ビター&スイート 4











練習を終えて家に戻ってきたら、居間にいた親父が俺の手元を見て変な顔をした。



「ケーキは?」
「今日はないよ」


「なんで?今日はスケジュール的にも余裕のある日じゃなかったか?」
「明日なら買ってきてもいいけど」


「明日はスポンサーのイベントがあって忙しいんだろ?」
「別に。車で寄ってもらうから」



冷蔵庫を開けて冷たい牛乳を飲んでいたら、親父の視線を感じた。
ニヤニヤと嫌な笑顔を浮かべて俺を見ている。



「なに?」
「自分が食べるわけでもないのに買ってくるケーキ、それも続けて
 暇な今日には買いに行かなくて、忙しい明日には行く
 あやしいな、お前。ケーキ屋の姉ちゃんに一目惚れか?うん?」


「・・・べつに」



なんでこう無駄なところで勘を働かせるのかと思う。





ただ会ってみたいと思って、帰国早々に竜崎から聞きだしたのバイト先。


時間の合間をぬって二度も行った。
一度目はガラス窓の外から見ても居なくて、中には入らなかった。
二度目で探していた姿を見つけた時、確かに胸の鼓動が跳ねた。


は出会った頃と同じで、肌が透けるように白い。
少し色素の薄い髪を後ろで束ね、ピンク色の頬に琥珀色の瞳をして笑っていた。


声をかけて、驚きに見開かれた瞳に満足して、そして確信した。



会いたかった。
会えて良かった。
また・・・会いたいって。



だから、三度目も会いに行ったんだ。



「いいか?女ってのは、男から積極的に押されると弱い。押しまくったところで、ふっと引く
 この『ふっと』が男の腕の見せ所って言うか、なかなか難しくてなぁ。引きすぎると逃しちまうし」


「もういいから」



息子の恋愛なんて、このバカ親父にとっては面白がって楽しむためのものに違いない。
正直言ってムカつくし、絶対に知られたくない相手だ。



でも、本気でなんとかしなきゃと思う。
日本にだって、いつまでもいられるわけじゃない。





『もう少し君は人との付き合い方というか、自分の気持ちの表し方とかを勉強したほうがいいね』



アメリカで世話になった人が俺に言ったこと。
若い頃の親父を知っている彼は『まぁ、君のオヤジさんも似た様なものだったが』と笑った。


テニスだけをやっていれば良かった。
強くなりたくて、誰にも負けたくなくて、そして結果はついてきた。
結果がついてくれば自然と人が集まってきて、その中で気の合う奴とだけ付き合ってきたから苦労はない。


だから知らないんだ。
どうやって自分から他人との距離を縮めていけばいいのか。
どんなふうに自分の気持ちを相手に伝えていけばいいのか。



を自分だけのものにしたいのに
俺にはどうしていいのか方法が分からない。



自分の部屋に上がって、窓を開けた。
ふんわりと入ってきた風は、青学のコートに吹いていた風の匂いと少し似ていた。










親父に頼まれたんだを自分への言い訳にして、またの店に行く。
は知らないだろうけど、実際はこれで四度目。
今日はスケジュール的に厳しくて、いつもよりずっと遅い時間に店へ着いてしまった。
店が暗い事に嫌な予感を感じつつドアの前に立てば、CLOSEDの看板がぶら下がっていて明かりが落ちている。


がっかりした。
自然と漏れる溜息に、俺って何をやってるんだろうと思う。


既に二度もケーキを買いに行き、聞き出せたのはバイトに出る曜日だけ。
も、だ。俺が二度もケーキを買いにくるなんて、何かあるんじゃないかと気付いてもいいじゃないか。
思ってから、それは都合のいい考えだと再び溜息。


慣れないイベントに出て感じていた疲労が、一気に体を重くした。
こんな体で車に乗って家に帰るのは鬱陶しい。
マネージャーが止めるのも構わず、家まで走って帰ることにした。
もやもやとする時は、体を動かすのが一番だと俺は経験から知っているから。



家に帰ると玄関の脇に若葉マークをつけた車が止まっていた。
嫌な予感がして家に入ると、女物の靴が並んでいる。



「竜崎か・・・」



流れ落ちる汗もそのままに居間に顔を出せば、予想通りの人物が座っていた。



「リョーマ君、おかえりなさい」
「何しにきたの?」


「え?あ、あの、おばあちゃんに頼まれて届けものを」



怒ったわけでもないのに、竜崎が小さくなって答える。
すかさず隣に座っていた親父が俺を睨んで文句を言い始めた。



「コラっ、それが可愛いお嬢さんに言う言葉か?
 ゴメンね、桜乃ちゃん。ホント、コイツは女のコの扱いが分かってなくてねぇ」



親父の猫撫で声に戸惑う竜崎の前には焼酎の瓶と手焼き煎餅の詰め合わせが置いてあった。



「これ、食べていいの?」
「おお。いいぞ、食え食え」



走ってきたせいで腹も空いていたし、つい何も考えずに好物の煎餅を手に取った。
母さんの『手を洗いなさい』の声を聞きながら一口かじる。


途端に親父が「ヨッシ、決まりだな」と笑った。
何がと目で問う俺に親父は意地の悪い笑顔を浮かべ、竜崎はすまなそうに体を竦める。



「竜崎のバァさんからの依頼でな、お前は青学に一日コーチとして出向くんだ」
「なっ、そんな時間は」


「もう煎餅を食っちまっただろ?断れねぇよ
 これで遠慮なく俺も焼酎が飲める。お〜い!母さん、コップ!」



やられた。
確か中学生の頃にも同じように厄介事を押し付けられた気がする。



「ごめんなさい、リョーマ君が忙しいのは分かってるんだけど」
「いいよ。アンタが悪いんじゃないし」



ここで竜崎に文句を言っても仕方ない。
にゃろ。いつもいつも、俺に面倒ばかりを押し付ける親父め。


ムカムカしていたら、親父が焼酎の封を開けながら訊いてきた。



「そういや、例のケーキは?やっぱり寄れなかったか」
「・・・もう閉まってた」


「閉まるって、まだ七時だろ?定休日だったんじゃねぇのか」
「それはないと思う」



がバイトの日だと教えてくれた曜日だから間違いないはず。



「ケーキ屋さんって」



竜崎が小首を傾げるようにして俺を見上げた。


シマッタと背筋に冷たいものが走る。
帰国後に竜崎先生のうちへ挨拶に行って、そこで会ったコイツにのことを聞いた。
日本にいるうちに再び竜崎に会うことなんてないと思っていたし、中学時代の二人は仲が良かったから・・・つい。



「なんかなぁ、ケーキ屋の可愛い姉ちゃんに」
「親父!な、なんでもないから、話が終わったんなら竜崎は帰りなよ
 初心者マークに夜の運転は危ないんじゃないの?ほら、帰った方がいいって」



竜崎を急かし席を立たせる。
親父は蓋を開けただけで酔っ払っているのか、腹を抱えて笑い始めた。
苦々しい思いで竜崎を玄関にまで追いたてると、母さんが外まで見送るように言うから靴を履いて出る。
面倒だと思ったけど、見守らないと大変なことになると直ぐに理解した。



それでよく公道を走ってきたねと、呆れるほど危なっかしいハンドルさばきで竜崎が車を動かし始める。
切り返しを何度もして、やっと車を動かした竜崎が窓から顔を出した。



「リョーマ君、ケーキ屋さんって・・・ひょっとしてちゃんが行ってるとこ?」
「そんなこといいから早く帰った方がいいよ。あとさ、もう少し練習してから外を走った方がいいと思う」



竜崎は頬を赤くして、恨みがましく俺を見上げた。
それ以上は突っ込んで聞くなという牽制もあったんだけど、鈍い竜崎には通じない。



「あそこのケーキ屋さんね、追加では作らないんだって
 その日に作ったものが全部売れたら閉店なの。だから・・・」


「そ。分かった」


「リョーマ君、ちゃんのこと」



遠慮がちに零れてきた言葉に頬が熱くなるのを感じて顔を背けた。
周囲が暗くなってて良かったと思う。



「いいから帰りなよ。おやすみ」



話を打ちきるように告げれば、竜崎は困ったように笑って「おやすみなさい」と窓を閉めた。
よたよたと車は走り出し、なんだかテールランプが消えるまで見届けずにはいられない危うさだった。


角を曲っていった車に溜息をつき、汗で湿った髪をかく。


足踏みしている自分は竜崎の運転する車と同じだと思った。
女のコに対する気持ちは初心者で、臆病で、無駄が多くて、下手。


車の運転は乗らなきゃ上達しないだろう。
なら、恋愛は?



・・・頭が痛くなってきた。




















ビター&スイート 4 

2008/10/07




















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