ビター&スイート 1

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テレビの画面を通して久しぶりに越前クンを見た。
グランドスラムを果たした彼が凱旋帰国をしたという。
空港で無数のフラッシュを浴びせられた越前クンは、にこりともせずに淡々とカートを押していた。


デビュー当時は『生意気』と悪く言われた彼だったけれど、今はクールなテニスの王子様と呼ばれている。
若い女性のみならず、お母さん世代の女性からも『息子にしたい』と大人気らしい。
越前クンを表紙にしたテニス雑誌は売上が何倍にもなるとか、彼の出る試合はプラチナチケットだとか
それはもう日本・・・いや世界中が越前クンに注目していると言ってもいい。


彼はテニス界期待の王子様。
六年前の青学テニス部にとって、そうであったように。










街の小さなケーキ屋さん。
フランス帰りのオーナーが趣味のようにして始めた店だ。
素朴な焼き菓子や素材にこだわった繊細なケーキも売り切れたら閉店。
知る人ぞ知る気ままな洒落たケーキ屋。


客からバイトになった私も働きはじめて半年。
大学の授業と掛け持ちの忙しい毎日だけど、とても充実している。
テニス部のマネージャーをしていた時と同じぐらい楽しい。





カラン、カランとベルが鳴った。
来客を知らせる音に、いつもと同じように振り返る。



「いらっしゃいま・・」



そこには信じられない顔、今朝のニュースで見たはずの人物が立っていた。
隣で一緒にバイトしているコが悲鳴にも近い声をあげる。



驚きのあまり声も忘れた私に向って、彼は淡々と言った。



「ふ〜ん、こんなとこで働いてたんだ。偶然だね、久しぶり」



少し低くなった声と見上げるほどに高くなった目線で、昔と同じ・・・ちょっとぶっきらぼうに。



は変わらないから、すぐに分かった」



そう付け加えて、越前クンは少しだけ笑った。



「ど、どうして、ここに?」


「だから偶然。ここってケーキ屋なんでしょ
 だったらケーキを買う以外に用事はないと思うけど?」


「そうだけど。この店は小さいし、地元の人しか知らないような店だから」


「なるほどね」



偶然にしても奇跡のような偶然だと思う。
突然の再会は六年ぶりで、越前クンは別人のように成長をしている。
それでも勝気な瞳は変わらずに、その口調も懐かしい。



「ちょっと、!彼って越前リョーマじゃないの?」



興奮を隠しきれない様子の同僚に向かっては、曖昧に微笑むしかない。



「ね、のおススメは何?」
「おススメは旬のフルーツタルト・・です」


「じゃ、それでいいや」
「いくつ?ホールもあるけど」


「ふたつ」



ふたつか。
誰と食べるんだろうと頭をかすめたが、心の隅に追いやってケーキをトレーに移す。
同僚は笑顔満面でレジに立ち、越前クンの会計を始めた。



まさか会えるとは思わなかった。
もう雲の上の様な人になって、口をきくことも叶わないと思っていたのに。


偶然にでも会えたことが嬉しくて、
ましてや名前と顔まで覚えていくれたから、本当は泣いてしまうほど嬉しい。


震えそうになる指で白い箱の蓋を閉め、お店のシールを貼る。
貼りながら、偶然をもたらしてくれた神様に感謝した。



小さく深呼吸して振り返り、丁寧に詰めたケーキの箱を越前クンに差し出す。
昔は心の中を見透かされそうで真っ直ぐに合わせられなかった視線も今ならば大丈夫。



「どうぞ」
「さんきゅ」



ガラスのケース越しにケーキを渡した。


その時、僅かに彼の長い指が私の指に触れた。
温もりを感じることもなく指は離れ、すぐに彼は背を向ける。
咄嗟に触れた指先を押さえ、広くなった背中を見送った。


小さな背中と青学のレギュラージャージ。
思い出を重ねて見つめていると、ドアの前で越前クンが足を止め振り返った。



「またね」



ガラスから射してくる光りを半身に受け、確かに彼は言った。
目を見開く私の隣でバイトのコが元気に「ありがとうございました!」と声をあげる。
私も慌てて頭を下げ、次に顔をあげた時には彼の姿は店の外だった。



中学生の頃に好きだった人に会えた。
胸がドキドキして、触れた指先が熱くなって、とても懐かしい切なさを味わった。
甘い痛みは長く忘れていたもの。


私は自分の中に残っていた優しい色の宝石を抱きしめるようにして懐かしんだ。










大学の掲示板に越前クンの記事が貼り出されているのを見ていたら、後ろから肩を叩かれた。
振り返れば桃先輩で、私の肩に手を置いたまま見ていた掲示板を覗きこむ。



「なにかと思えば、越前の野郎か。それにしてもデカくなりやがったな」
「そうですね」



昨日のこと再会した越前クンの姿を思い浮かべて相槌を打つ。
桃先輩は中学、高校と妹のように可愛がってもらった大好きな先輩だ。
大学に進学してからテニス部のマネージャーを辞めてしまった私だけど、今でも気軽に声をかけてくれる。



「手塚先輩たちと全国制覇した後にアメリカ行っちまって、もう六年か?
 その間に一度も帰ってこねぇなんて、ありえねぇよな
 アイツ、日本語忘れちまってるかもな」


「ちゃんと覚えてましたよ」
「え?」



越前クンはちゃんと日本語で話してた。
チェックのシャツを着た桃先輩を見上げ、越前クンとどっちが高いのかなって考える。



「昨日、偶然にバイト先の店で会ったんです。ちゃんと日本語をしゃべってました」
「バイト先って、あのケーキ屋?マジ?」


「はい。ケーキを買いに来たって」
「はぁ?帰国して早々に、ケーキ?」



桃先輩が首をかしげ、たたせた髪を無造作にかいた。
それから私の顔をマジマジと見て、不審げに片眉を上げる。



「それだけ?」
「それだけですけど・・・」


「ふ〜ん。なるほどねぇ、なるほど」



なにやら一人で納得した桃先輩が、突然に私の左肩を引き寄せる。
まるで男同士が肩を組むように腕を回すと、桃先輩が「困った事があったら相談に乗るからな」と明るく言う。


困ったこと?
今のところはないのだけれど。
いつも気にかけてくれる桃先輩の優しさだと思い、私は感謝を込めて頷いた。





そして、今日もバイト。
ケーキ屋の可愛い制服に着替えて店に出る。
今日は私が早出なので、暫くは一人で店に立つことになっている。


ケースの曇りが気になって、お客さんのいないうちに拭いておこうとカウンターから外に出た。
布巾を手に時間をかけてガラスを拭いていたら、背中でベルが鳴る。



「いらっしゃいませ」



笑顔で振り返った視線の先、強い光りを宿した瞳が私を映していた。



「また・・ケーキ、買いにきた」





時を越えて大人になった越前クンが再び私の前に立っていた。




















キリリク ビター&スイート1 

2008/09/29




















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