身勝手な男 〜後編〜
急に酔いが回ってきたみたいに足元がグラグラした。
流石に二度も聞けば言葉の意味が分かる。
意味が分かっても理解できない。
混乱する頭で必死に、いつもの私を保とうとしていた。
「うちは宿泊施設じゃないわよ?1LDKのおんボロマンションなの。」
「知ってる。」
そう知ってるわよね。
就職して一人暮らしを始める時、あなたは忍足君やジロちゃんに連れられて引越しを手伝ってくれた。
体は全く動かしてくれなかったけれど、関連企業の業者を格安で手配してくれた。
そして「狭い」「古い」「セキュリティが不十分」と文句ばかりを言ったくせに、
まだ片付かない部屋で酒盛りまでして帰っていった。
次の言葉が繋げられない私に小さく溜息を付いた跡部は、遠くにそびえる建物を顎で指す。
「部屋が嫌ならホテルでもいいぜ。」
決定的な言葉に喉の奥が詰まるような感覚がした。
どうしよう、泣いてしまいそうだ。
とうとう私にまで、その時が来たのかと悔しいような情けない思いで胸が苦しくなる。
これは私の意地。決して屈するまいと強く思う。
「私・・・あなたが遊んでるような女と違うわ。」
「それも10年も前から知ってるぜ。」
「とうとう私まで誘うようになったとは驚きね。酔ってるの?」
「見ての通りシラフだ。」
「馬鹿馬鹿しい、寝言は寝て言ってちょうだい。じゃあね、おやすみ。」
一刻も早く、この場から逃げ出したかった。
次々と愛情があるのか無いのかも分からない付き合いを繰り返してきた跡部。
その女のコたちと同じ扱いをされる日がくるなんて。
誰よりも近い女友達だと・・・ある意味大事にされているのだと自惚れていた。
そんな私の拠り所が一瞬で崩れていく。
「待てよ!」
言葉と同時に後ろから腕を掴まれ、力ずくで後ろを向かされた。
掴まれた腕の痛みに顔をしかめてながら、尚も逃げ出そうと抵抗する。
「放して、」
「、俺の話を聞け!」
「嫌っ」
暴れた弾みでパシッと跡部の頬を叩いてしまった。
自分のしたことに茫然としてしまう私と、睨みつけてくる蒼い瞳。
お互いが動きを止めて見詰め合った次の瞬間、顎を強く掴まれて引き寄せられた。
抗う術もなく重ねられた唇にとうとう涙が零れる。
長く激しい口づけは怒りからくる罰なのだろうか。
そう思えば涙は止らず、逃げることも出来ない。
だが・・・やっと解放されて息を整える私の目元に労わるような優しい唇が触れた。
その優しい仕草に自然と視線を上げた先、眉を寄せた跡部が物言いだけな瞳で私の涙を拭った。
「ど・・して?」
「お前が俺を焦らすからだ。」
「焦らす?」
「待てど暮らせどお前は俺に落ちてこない。どれだけ焦らせば気がすむんだ?」
囁くように言って、そっと抱きしめられた。
いいえ、違うと頭を横に振る。
その頭も宥めるように撫でられてしまったら、体から力が抜けていった。
「跡部の・・・馬鹿」
ずっと傍で数多の女と遊んでるのを見せつけられてきた私の想いなんて知らないくせに。
自分だけが切羽詰ってるみたいなこと言って、言葉より先に行動に移すなんて酷い。
「ああん?てめぇが鈍いんだよ。
人が待ってりゃいい気になりやがって、つまんねぇ男と付き合ってんじゃねぇぞ。」
「跡部に言われたくない。」
「俺様はお前がソノ気になるまで暇つぶししてたんだよ。」
跡部の笑う気配が合わせた胸から伝わってきた。
とんでもない身勝手な男だと思う。
それでも好きだと思わせるのが跡部なのだろうけど。
「抱かせろよ。」
頭の上で跡部が言った。
それは心を揺さぶる言葉だけれど、イエスとは言えないの。
あなたがとても大事だから。
腕の中から力を振り絞って顔を上げた。
整った意志の強い跡部の顔、とても好きだわ。
「駄目よ」
「何故?ここまで俺様に言わせてか?」
「私・・跡部と別れたくない。だから、駄目。」
「どういう意味だ?」
「このまま友達でいれば、何十年たっても笑って傍にいられるわ。
一時の感情で跡部の手をとれば・・・永久に跡部を失ってしまう。」
瞳を大きくした跡部が急に体を揺らして笑い始めた。
私としては涙を堪えながら切実な想いを伝えたのに笑い飛ばされてしまったのだ。
唖然と見上げていたら、笑いを唇に残したまま跡部が両手で頬を包んできた。
「俺様らしくもなく迷ったのは・・・同じ理由だ。
理由が同じなら解決は簡単だと思わないか?」
「跡部?」
「一生お互いを失わずに済む方法なら他にもあるってことだ。」
『エンゲージリングは店が開いたら一番で買ってやるから、とりあえず抱かせろ。』
跡部はそう言って笑った。
身勝手な男は「俺の家から遠い」「ベッドが狭い」「他の男は金輪際部屋に入れるな」と、
文句ばかりを言って私の部屋に泊まっていった。
そして私の薬指には「サイズが合うから、ひとまずコレにしとけ」と適当に跡部が選んだ指輪が輝いている。
そんなに焦らなくとも逃げやしないと眠い目を擦って言ったけど、言い出したら聞かないのは昔から変わってない。
長く遠回りをしたけれど、あなたと歩む道が一つになるのなら。
きらめく指輪を陽射しにかざしながら思う。
身勝手な男を信じてみよう、と。
身勝手な男 後編
執筆 2007.07.16
一応お誕生日ss(夏の拍手に加筆してみました)
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