできたのは、テニス部部長の跡部景吾だった。
自分のクラスとは違う昼休みの教室に、堂々と入ってきた。
「なに?」
「お前。あの関西人を、なんとかしろっ。」
「関西人・・・って、忍足?」
「そうだ。あのバカだっ。腑抜けになりやがって。迷惑なんだよっ。」
「ちょっと。なんのことか・・・」
話の意味が見えない。とにかく跡部君の迫力で捲くし立てられてパニックだ。
「お前が振るからだろっ。バカだが、本気みてぇだから付き合えっ」
「振るって?そんなことしてないし。忍足は本気なんかじゃないよ。
それに、彼女なら・・・たくさんいるでしょ?」
はぁ。と、跡部君が溜息をついた。
「テニスは器用でも、こっちは不器用ときたか。世話の焼ける・・・。」
「跡部くん?」
「アイツが軽く付き合ってんのは全部、ダミーみたいなもんだ。本命を守るためのな。」
?マークを飛ばす私に。チッと、跡部君が舌打ちした。
「本命の女が、嫉妬深いバカ女達に目をつけられないように、目くらましをかけてんだよっ」
「本命・・・いるんだ。」
落胆している自分がいた。
あんな遊び人にも、本命の彼女がいたんだ。そして、私はダミーのひとつにされるとこだったんだね。
「お前も、バカなんだな。バカはバカ同士・・・お似合いだぜ。」
呆れた声が降ってきた。えらそうに腕を組んで、ふん・・・と鼻で笑う。
「アイツが守りたかったのは、お前だろうが。」
私は走っていた。目指す場所はテニス部の部室。
走りながら、さっき聞いた言葉が・・・頭をぐるぐるまわっている。
『アイツが付き合ってる女は、全部女から告ってきたんだぜ。
そいつらに、お茶ぐらいしか付き合わない・・・って、はじめに約束させて。
女はそれでも嬉しがって忍足の彼女になったと騒ぎ立てるからな。
アイツが唯一。自分から告ったのは・・・お前だけだと思うぜ?』
跡部君の言葉。本当に信じていいの?
でも。でも。
私に注がれてた、あの嬉しそうな笑顔が。あの柔らかな眼差しが。触れてくる優しい指が。
全部。本当の忍足だったら。
わたし・・・。
テニス部の部室の前で。息を整える。息は整っても、心臓の鼓動は落ち着かない。
それでも。行くしかない。
跡部君にも『頼んだぞ。バカップル。』と。人にものを頼む態度ではなく、お願いされたし。
一度大きく深呼吸して、部室のドアをノックした。
すぐに中から靴音が響いてくる。
「鍵は開いてる。跡部な、呼び出しといて遅れるんは・・・」
中からドアを開けながらの忍足の声。
私の顔を見て。バタンッ、ドアが閉まった。
「ちょっと。忍足。閉めることないでしょっ」
「何の用事や?俺に用なんてないやろっ」
部室のドア越し。拗ねた忍足の声が聞こえてくる。
「話が・・・」
「何の話や?今さら。」
何の話・・・って。ああ、でも。このまま顔を見ないで話した方がいいかもしれない。
「あのね。私・・・凄く好きな人がいて。」
「そんな話、聞きたくないっ。」
「その人。いっぱい彼女がいるのに、私に付き合ってって・・・言うの。
私、嫌だった。好きだから・・・たくさんいる彼女の一人になるなんて。耐えられないと思った。」
忍足が静かになる。分かる?あなただよ?
「だから、ずっと断わってた。遊びで軽く付き合われるぐらいなら、片想いでいいって。
そんな時、藤田君に『好きです』って言われた。
私だけを見て。私だけを好きだって。正直、心が揺れたの。
このまま苦しい片想いをするよりは、誰かに愛された・・・」
いきなりドアが開いた。外に開くドア。ぶつかりそうになって避けたら、よろけた。
あっ・・と思ったときには腕を掴まれて、部室に引きずりこまれ。
気づけば、目の前はグレーのみ。何?と思ったときには、抱きしめられていた。
背中で閉まるドアの音を聞く。
「好きや。俺・・・本気で好きなん。めちゃくちゃ。どうしようもないくらい。お前が・・・好きやねん。」
「うん。」
「せやから。俺と付き合うて?他の奴のとこなんて、行かんといて?なっ。頼むわ、。」
「うん。」
「・・・。」
ぎゅうっと抱きしめられる。目を閉じて。頬に触れる忍足の髪の感触に涙が出た。
「忍足。お願いがあるの。」
これだけは言っておかなきゃ。
「なんでもっ」
「他の彼女とは・・・別れて。私だけにして。」
「けど、そんなことしたら。」
抱きしめていた手を離して、私の肩を持つと顔を覗き込んでくる。
「大丈夫。私、こう見えても強いよ。忍足がいてくれたら、大丈夫。」
「。」
「私だけを見て。私だけを好きでいて。私だけの傍にいて。お願い。」
にへらぁ・・・と彼が笑った。それはそれは、だらしなく。
「今の言葉。ぐっ・・・と、きた。あかん。もう、めろめろやん。ああっ、もう。」
言うなり、また抱きしめられて。ぎゅうぎゅうと容赦ない。
「ちょっ・・・忍足・・・苦しいっ」
「。侑士って呼んでぇな。俺の、。。。。」
「う・・・うるさいっ。苦しいっ!侑士っ!」
一瞬。力が抜けた。ホッとしたのも束の間。
「っ!可愛いっっっっ」
「・・・・・・・・・・。」
翌日。侑士は一日中、女の子達に頭を下げていた。
「はあ。疲れた。まっ、何とかなったなぁ。」
「刺されなくてよかったね。」
「また、そんな冷たいこと。」
二人並んで歩く放課後。
「じゃあね。」
「なぁ。ホンマに帰るん?部活終わるん待てば?」
「だって暗くなるもん。」
「ええやん。俺が送るさかい。なぁ。。一分でも長く一緒におりたいん。分かってくれるやろ。」
言いながら私の手をとって、手の甲にキスを落とす。
「でも、侑士・・・」
「おらっ。バカップル。んなとこで、いちゃついてんじゃねぇっ。邪魔なんだよっ。
忍足、お前は特別メニューだ。さっさと来やがれっ」
「あっ。!跡部っ。俺ら、新婚なんよっ。跡部っ」
「ああ、そうかい。誰が骨おってやったと思ってんだ。部活は、しっかりやってもらうぜっ。
、さっさと帰れっ。コイツの気が散るからよっ」
「ーっ!」
跡部君に引きずられていく侑士に手を振った。
手のかかる、甘えっこの彼氏。
でも、それは私にだけ。
私だけの、あなた。
「私だけ」
2004.11.12
侑ちゃんに恋した記念。
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