ビター&スイート 5












久しぶりに桜乃ちゃんからメールが来た。
短大に進学した桜乃ちゃんとは滅多に会わないけれど、時々は近況をメールする仲だ。



『あのね、時間があったら青学に来ない?
 リョーマ君が一日コーチをすることになってるんだ』



日時を確認したら、ちょうどバイトの日だった。
それでも迷う。


誰にも言えないけれど、ずっとケーキ屋で彼を待っている私だ。
ガラスの向こうに男の人が立つだけで、彼ではないかと胸が騒ぐ。
入ってきた人の顔を見ては落胆し、また外を眺めて過ごしている。



だって、『またね』と越前クンが言ったから。



二度目にケーキを買いに来てくれた日から、もう何日たっただろう。
ずっと待っている私は何なんだろう、そう考えていた。
懐かしい切なさは答えを私に教えようとするけれど、分かりきった結末があるから答えを求めたくない。



青学に行けば、必ず越前クンに会える。
それは酷く魅力的でもあり、怖くもあった。



迷いに迷って、『行けたら、行くね』と返信した。
桜乃ちゃんは越前クンと連絡を取り合っているのかなと思うと複雑な気持ちになる。


リョーマ君と名前を呼べる彼女は、中学時代の越前クンに一番近い存在の女のコだった。
小さくて可愛らしい彼女は竜崎先生のお孫さんだ。
私はずっと彼女が羨ましくて、少しだけ嫉妬もした。
でも桜乃ちゃんは優しくて、私が嫉妬するのも申し訳ないほどの良い子だった。
だからこそ桜乃ちゃんとは適度な距離感を保ちつつ、大事に付き合ってきた。
卒業すると疎遠になる友人が多い中で、ずっと連絡を取り合っていられるのも、そのおかげだ。


無理せず仲良く付き合えるようになったのは越前クンが渡米して随分とたってから。
それでも言えなかったこと、聞けなかったことがある。


私が越前クンを好きだったこと。
桜乃ちゃんが越前クンをどう思っていたか・・・、ということ。



結局は桜乃ちゃんに誘われた日に、私はバイトを休んだ。
翌日は桃先輩に誘われた同窓会だって予定されていて、会えることが分かっているのだから行かなくてもいい。
そう何度も言い聞かせてみたけれど、越前クンが懐かしい青学のコートに立つ姿がどうしても見たかった。



約束の時間より少し遅れて青学の中等部に着く。
ここまできて校門の前で迷い、足を踏み出しからも迷っていた。
青いフェンスが校舎の向こうに見えてくると鼓動が速くなる。
この場所にだけ吹く風は、記憶を呼び覚ます匂いがした。



運動部の部室が並ぶ角を曲ると、倉庫の脇に立つ桜乃ちゃんが見えた。
ホッとして声をかけようと口を開いた時、その背中があった。


白いポロシャツに短パン姿。
長く伸びた足には彼が気にいっていたブランドのテニスシューズ。
そしてトレードマークだった帽子と大きなラケットバッグ。


ああ、と思う。
時が巻き戻ったみたいな感覚になって足が止まってしまう。
あの頃も私は彼を見ていた。
胸に想いが迫る。


息を詰めている私の前で、桜乃ちゃんが恥ずかしそうに何事かを越前クンに話している。
私には背中しか見えない越前クンの肩が揺れ、彼は困ったように帽子を直した。


その後の光景はスローモーションのように見えた。


私からは見えなかった越前クンの左手が持ち上がる。
その手には見慣れたケーキの箱があった。
ふたつまでしか入らない、一番小さな箱が桜乃ちゃんに差し出される。
笑顔の桜乃ちゃんが遠慮がちに白い箱を受け取った。



気付いた時には青学の校門を目指していた。
込み上げてくる涙を喉の奥に押し込めて、足早に逃げる。



彼の買うケーキは誰かのためだって、分かってたじゃない。
自分を笑っても、心が泣いている。


馬鹿だ、私。
たったの二度会っただけで、また恋をしていた。
あまりの馬鹿さ加減に自分でも呆れるほど。



校門まで来たとき、車が入ってきた。
脇に退いて遣り過ごそうとして、ハンドルを握る人が竜崎先生なのに気がついた。
目を逸らそうにも逸らせないほど目が合ってしまった私は反射的に頭を下げて、そのまま外へ出る。
おや、という目をしていた竜崎先生は、もちろん私のことに気付いているだろう。
あとで桜乃ちゃんに私が学園にまで来ていたことが知れるのは確実だ。
そう思えば、なおさら心が塞いだ。



『ごめんなさい。急な用事ができてしまって、途中で帰りました。』



うまい言い訳も見つからなかった私は簡単なメールを桜乃ちゃんに送った。
暫くして返信が来たけれど、どうしても開けなかった。
今は何も聞きたくないし、知りたくなかったからだ。



過去を振り返っても、私はいつも臆病で人を傷つけてばかりだった。
越前クンに想いを打ち明けることもできず、桜乃ちゃんにも言えずに諦めた。
エージ先輩に好きだと言われ続けて、好きになれるかもと付き合ってみたけれど
結局はエージ先輩の心を傷つけて終わった。


誰かの力になりたい、人に優しくありたいと思い続けてきたのに
気付けば八方美人のようになっていて、本気の気持ちをぶつけられるたびに酷い罪悪感に苛まれる。


誰も好きになれない。
もう誰の気持ちも受け入れられない。
中途半端な気持ちでは、また誰かを悲しませる。


好きな人に、好きになって欲しい。
そうしたら素直に受け入れられるのに。


微笑ましく寄り添う恋人たちを見るたびに寂しい気持ちになった。
そして今日、好きな人に恋人がいるのを知った。


もう、どうしようもないよ。



「ゴメンね」



私は開けないメールが残る携帯を額にあて、桜乃ちゃんに謝ることしかできなかった。




















ビター&スイート 5 

2008/10/14




















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