ビター&スイート 7
真夏のテニスコート脇に咲くヒマワリはが種をまいたものだった。
太陽に向かって伸びる大輪の花が青学の勝利を呼び込みそうでしょう、と。
照りつける日差しの中、日に焼けても色素の薄いが大きなバケツでヒマワリに水をやる。
毎日、毎日、飽きもせず世話をしていた。
『毎日、マメだね』
『私より高くなったんだ』
の身長より高くなったヒマワリは、当然俺よりも高くなってた。
手塚部長の目線辺りまで伸びたヒマワリは、俺には見えない景色を見ている。
なんとなく花にまで見下ろされるなんて気に食わない。
『だいたい願かけなんか意味ないし、そんなことしなくても勝つし』
憎まれ口をたたけば、は眩しそうに俺を見て笑った。
『そうね、越前クンだもの。絶対に勝つよね』
そう言ったの後ろで、黄金の花が穏やかに揺れる。
青い空の下、強烈な色彩でもって俺の記憶に残ったの笑顔だった。
渋滞に巻き込まれて約束の時間より少し遅れた。
店に入ると既に殆どのメンバーが揃っていて、桃先輩の向こうに目当ての人間が座っているのを見つける。
俺に気付いた人間から次々と声をかけられたけど、視線は唯ひとりを捉えて離さない。
「おい、越前。なんだ、その花」
桃先輩の声に重なるように、俺は手にしていた花束をにつき出した。
季節はずれのヒマワリを前にして、の瞳が丸くなっている。
「これ、あげる」
「わ・・私に?」
頷けば、が躊躇いながら周囲を見る。
斜め前に座っている不二先輩が「鮮やかだね。どこで貰ってきたの?」と訊いてきた。
「貰いものじゃないっスよ」
視線はに据えたまま答えたら、なるほどねと分かったような声がする。
不二先輩には理解されたみたいだけど、当の本人は唖然としていた。
なんかもう、じれったいな。
こういうのって、ハッキリさせたもの勝ちなんだろう。
溜息をついて、花束から手を離した。
当然のごとく花束は落ちていき、慌てたが受け止める。
「え、越前クン!?」
「それはの花だから」
「私の?」
「そっ。だからさ」
騒がしかった座敷が静かになった気がする。
メンバーの視線を感じながら、俺は口元を緩めた。
見上げてくる琥珀色の瞳を俺だけのものにするんだ。
「俺と結婚してよ」
桃先輩が叫んだ。
ビール瓶の倒れる音もしたけど、気にしない。
奥に座ってたエージ先輩が立ち上がったのも見えたけど平気。
は瞬きも忘れたみたい。
「今すぐじゃなくていいけど、結婚しよう」
俺のこと、今は好きじゃないかもしれない。
ひょっとしたら他に好きな人がいるかもしれない。
それでも結婚しよう。
近いうちに俺を好きにさせるから。
誰よりも俺を好きにさせるって、誓うから。
だから、俺と結婚しよう。
冗談なんかじゃないよ。俺は本気だからね。
「お前ってヤツは、とことん常識がないっていうか、想定外っていうか」
「天才肌の人間って、変わり者が多いから」
外野が騒ぐ中、が大きな瞳で瞬きした。
すると透明の雫が一粒、黄金のヒマワリの上に落ちていった。
泣かせたと散々責められ、
あまりの煩さに耐えきれず同窓会という名の席から強引にを連れ出した。
下ばかりを向いて涙を拭ってるの手首をつかめば、考えていたよりずっと細くて驚く。
こんな細い手で山盛りになったボールのカゴを運んでいたのかと思えば、尚更に愛しい。
誰もがに声をかけて荷物運びを手伝っていた気持ちが今さらに分かる。
あの頃の俺はそれが腹立たしくて憤っていた。
単なる独占欲、嫉妬だったのだと気付くのが遅すぎる。
繁華街を目的もなく、ただ真っ直ぐ歩く。
の細い腕は俺の手の中だ。
「ケーキ、なんで持ってるの?」
俺は前を向いたまま訊いた。
花束を抱いたの反対の手には、見慣れた白い箱があったから。
昨日の俺みたい、まるで場所には合わないケーキの箱だ。
「桜乃ちゃんに」
周りの喧騒に消されそうな小さな声だった。
そういえば店から後、はじめて聞く声かもしれない。
「竜崎に?」
「昨日のお詫びに・・・渡そうと思って」
「あの人、今日は呼ばれてないんじゃないの?」
「それは知ってるけど、その・・・越前クンから桜乃ちゃんに渡してもらおうって」
の声は消え入りそうだ。
何かが引っ掛かった。
昨日、学園まで来ながら帰ってしまった。
「待って。なんで俺を通して渡すわけ?」
足を止めて振り返る。
引っ張られてきたが、叱られた子供みたいに小さくなっていた。
「ねぇ、聞かせてよ。は何を考えてるのか。俺はアンタのこと、全部知りたい」
ポケットでは携帯が鳴りっぱなし。
どうせお節介な先輩たちが鳴らしているんだろう。
言葉もなく見つめ合う俺たちの間に、場違いな着信音がくぐもって流れてくる。
夜なのに、が眩しそうに俺を見上げた。
微笑むのを失敗したみたいな泣き出す直前みたいな顔。
誰かの唇が震えるのを初めて見た。
「私・・・ずっと越前クンに嫌われてると思ってた」
びっくりした。驚きが表情に出ていたのだろう。
が少しだけ笑う。
「いつも私に怒ってたみたいだったし、私が越前クンを苛立たせているのも知ってた
理由は分からなかったけど・・・きっと嫌いなんだろうなって思ってた」
「違う、嫌ってなんかない」
うん、ありがと。
がホッしたように囁いて瞳を伏せた。
「エージ先輩にアンタのことを訊かれて、全然興味ないって言ったことあるけど
嫌いなんて言ったことないし、思ったこともない」
でも思い当たるコトはたくさんある。
俺の態度が、ずっとに誤解を与えてたんだ。
「ただ腹が立ってたのは本当。苛々もしてた
だってアンタは誰にでも優しくて、誰にでも好かれてて・・・」
そうだ。子供だった、俺。
「俺だけのアンタじゃなかったから」
が花束に顔を埋めた。
肩を震わせて、どう見ても泣いているみたいだ。
桃先輩が言ってた。
は自分が悪いんじゃないのに、想いに応えられない相手のことを思って傷つくと。
ひょっとして、俺のために泣いてるのかな。
「、あのさ」
「・・嬉しい」
擦れた愛しい声だった。
「私も・・・好きだった」
全身の力が地面に吸い込まれるみたいに抜けた。
ビター&スイート 7
2008/10/19
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