僕は恋をした。 最終回
誰かに会いたくて、こんなにも切羽詰ってるなんて。
君なら絶対に僕が来るまで待っている。
分かっているのに逸る気持ちは抑えられなくて、息を切らせて走っている僕がいた。
懐かしい病院の敷地内に入れば急に足は鈍ってしまい、
カサカサと土に返っていない枯葉を踏みしめながら君を探す。
鼓動が落ち着かないのは走ってきたからだけじゃない。
君に会える喜びと君が何を僕に見せてくれるのか、不安と期待がない交ぜなんだ。
は僕達がよくお喋りしたガラス張りのロビーが見える外のベンチにポツンと座っていた。
遠くから見てるせいもあるけれど、明らかに華奢になった薄い体に胸がつかれる様な思いがする。
一歩一歩、僕はに近づく。
僕達が共にいたのは真冬のひと時だけだった。
一度だけのキスをして、甘い言葉も交わさずに『約束』だけをして離れた。
君の背中まで伸びた髪を風がさらっていく。
その白い頬があらわになるのを見て僕は思った。
ずっとに会いたかったんだ。
会って『充分かは分からないけど頑張ってみたよ』と言いたかったんだ。
僕は格好悪かったり、負けもした。
悔し涙も初めて流した。
負けるのが、あんなにも悔しい事なんだと初めて知ったんだ。
でも僕が負けても、手塚たちが頑張ってくれた。
それが同じ学校の名前を背負うチームの力なんだと気づかせてくれたんだ。
そうだ。話したいこと伝えたいことが、たくさんあって。
なのに君は傍にいなくて、僕は酷く寂しかった。
君が近くにいないことが・・・とても悔しかったんだ。
枯葉を踏む音にの顔が上がった。
ゆっくりと僕を見上げた君が、緩やかに笑顔を浮かべた。
「不二クン!」
僕の名前を呼び、がベンチから立ち上がる。
松葉杖もなく立ち上がる彼女の姿に僕は目を細めた。
「来てくれて、ありがとう。」
「ううん。こっちこそ、呼んでくれてありがとう。嬉しかったよ。」
僕の言葉に君は照れくさそうに微笑む。
それが出会った時と同じ嘘のない君の笑顔だったから、僕はホッとした。
彼女の前に立った僕の視線は自然と手術した足に向かってしまう。
僕の視線に気がついたは屈託なく笑って言った。
「なんかねぇ、こっちだけO脚になっちゃったの。マイッタわ。」
「言われなきゃ気づかないよ。」
「そう?」
「うん」
「よかったら、座らない?」
一年間も会ってないなんて嘘みたいに僕らは会話を交わし、ベンチに腰をかける。
彼女は病院を見上げてから、笑顔を唇に乗せたまま僕に視線を向けた。
「まずは全国大会優勝、おめでとうございます。」
「知ってたんだ?」
「もちろん。」
は笑顔のままで、ジッと僕を見つめてくる。
僕の言葉を待っているんだと思えば、言いたいことが山のように浮かんでくるのだけど何から話していいのか分からない。
少し考えて、出てきた言葉は単純なものだった。
「頑張ってみたよ。」
「うん。」
「結構大変だったんだ。なんか格好悪くて、後から思えば恥ずかしい事もイッパイあって。
手塚に容赦なく打ちのめされたりもして・・・情けなくて眠れなかったりもした。
途中で逃げたり、はぐらかしたりせずに向かってきただけ進歩だとか憎らしい事を言われてさ。
今まで自分が敵いそうにない相手には簡単に勝ちを譲っていたのかなぁなんて、
自分の弱さを突きつけられているようで嫌だったよ。」
「でも、不二クンは逃げなかった。」
「逃げたくなったんだけど・・・逃げられなかった。
手塚たちが怖い顔して見張ってるしね。それに・・・との約束があった。」
「約束、果たしたんだね。」
「それは・・どうかな?」
「これ、誕生日プレゼント。」
僕の話を聞いていた彼女が脇に置いたカバンから白い封筒を出してきた。
何だろうかと窺う僕の前に封筒を差し出し、見てみてと彼女が促す。
ズッシリと重みのある封筒を開けば、中には分厚い写真の束が入っていた。
「ありがとう、憶えててくれたんだ。写真・・だよね?」
「私が頑張ったものよ。不二クンに見て欲しいの。」
「写真、始めたの?」
「不二クンには教われなかったけど、ね。」
苦笑する彼女に微笑んで、僕は封筒から写真を取り出し一枚目に目を落とした。
真っ青な空。
光りの調節も何もできていない、ただの空の写真。
次は夕暮れのグラウンド。
陸上部の選手達が駆ける長い影が捉えられていた。
彼女の物だろうか、泥だらけのシューズ。
石灰の白いラインに残るスパイクの跡。
正直、技術的には全く駄目だ。
けれど彼女の心の叫びが聞こえてくるような写真だった。
空が好き。
風が好き。
走るのが好き。
僕は一枚ずつを丁寧に見ていった。
春が来て、桜や菜の花など色鮮やかなものが被写体に変わっていく。
公園で走る子供や愛らしい表情の動物など、本来の朗らかな性格が写真に出ている。
何十枚目かで、僕の手が止まった。
思わずを見れば、彼女は瞳を細めて頷いた。
出てきたのは僕の写真。
これは地区大会。第2シードだっから2回戦からの出場だった。
まだ楽勝だったころ。
写真の中の僕は表情ひとつ変えずに戦っている。
ピントの合わない写真や誰かの頭で僕が切れてる写真ばかりだ。
動きの激しいテニスの試合を慣れない望遠カメラで撮ったのだろう。
次は都大会。
都大会には全国で肩を並べた氷帝と決勝で当たった。
これは歯を食いしばった戦いだったんだ。
僕より体格もパワーも数段上の相手だった。
コートに膝をついてしまったところ、ラケットが弾き飛ばされたところ、
僕が遠くを睨みつけて唇を噛んでいるところ。
全て君が残してある。
関東大会も同じく苦戦した。
僕は立海の部長に負けた。
どう足掻いても勝てなくて、
同じような体格の彼に捻じ伏せられた悔しさは言葉に出来なかった。
僕の俯いた背中を写す君の写真はピントがぶれている。
そして全国大会。
写真の腕が確実にあがっている。
ブレもなく構図もいい。
どれだけ彼女が写真の勉強をして努力してきたのかが分かる出来だ。
顎から滴り落ちる汗を拭いもせずにラケットをかまえる僕の横顔。
仲間の応援に大声を上げる僕。
試合前に一つ息を吐く僕。
負けて。勝って。勝って。
その度に苦しんで、汗にまみれ、唇を噛んだ。
そして最後に皆で勝利を手にした瞬間の僕の笑顔。
ああ、僕はこんなに良い笑顔で笑えていたんだ。
ラストの一枚は、また青い空だった。
抜けるような夏の青い空は雲ひとつなく、完璧に切り取られた美しい写真だった。
百枚は軽く越えているだろう写真の束を手に僕は言葉が出ない。
「ずっと見てたよ。
不二クン、すごく頑張ってた。
輝いてて・・眩しくて、とても素敵だった。
不二クンが頑張ってるから・・・私も頑張れた。
あなたと一緒だから頑張れたの。」
時間を傍で重ねてきたわけじゃない。
だけど同じ空の下でお互いが会えない人を想い時間を重ねてきたんだ。
僕はもう一度、
最後の青い空の写真に目を落としてからの目を見た。
彼女の瞳には春を待つ陽射しが射し込んで反射する水面のように輝いている。
その美しさに見惚れながら、やっと本当の答えを手にすることが出来た気がした。
僕は彼女に恋をしている。
会えない間も、ずっと君に恋をしていたんだ。
だからこそ変わりたいと望んだ。
好きになれない僕を変えたかった。
自分の好きな僕を君に好きになって欲しかった。
「僕はが好きだ。」
初めて本当に恋した女のコに告白した。
一年越しで気持ちを込めた『好き』を伝えられた僕に君が微笑む。
「私も不二クンが・・・好き。」
恥ずかしそうに返ってきた小さな声に僕は手を伸ばした。
ラケットを握る手も、
今は目の前の君を抱きしめるためだけにある。
これからは近くで同じ時間を過ごそう。
もっともっと君を知りたい。
もっと僕を知って欲しい。
この恋からも僕は逃げやしないさ。
「僕は恋をした 最終回」
2006.12.30
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