僕は恋をした 1











『不二、俺はお前が時々分からなくなる。
 いや・・・本当は元から分かっていないのかもしれないな。』



肩を並べて駅へ向かう途中、手塚が独り言のように呟いた。
僕は肩をすくめて笑う。



『うん、分かる。だって僕にも自分がどういう人間なのか分からないんだもの。』



僕の言葉に足を止めた手塚が何とも言えない顔でマジマジと見つめてくる。
君の眉間の皺が不可逆的になるんじゃないかと思えば可笑しくて、つい笑ってしまえば
手塚の小さな溜息が零れた。



『そこは笑うところじゃないぞ』
『あ〜、そっか。ゴメン!』


『謝るところでもない』
『じゃあ、どうすればいいのかな?』


『俺に聞くな』



あらら、手塚を怒らせちゃったみたいだ。
手塚の事を鉄仮面とか無表情とか言う人もいるけど、長い付き合いの僕には手塚の感情の動きは分かりやすいものだ。



『ゴメンね、心配かけて。大丈夫。春までには間に合せるよ。
 もしも間に合いそうにない時は、いつでも僕を切ってくれていい。』


『・・・簡単に言うな』



手塚の瞳が僅かに細められた。
ありがとう、手塚。君が僕の故障をもの凄く心配してくれてのは分かってる。
そして僕が戦力から外れる事を惜しんでくれている事も分かってるよ。
僕はね、僕を必要としてくれている君がいるから何とかやってきた。
じゃなければ、とっくに投げ出していたんだ。


だって・・・僕自身はテニスを必要としてないんだから。





お世辞にも逞しい体つきとは言えない僕が選択したのは技術屋だった。
正確なストローク、計算、誰もが使えないカウンター技。
高校生ともなれば殆どの対戦相手が僕の体格を上回り、パワーも桁違いに強くなる。
それにも技で対抗してきた僕だけど、とうとう細腕が悲鳴をあげた。


最初に気づいたのは手塚で、次は乾。
今日は無理矢理に手塚の肩を診てくれた医師のもとへ連れて行かれたのだった。


三週間の安静、と言われた。


それだけならいいけど、三週間の安静後に直ぐ今まで通りのテニスができるはずもない。
そこからリハビリしながらベストコンディションに持って行く事を思えば、春からの大会は微妙だ。



『とにかく無理をするな。そして早く治してくれ。』



僕よりも沈痛な顔の手塚に肩を叩かれ、結局は笑うしかなかった。





翌日から乾の作ってくれた体力維持のためのメニューをこなす日々が始まる。
ラケットは握らず、それでも飽きない様なトレーニングが組まれていた。


これで体力は維持できるかもしれない。
だけど急激に醒めていく心をとどめる事ができない。


そんな時、僕は君に出会った。



小麦色の肌をして、僕より少し短めのショートヘア。
大きな瞳がクルクルして、唇に笑顔をのせている。


彼女は軽そうなアルミの松葉杖をつき、僕と同じ医師の診察を受けるために待っていた。
外来の看護師や通りすがりの医師たちに声をかけられ、それに満面の笑みで答える。
彼女は随分とスタッフに人気があるらしかった。


興味をひかれたのは僕と同じぐらいの学年だと思われた事。
ちょっと好みかもと思えた事。


そして彼女も何か故障を抱えているらしいという事。



「こんにちは、よく会うね。」
「え?あ・・・こんにちは。」



それが彼女と僕が最初に交わした言葉だった。



予想した通り、彼女は人好きする明るくて元気な女の子だった。
はじめこそ突然に話しかけられて戸惑っていたみたいだったけど、
僕と同じ学年だと知ると直ぐに打ち解けて話してきた。
退屈な外来でお喋りできる相手を得られたのは、お互いにとって嬉しい事だった。


学校での僕も女のコと気軽に話すけど、なんていうか『テニス部の不二』の枠からはみ出さない話し方をする。
別に強制されてるわけじゃないけど皆が僕に対して持っているイメージが分かるから、つい合わせてしまうんだ。


だけどテニス部の不二を知らない他校の彼女は、何の先入観もなく僕に話してくる。
それが僕には楽だった。



「どこが悪いの?」
「肘だよ。」


「ひょっとしてラケットの振りすぎ?」
「え?」


「ホラ、携帯のストラップがテニスラケットだから。」



彼女が目で僕の胸ポケットから出てるストラップを指す。
ああ、と僕が相槌を打つと彼女は「スゴイでしょ?」と嬉しそうに笑った。
姉さんが弟とお揃いでプレゼントしてくれたストラップだったから携帯につけていたんだ。



「で、君は?」
「私はこの通り、膝。なんか炎症を起こしてるんだって。
 よく原因が分からなくて、この前からずっと検査してたの。」


「ふーん、大変だったんだ。」
「私ね、長距離の選手なの。だから膝に故障があると走れなくて・・・欲求不満で暴れちゃいそう。」


「そんなに走るのが好きなんだ?」
「もちろん大好き!あなただってテニスが大好きでしょ?」


「僕は・・・どうかな?」



え?と彼女が不思議そうな顔をする。
シマッタ。『僕も好きだよ』と軽く返しておけば良かったと後悔した。
彼女は真面目な顔して僕を覗きこんでくる。



「テニス、キライなの?腕を痛める程、ラケット振ってたのに?」



僕は笑ってしまった。
確かに、嫌いなら故障するまでもラケットを振り続けないだろう。



「なに?何が可笑しいの?」
「うん、君の言うことはもっともだと思って。多分、僕はテニスが好きなんだね。」


「・・・変なの。」
「それ、よく言われるんだ。」



こうやって真面目に通院しているのも、何処かで春に間に合わせなくてはと思っているからだ。
笑い止めない僕の隣で、君がサポーターの巻かれた膝をポンポンと軽く叩く。



「早く治らないかなぁ。真っ青な空の下を走りたい。」
「僕もコートから見上げる青い空が好きだよ。」



彼女は満足そうな表情で僕に笑顔を見せた。
仲間ね、と嬉しそうに笑ったんだ。





皆と一緒にフェンスの周囲をランニングする。
『青学、ファイッオー!』の掛け声を聞きながら、お天気がいいなぁと思っていたら隣に手塚が並んだ。



「真面目に通院しているらしいな。経過はどうなんだ?」
「まるで僕が不真面目みたいな言い方だね。おかげ様で経過はイイよ。」


「怪我を機に・・・お前がテニスから離れて行くんじゃないかと心配していた。」



驚いた。手塚は色んなことを見てるんだ。
僕は隣に肩を並べて走る手塚を見上げて言ってやる。



「大丈夫だよ、手塚。僕、わりとテニスが好きみたいだから。」
「わりと・・が気になるが、まぁいい。」



僕が声をあげて笑うと、後ろからエージが「不二、余裕じゃん!」と抜かしていった。



「手塚、お先に!」



返事を待たずに僕もダッシュをかける。





確かに気持ちいい。
君も早く走れるようになるといいね。



青い空の下を走る心地よさに、僕は外来で出会った彼女の事を思い出していた。




















僕は恋をした 1 2006.12.22



















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