ビター&スイート 完結
『学園まで来ていたのに帰ってしまうなんて、
何か大変なことでもあったのかと心配してます。
私もだけど、リョーマ君がとても残念がっていました。
明日はテニス部の同窓会なんだってね。
その時には、どうかリョーマ君の話を聞いてあげてください。』
翌朝に開いた桜乃ちゃんのメールは、やっぱり優しいものだった。
逃げてしまった自分が情けなくなる。
越前クンは見る目があるね。
晴れた空を見上げて、大きく深呼吸。
大丈夫、越前クンと再会する前の私に戻るだけだから。
そしていつか・・・好きな人に好きになってもらえる自分になりたいと思った。
部屋にヒマワリの花が咲いている。
今時は真夏じゃなくてもヒマワリが咲くのかと家族が不思議がった。
本当に不思議。
今も夢を見ているんじゃないかと思う。
俺と結婚してよ
今すぐじゃなくていいけど、結婚しよう
信じられない越前クンの言葉だった。
『桃先輩に間を飛ばしすぎだって注意された。まずは付き合って下さいが先だって
どうする、言い直す?まぁ、いずれは同じこと言うだろうけど』
携帯の電源を落としながら言う越前クンの瞳は真っ直ぐで、私はまた花束に顔を隠して首を横に振った。
私の携帯にも次々と先輩たちから電話やメールが届く。
断りにくいのなら断ってやるから始まって、よく考えるように・・・まで。
越前クンは怒った顔をして『も電源切りなよ』と他所を向いた。
私たちは話しながら、ただ歩いた。
はじめは乱暴にも思えるほど強く掴まれた手首だったけれど、そのうちにそっと包むように握られた。
指先の温もりを確かめるように力が加えられると握り返す。
そうするだけで、越前クンは可笑しそうに口元を緩めた。
途中で公園を見つけ、自販機のコーヒーを飲む。
冷たいベンチに肩を並べて座り、空に輝く星を見上げた。
話は尽きることがなくて、意外と細かいことまで覚えている越前クンに前のことを訊かれた。
いつから好きだったの?
なんで言ってくれなかったの?
会えなかった間、誰かを好きになった?
突然のことに戸惑う私の答えを一つ一つ確かめて、
拗ねたり、笑ったりと忙しい越前クンは私の知らない彼だった。
『なに?そんなに見つめられると困るんだけど』
『越前クンって、こんな人だったんだと思って・・・』
『ああ、そんなこと。俺だって驚いてるよ
って見かけによらず臆病で、後ろ向きな人間だったんだねって』
その通りなんだけど、ズバッと指摘されると落ち込む。
だって私には誇れるものなんてなくて、自分に自信がない。
だからこそ人より努力しようと思ってきたし、誰かの役に立ちたいと願った。
俯いたら、ポンと頭を軽く撫でられた。
『それさ、竜崎に渡してきたら?連日だけど、喜ぶと思う』
誤解した私の気持ちを慰めるように越前クンが言ってくれた。
そこからまた電車を乗りついで桜乃ちゃんに会いに行き、素直に喜んでくれた彼女にケーキを渡して謝った。
恥ずかしいから嫌だという越前クンは通りの向こうから近付こうとしなかったけれど、
桜乃ちゃんは暗い通りに向かってニコニコと微笑んでいた。
『よかったね、ちゃん。それと・・・ゴメンね?』
『謝るのは私の方で』
『ううん、違う。昨日のことじゃないの
私・・・中学の頃にリョーマ君がちゃんのことを意識してるのに気付いてた
でもね、あの頃の私はリョーマ君が・・その・・ちょっとだけ好きだったから言えなかった
リョーマ君のアメリカ行きが決まった時に、ひょっとしてちゃんもリョーマ君のことをって思ったんだけど
私はずっと言えなくて、それがとても辛かった。だから、ゴメンナサイは私が言わなくちゃ』
お互いが胸に秘めた思いがあったのだと思えば、許すも許さないもない。
私たちはゴメン、ゴメンと言い合って、少しだけ涙を零した。
鼻を赤くした私の顔を見て肩をすくめた越前クンと最後の電車に乗った時には日付が変わろうとしていた。
何時間を歩いて、どれぐらいの言葉を交わしたのか。
家まで送るという越前クンと薄暗い住宅街を歩いていても、ヒマワリだけは鮮やかだ。
香りのない花だけれど、輝きと生命力にあふれている花。
越前クンの花だと私は思っている。
別れる間際にそう話したら、越前くんが首を横に振った。
『違うよ、の花だよ』
初めて名前で呼ばれて、胸がドキドキした。
ほら・・と花束の中のヒマワリに触れた越前クンの手が私の頬に伸びてくる。
ああ、本当に大きな人になったんだと目線の違いに気を取られていたら
越前クンと私の間でヒマワリを包んでいるセロファンが音をたてて潰れた。
今日もバイト。
いつもと変わらない日常に身を置くと、昨夜のことが私の中で曖昧になる。
夢じゃないと確かめたくなって開いた携帯に、登録したばかりの越前クンの番号を見つけてホッとしたりした。
来客のベルに振り返ると、光りを背にした待ち人の姿があった。
隣でケーキを並べていたバイトのコが弾んだ声をあげる。
私ときたら勝手に鼓動が走り出し、とてもじゃないけど越前クンの顔が見られない。
「今日のおススメ、なに?」
いつもは私に話しかける越前クンが、今日は隣のコに訊いた。
嬉々として話しだす彼女の声を聞きながら、私は越前クンの横顔を盗み見る。
なぜ声をかけてくれないのだろうと不安になった。
「じゃあ、それでいいや。今日は人が来るから、四つ」
「かしこまりました!」
ケーキを取り、後ろのカウンターで箱詰めをはじめた彼女に代って私は会計をする。
「四点で千六百円になります」
レジを打って顔をあげたら、そこで今日初めて越前クンと目が合った。
迷いもなく向けられる黒い瞳に怯みそうになる。
それでも震えそうなる手で越前クンが差し出すお札を受け取ろうとした時だ。
私の手は昨日と同じように捕まえられ、ガラスケース越しに引っ張られた。
何をと思った時には大きな手が頭の後ろに添えられていて、目の前には越前クンの黒髪しかない。
思わず目を閉じたら、追うように唇が重なった。
ケーキの並ぶガラスケースに身を乗り出すようにしてキスをした越前クンは、
『今日、ウチに来てよ』と唇のうえで囁き離れていった。
「お待たせしました」
背中で同僚の声を聞き、ビクついてしまった。
ケーキを箱詰めをしている僅かな隙を狙った越前クンは満足そうに笑っている。
「よ・・四百円のお釣りでございます」
「さんきゅ」
耳まで赤くなっていることを感じながら小銭を差し出すと、そっと指先で手のひらを撫でられた。
まだまだ子供みたいなところがあるかと思えば、
世界中の人間が驚くようなことを成し遂げた人。
これから私は本当の越前クンを知っていくんだろう。
ビターなこともスイートなことも、すべて。
「、また後でね」
店を出る越前クンが私を振り返り、瞳を眩しそうに細めた。
ビター&スイート 完結
2008/10/19
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