君を選ぶのは僕の意思 (前)










長いキスの後、突き放すように薄い肩をついた。
よろけるように俺から離れたが潤んだ瞳を逸らす。
出て行けと顎だけで扉をさすと、は何も言わずに俺に背を向けた。


ああ、イライラする。
閉まっていく扉を見ながら、俺は唇を拭った。










、また嫌がらせされてたぞ?」



宍戸が部室に入ってくるなり真っ直ぐ俺に向かってきて言う。
近くにいたジローも気遣わしげに俺たちの方を見ていた。


それが?と、今日の練習メニューに目を通しながら俺が答えると宍戸が気色ばむのが分かった。



「それが?じゃないだろ!いい加減にしろよ。・・・色々言われて、すげぇ、辛そうだった。」

「フン。それで?王子様よろしく、お前が助けてやったのか?物好きだな。」
「跡部!お前、アイツの婚約者なんだろ?お前が守ってやらなくて、どうすんだよ?」

「確かに俺の婚約者だとなっているようだが・・・普段の生活まで面倒みてやれと親には言われてないぜ。」
「お前・・・」

「亮ちゃん、やめなよ!」



手が出そうな宍戸をジローが後ろから抱きかかえるようにして止めた。
まだ何か言いたそうな宍戸が舌打ちして部室を出て行く。
ジローも何か言おうとしていたが、わざと音を立てメニューを閉じると諦めたように宍戸の後を追った。


どいつもコイツもお節介なヤローばかりだ。
舌打ちして俺も部室を出た。
コートにつくと、ウザイくらいの見物人がギャーギャーうるさい。


ああ、今日も暑くなるな。
昔と変わらない青い空を見上げて思った。










は幼い頃から俺の家に遊びに来ていた。
滅多に同年代の子供の家に遊びに行くことがなかった俺も、の家だけは簡単に行かせてもらえた。
今から思えば既に両家の間で何らかの話し合いが出来ていたんだろう。
俺らは子供だったから、大人の思惑など気づきもせずに良く遊んだ。


アイツは泣き虫で。
犬に吼えられては泣き、毛虫が落ちてきたと言っては泣き、俺が帰る時には『寂しいの』と玄関で泣いた。
俺が守ってやらなきゃ・・・と幼心に思ったこともある。
アイツが弾くピアノを聴くのだってキライじゃなかった。


だが中学に入ると同時に、家と家とが仕組んだ俺たちの未来を突きつけられて気持ちが変わった。
無性に腹が立った。
自分の将来が、自分の手ではない誰かに決められている事。
おまけにアイツは、跡部家に嫁ぐという事をずっと前から知っていて俺の傍にいたという事。
俺だけが知らなかったという事実が、酷く俺の自尊心を傷つけた。



もう、に優しく出来なくなった。
泣いて嫌がるの全てを力づくで手に入れると後は放りっぱなしだ。
他の男に遊ばれる前に俺が手をつけたというだけ。
誰かのお古とかいうのが気にいらねぇだけだ。
何かのイベントのたびに婚約者の顔をしてやってくるを苛立ちをぶつけるように好き放題して帰す。



いつからだろう?
アイツは泣かなくなった。
諦めたように抵抗もせず俺を受け入れる。
それが更に俺を苛立たせる事を知っているのか?
まるで温かい人形を相手にしているかのようだった。


どんなに酷く扱っても婚約者のまま。
いったい何が楽しくて、跡部の名が欲しいのか分からない。
それとも親に言われるがままの意志のない馬鹿な女なのだろうかと軽蔑する。


どちらにしても苛立ちしか感じられない。
二人の間に愛情など、これっぽちもないんだ。










高校三年は俺がテニスに打ち込める最後の年だ。
大学からは経営学を学ぶために留学する事になっていた。
勉強だけではなく、海外の重要な人物たちに跡部家の人間として紹介される。
つまりは経済界に足を踏み入れるという事で、
親から言わせれば『遊び』のテニスなど不要だという事だ。


俺はテニスに集中した。
何があろうとも全国のトップに立ちたい。
その一心で熱いコートに立っていた。



「跡部、外で女のコが待ってるで?」
「ああん?どの女だ?」


「どの女って、お前なぁ・・・たいがいにせんと刺されるで?」
「お前が刺されたら、俺も気をつけるさ。」


「はぁ?どういう意味や、それ!」
「そのままの意味だ。」



人の事は言えない忍足に説教されるのも面白くないと、
俺はテニスバックを背負って部室を出る。
すると顔を上げた茶髪の女が嬉しそうに手を振った。



名前、なんだったか?忘れたな。
けど、胸はでかかった気がする。



「景吾、待ってたの!」
「はぁ?お前に景吾なんて呼び捨てされる覚えはねぇ。」


「だ、だって、この前・・・」
「一度付き合ったぐらいで、恋人気取りは迷惑なんだよ。」



女の顔が醜く歪むのを横目に車を目指した。


さすがに全力の部活を毎日は体に堪える。
迎えの車に乗り込み深くシートに沈んだ時には、名前も思い出せない女のことなど忘れていた。





翌日、帰りのHR前に混みあう階段を降りていたら下からアイツが昇ってきた。
俺の姿に気づかないは、同じクラスの宍戸と親しげに話している。
二人して日直なのか、両手にプリントの束を抱えていた。
明らかにプリントの束が多い宍戸を気遣うに、
宍戸が笑って「大丈夫」と言うのが聞こえた。


チッ、と舌打ちする。
お優しい宍戸に重いプリントを多めに運んでもらって、
すまなそうにだが笑顔を浮かべるにイラついた。
の笑顔など・・・俺はもう何年も見たことがない。


無視して二人の脇を通り過ぎようと思ったが、宍戸が俺に気がついた。
その視線をたどったは、俺の顔を見た途端に笑顔を引っ込めた。


宍戸が微妙に気まずそうな表情をして俺との横顔に視線を走らせる。
俺はなど全く見えてないような顔で階段を降り続け、宍戸とが左右に分
かれて道を開けた。
そこを通り過ぎようとした時、突然に背中を押された。



「危ない!」
「景ちゃん!」



宍戸の声に重なって確かにの声を聞いた。
懐かしい、俺たちに何のわだかまりもなかった頃にが呼んでいた俺の名前。
階段でバランスを保つ事が出来ず、
斜めになっていく視界にプリントが舞い上がったのが見えた。
俺の胸を押した白い手も・・・一緒に。


咄嗟に閉じた瞳と強く掴まれた腕。
腰と背中に強い衝撃を受けて、階段に尻餅をついた。



!」



宍戸の声と周囲から上がる悲鳴に瞳を開けば、プリントが散らばった中に横たわるの姿があった。
俺を掴んでいた宍戸の腕を振り払い踊り場に駆け下りる。
後ろで「お前、押しただろ!」と宍戸の怒鳴り声が耳に入ったが振り向く気もなかった。



!オイッ、しっかりしろ!」



動かない。目を開けない
迷いもなく抱き上げれば、あまりに軽くて愕然とした。


宍戸が女の腕を引いて階段を降りてきたのが視界の隅に入ったが、
今はそんなことに構っている場合じゃない。
女が昨日の女であったことだけは、刺す様な痛みと共に確認した。




















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