身勝手な男 〜前編〜
長く長く心の隅で想ってきた。
ただ想うだけの人。
抱きしめて欲しいとか、傍にいて欲しいとか、愛して欲しいとか。
そんなことは思わない。
はなから諦められる、彼はそんな特別な人だった。
ちょっと洒落た居酒屋。
初めて訪れる店の雰囲気に僅かな緊張を感じつつ、幹事の名前を告げた。
こちらですと案内された小部屋にはいつもの顔があって、自然と笑顔が零れる。
「おお、じゃん。久しぶり!」
「久しぶりって、先週・・駅前のコンビニで会ったじゃない。」
「、ここが空いてるでぇ」
向日君と話しながら薄手のコートを脱げば、忍足君が手を振って呼んでくれた。
手にはシッカリとハンガーを持ち、相変わらずの気配りさんだ。
宍戸君や鳳君たちにも挨拶しながら忍足君の元へ行く。
到着した私の手からサッとコートを取り上げてハンガーにかける忍足君の背中に、気になった事を訊ねた。
「幹事さんがいないようだけど?」
「今日は誕生日らしいで?盛大なパーティーがあるんか、はたまた恋人とのディナーか。」
「呆れた。そんな日に飲み会を企画したの?自分の誕生日も忘れるほど忙しいのかしら。」
「まぁ・・あの若さで、あのポスト。私生活まで頭が回らんかもなぁ。
とにかく遅れて行くから先に始めてろって電話があった。」
「相変わらずの俺様ね。」
私が呟けば、忍足君が肩をすくめて同意した。
数も揃ったし乾杯でもしようかと忍足君が声をかける。
何かと理由をつけて年に一度は集まる元テニス部員達。
律儀にマネージャーだった私にまで声をかけてくれるから、ありがたい。
「部長はおらんけど、乾杯!」
「乾杯!」
カツンとグラスがぶつけられ、もう何度目かも分からない同窓会的な飲み会が始まった。
跡部が選んだというだけあって料理が美味しい。
殆どが都内で仕事をしているとはいえ、職種も違えば働いてる場所も違う。
たまに偶然やらで会う事はあっても、こうやって声をかけないとなかなか集まれないのが現実だ。
「は会うたび綺麗になるなぁ。誰ぞ、おるんか?例の医者とはどうなった?」
「恋人に発展する前に潰したのはオッシーでしょう?各科にナースの恋人がいるって耳打ちしたのは誰よ。」
「いや、本当やって。噂やけどな?せやから俺にしとけばええのに。俺やって医者やで?」
「別に医者が好きなんじゃないもの。第一、その浮気男を紹介したの誰よ。」
「違うって。偶然会った飲み屋で、アイツが勝手にを口説きだしたんやろ?おかげで俺、後で跡部に・・・」
「跡部?なんで、跡部が出てくるの?」
「あ〜、跡部なぁ。遅いな、何してるんやろ?」
なに、ソレ?
問い詰めようとしたら、入り口の向日君が「遅せぇぞ」と大きな声をあげた。
振り向けば、眉根を寄せて不機嫌そうにスーツの上着を脱ぐ跡部の姿があった。
チラッと奥の私たちに視線を流し、ジロちゃんの頭を小突きながら近づいてくる。
世話焼きの忍足君がハンガーを手にしてお待ちしているが、跡部は座っている私の頭に上着をのせた。
「ちょっと!」
頭にのせられた跡部の上着を掴んで顔を上げれば「掛けとけ」と命令口調。
そういえば昔から通りすがりに「持っとけ」とレギュラージャージを肩や頭にのせられたものだった。
苦笑する忍足君にハンガーを渡され、渋々を装って丁寧に上着を掛ける。
上品な香水の香りは跡部のものか、それとも恋人のものか。
少しばかりのトキメキと嫉妬は胸の奥深くに隠してしまう。
上着を掛けて席に付こうとしたら、既に跡部は忍足君の隣でビールを飲んでいた。
「やだ、何で先に飲んでるわけ?乾杯してないじゃない。」
「喉が渇いてるんだ。」
「オッシー、跡部に人付き合いの基本ってものを教えてあげて。」
「やって、跡部。」
フンと鼻を鳴らした跡部がグラスを片手に持って上げた。
忍足君が声を掛け、再び皆で乾杯が始まる。
私もグラスを持ち元気に乾杯の声を上げると、遠慮なく跡部のグラスに自分のグラスをぶつけた。
「誕生日なんでしょう。いいの?こんなとこで飲んでて。」
「別に、めでたくも何もねぇよ。かえって忙しいだけだ。」
「あら、そうなんだ。でも・・・誕生日オメデトウ!」
ニッコリ笑って、置かれてる跡部のグラスにビールを注ぐ。
跡部はネクタイを緩めるとテーブルに頬杖をついて手を差し出してきた。
「なに?」
「誕生日っていったらプレゼントだろうよ。」
「オッシー、プレゼントだって。」
「はぁ?俺にふるか?プレゼントいうても、跡部なんか欲しいものは何でも持ってるやろ?」
「それは言える。高校の時さ、皆で跡部にテディベアあげたら『いらねぇ』の一言で終わったよね。」
「そうそう。がわざわざ同じ誕生日生まれのを探してきたのになぁ。」
「馬鹿。アレ、忍足とお揃いだったんだぞ?」
「だって誕生日が近いんだから同じ物の方が喧嘩にならないじゃない。」
「ンな事で喧嘩するかよ。もちっとセンスのいいプレゼントを寄越しやがれ。」
文句を言いながらも手を引っ込めない跡部。
仕方ないなぁと。
さっき来たばかりのカルピスサワーに入ってるチェリーを摘んで手のひらに乗せてあげた。
「はい、どーぞ。」
「お前・・・」
ええなぁ、跡部と笑う忍足君。
跡部は片眉を不服そうに上げながらも綺麗な指でチェりーを摘むと口に放り込んだ。
そこから先は誰も彼もが席を移動しながら盛り上がって時間を忘れた。
お酒が進めばほろ酔いのメンバーが集まって仕事の愚痴やら恋愛相談が始まる。
「ゼンゼン私のことが分かってないってカノジョに激怒されてよ。なんかもう、本当に分からねぇつぅか。」
「それは宍戸が悪いよ。ウン。」
「そうなのか?、俺を助けてくれ!なんで俺が悪いんだ?」
「あのね、」
「ダメダメ、ちゃん。亮ちゃんには自分で考えさせた方がいいんだって。
それよりさ、俺の相談に乗ってよ。俺さ、ひょっとしたら関西の方に転勤になるかもしれないんだ。
心細いしさぁ、ちゃんも一緒についてきてよ〜」
「ええっ?転勤は大変そうだけど・・・私が付いていくのはなぁ。」
「本気だってぇ。幸せにするからさぁ。」
「コラ、ジロー。人の話に割り込むなよ。どさくさに紛れてプロポーズしてんじゃねぇぞ!」
猫みたいに甘えてくるジロちゃんを適当にあしらいながら宍戸君の相談に乗る。
歳はとっても変わらない私たち。
遠く視界の隅で笑ってる跡部と距離も変わらない。
それでいい。
この居心地の良い仲間のままでいれば、ずっと共に笑っていられるんだから。
日付も変わり、数人の意識混濁者を出して会はお開きとなった。
忍足君がジロちゃんと向日君を抱えてタクシーに乗る。
先輩想いの鳳君は宍戸君に付き合って朝まで飲むつもりらしい。
今度は正月に集まろうぜと話も決まり、私たちはそれぞれの方向に向かって歩き出した。
「で?なんで付いてくるの?」
「別に。お前の行く方向が俺の行く方向と同じだってだけだ。」
「ふーん。いつものお迎えは頼まないの?」
「歩きたい気分なんだよ。」
「あ、そう。」
飲み会の後、跡部は時々こうやって私と歩いた。
実は優しい人だから、さり気なく送ってくれているのかもしれないと思う。
昔からモテル人だった。
彼の周囲には常に可愛いコや綺麗な人がいたものだ。
特定の人は作らずに次々とカノジョを変えていく跡部に呆れたものだったが、別れた後に彼を悪く言う女のコは殆どいなかった。
基本的に優しいのだろう。
俺様で高慢な態度の人が、ふと見せる優しさに女のコは弱いのだろうと想像できる。
私だって・・・その一人だったんだから。
そんな事を考えていたから、耳に届いた言葉は聞き間違いかと思った。
何て言った、と聞き返してしまったことを後悔するのだけれど。
「今晩、お前ンところに泊まるって言ったんだよ。」
嫌いではない跡部の声が闇に解き放たれた。
身勝手な男 前編
跡部誕生日ss 執筆2007.07.16
テニプリ短編TOPへ 次へ