ビター&スイート 6
明日はテニス部の同窓会だ。
たった一日を待てばいいと分かっていて、またケーキ屋に行った。
できたら同窓会より前に会って話がしたい。そう思ったのに、は休みだった。
恥ずかしいのを我慢してバイトのコに確認した俺の落胆は大きい。
「今日は用事があるって言って」
何の?
そう聞ける立場でもないのに勝手に腹を立てる。
会いたい時に会えないなんて、なんかやっぱり嫌だ。
覚悟を決めなきゃね。
そんなことを考えながら、
手ぶらで出られず買ってしまったケーキを持って青学に行った。
ケーキの箱を手にコートへ行くなんて、邪魔以外の何ものでもない。
着いたら竜崎に渡せばいいやと決め込んで、懐かしい学園内を進んだ。
チビだった頃には見えなかった風景が新鮮。
あの頃の手塚部長は、この目線でコートを見ていたんだ。
身長で負ける気などなかったけれど、やっぱりデカくなりたかった。
ここだけに吹く風がある。
センターコートにはない、熱く乾いた風。
「リョーマ君!」
竜崎に呼ばれて顔をあげる。
無意識にフェンス越しのコートを見つめていたらしい。
相変わらず小さい竜崎が手を振っていた。
「ちゃん呼んだの」
怒らないでねと前置きされて言われたのが、このセリフ。
間抜けにも瞬きを忘れてしまった。
「なんで?」
「あ・・あの、久しぶりだし。リョーマ君も会いたいかなって」
「それ、気を利かせたつもり?」
上目づかいで俺の表情を窺うように話す竜崎に、気持ちを見透かされてるんだと思うと堪らなく恥ずかしい。
恥ずかしいけど、がバイトを休んだのはココに来るためなんだと分かって嬉しくもある。
帽子を深く被り直すと、買ってきたケーキを竜崎に差し出した。
「お礼」
殊更ぶっきらぼうに言ったけど、竜崎は瞳を細めて白い箱を受け取った。
なのに、は来なかった。
違う、来たんだ。来たのに、俺のもとまでは来なかった。
どうして?
なんかもう、恥も外聞もなくなった。
桃先輩にだけは聞くまいと思ってたけど、我慢できない。
聞いたって仕方がないと分かってることまで聞かずにいられないほど、
俺は自分の感情をコントロールできずにいた。
家の前で待ち伏せしてた俺を見た桃先輩が素っ頓狂な声をあげた。
「お前、有名人なんだから。こんな所で立ってんなよ」
「って誰かと付き合ってる?」
「はぁ?なんだ、いきなり」
「俺がアメリカ行った後、誰と付き合った?全部、教えてよ」
唖然とした表情の桃先輩が大きな溜息をつくと頭をかいた。
とにかく家に入れよと背を向けて、それから小さな声で呟く。
「お前さぁ、そういうことは本人に聞くんだよ。馬鹿」
聞けたら、苦労しないよ。
俺も呟いたら、「まぁ、そうだけどな」と桃先輩が笑った。
エージ先輩は高等部へ上がる直前にを口説き落とした。
だけど根負けしたふうだったとエージ先輩は長く続かずに別れた。
今でもエージ先輩にとっては特別らしいけど、先輩には別のカノジョがいる。
高等部のテニス部でもマネージャーをしていたから、を好きになった男は結構いたらしい。
だけどエージ先輩とのことで懲りたのか、それから後のが誰かと付き合ったことはない。
大学以外のところで出会っていたら分からないけど、桃先輩の知ってる限りではだ。
「は誰にでも優しいけど、ガードは固いんだよな
グランドスラムを達成したお前でも頷いてくれるかは分からないぜ?」
「別に、グランドスラムは関係ない。で、桃先輩もフラレタの?」
飲んでいたコーヒーが気管に入り、むせた桃先輩が俺を睨む。
頬杖をつき溜息を吐くと、今度は嫌らしく笑った。
「ふん。お前も俺とオトモダチになれるだろうよ」って。
急に闘志が湧いてきた。
昔から、そうだ。
無理だと言われれば言われるほど、ムキになるんだ。
ここ最近の成績が伸びなかったのは、今にして思えばムキになるような目標を見失っていたからかもしれない。
今回は絶対に勝って、帰国したらに会うんだとムキになった。
だからこそ熱を失わずにグランドスラムを成し遂げられたんだと思う。
「俺、桃先輩みたいにはならないよ」
「ハイ?その自信はどっから湧いてくるんだ?六年も会ってなかったくせに」
「今から会えばいい」
「越前、お前なぁ。を困らせたり、悲しませるのは許さねぇぞ」
桃先輩が表情を引き締めて言ってきた。
「は優しいからさ、自分が悪いわけでもないのに」
「平気。俺、振られないから」
なんだ。桃先輩、まだ未練があるんだ。
それでも負ける気はしないし、負けないよ。
桃先輩は肩をすくめると、再び大きな溜息をついた。
先輩ちからの帰り道、ぶらぶらと歩いていたら小さな花屋があった。
そういえば中学の頃も桃先輩の自転車の後ろに乗って、何度か見かけた店だ。
ふと足が止まる。
記憶に残る花色を目にして、その花の名前を読んだ。
マーガレット、ガーベラ、トルコキキョウ、カーネーション・・・
いつも部室に飾られていた花たち。
薄い光りが射す部室の中で、優しげな手つきで花をさすの横顔が綺麗だった。
先輩たちもに見惚れてた。
それが何故か気に食わなくて、わざと視線を逸らしていた俺。
の飾った花をエージ先輩が褒めるのを聞くのが大嫌いだった。
今は、ただ懐かしい。
そして胸が落ち着かなくなる。
「いらっしゃいませ」
店の前で立ってたら、奥からエプロンをしたオバさんが出てきた。
色とりどりの花が並んだ店先。
俺は少し考えて、奥の花を指差した。
ビター&スイート 6
2008/10/14
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