僕は恋をした。5
この細い体で戦うために、それなりの努力はしてきたつもりだった。
努力は人に見せるものじゃない。
流した汗を人前にさらすのは天才不二周助には不要なものだったんだ。
だけど僕は憧れてもいた。
裕太や海堂のように、泥臭くても直向からボールを追う姿は美しいと思う。
彼らの流す汗は僕が目を逸らしてしまうほど眩しい輝きだった。
僕は変われるんだろうか。
何かに躓き戸惑うたびに自分へ問いかける。
心が楽な方へと揺れるたび、僕はと繋いだ小指を見つめていた。
「不二、次のシングルス3はお前で行く。」
「分かった。」
「先手を取りたいんだ、はじめから全力でいってくれ。負けは許されない。」
「大丈夫。手塚には回さないよ。」
手塚は試合のたびに要となる重要なゲームに僕をあてた。
力など抜けるはずがないんだ。
後ろから手塚は無言で僕の肩に期待という重荷を背負わせてくるし、
そのうえラケットを握る僕の小指には君との約束という枷もついている。
僕は汗を流し、力のなさに唇を噛みながらも黄色いボールを追い続けた。
もう無理だ・・・と思うたび、君の声が聞こえる。
不二クン、ガンバロウね。
頑張るって簡単に言う言葉だけど、言葉ほどは容易くない事だ。
彼女はその難しさを知っていたんだと思う。
きっとは歯を食いしばって頑張ってる。
だから僕は負けられないんだ。
不思議だよ、会えなくなってからの方がを近く感じる。
の声、笑顔、柔らかな唇、全てが愛しく思い出されるんだ。
コートで勝利のコールを受けるたび、僕は青空を見上げて君に報告する。
今日も頑張ったよ、と。
秋の空は抜けるような青さだった。
ベンチの背にもたれて空を見上げていたら、隣に汗を拭う手塚が腰をおろした。
「これで7勝4敗だ。」
「手塚は強いよ。皆が君を目標にする気持ちが分かる。」
僕は本心から言って微笑んだのに、手塚は眉間に皺を寄せて不機嫌だ。
今日は僕の負け。フルセットまで持ち込んだけど駄目だった。
真面目な手塚は勝っても色々と難しく分析しているんだろう。
「ここ最近、お前に勝てても勝った実感がないような勝ち方が続いている。」
「僕だって心から手塚に勝てたと思えたことは一度だってないよ?」
「不二は・・」
「うん?」
「強くなったな。」
手塚が空を見上げて言った。
僕も一緒に空を見上げる。
念願の全国大会制覇を成し遂げた一週間後の事だった。
会いに行こうと思えば、いつでも行けた。
だけど僕は待っていた。
自分が出来る何かを見つけると言ったは、
それを見つけた日には必ず僕の前に現れると思っていた。
約束は果たすからこそ結ぶものだから、きっと。
全国大会が終わった後は優勝したが故の様々な行事が待っていた。
更に選抜が続き、それが終われば直ぐに受験勉強が待っている。
「うっ、寒い。
今年は受験があるからインフルエンザの予防接種受けようかなぁ。
けど注射は嫌いなんだよねぇ。」
「エージは外部も受けるの?そのまま大学部に上がるのかと思ってた。」
「悩み中。そのまま上がれば楽なことは分かってるんだけど、なんだかなぁって。」
「へぇ。エージでも考えてるんだ。」
「あ、不二。今、俺のこと馬鹿にしただろ!」
エージが思いっきり体重をかけて僕の背中に乗っかってくるから、
肩にかけていたテニスバッグがずり落ちてくる。
「ちょっと、エージ。ラケットが落ちちゃうよ。」
「なんか・・・意外だよね。」
「何が?」
「この時期になってもラケットを振り続けている不二がさ。
手塚なら分かるけど、引退したら一番にテニスから離れるのが不二じゃないかって思ってたから。」
エージは僕の背中から離れて、ずり落ちたテニスバッグを肩に戻してくれる。
僕は白い息を吐くエージに向かって微笑んだ。
「うん、僕もそう思ってた。でも・・・」
「何?」
「もうちょっと頑張ってみようかなって。」
「そっか。うん、いいじゃん。だってさ、不二ってばテニスが好きって顔になってるもん。」
「え、そう?」
「そう。好きでテニスをやってますって顔してるよ。」
「そうなんだ。」
「そうそう。」
「・・お腹すいたね。」
「んじゃ、タイヤキ食べよ。」
「僕、辛いの食べたい。」
「却下だよん」
僕とエージは寒さに肩を寄せ合うようにして笑う。
いつの間にか、僕に作り笑いは必要なくなっていた。
テニスクラブに向かうバスでは、いつも左側の座席にすわる。
そうすると必ず彼女と出会った病院が見えるからだ。
病院近くのバス停に来るたび、偶然に君が乗ってこないだろうかと緊張する僕がいる。
偶然なんて、そうはないものだね。
あれっきり使っていない君の電話番号を呼び出しては消してと数え切れないほど僕は繰り返してる。
会えないほどに会いたいと思う。
君のことを想うと胸が潰れそうなほど切ない夜がある。
ねぇ、。年が明けてしまうよ。
卒業までに君が僕の前に現れなかった時には、どうしようか?
そんなことを考えながら、白くそびえる病院を横目に通り過ぎるのが習慣になってしまった。
とうとう年が明け、あっという間に一月が終わる。
バレンタインデーは密かに期待していたのだけど、
待ち人は現れずに山のようなチョコだけが僕の手元に残った。
そっくりそのまま甘い物好きな裕太にチョコを渡し、僕は一つの決心をする。
二人が約束して別れた日に懸けてみよう、と。
その日にもが現れなかった時には、僕から会いに行こうと決めた。
声はかけなくてもいい。
がどんな表情をして、どんな生活をしているかだけでも確かめたい。
もしも彼女の隣に誰かがいたら、その時は遠くから指きりを解けばいい。
窓の外にちらつく雪を見つめ、
僕は最後に見たの笑顔ばかりを思い出していた。
高校三年の年明けからは早い。
時間は平等に24時間でまわっているのか疑いたくなるほどの早さで二月の末を迎えてしまった。
明日は卒業式。
どこの高校も多くは明日が卒業式だとすれば、も登校しているのは間違いなかった。
僕は大胆にも式の練習が終わると同時に早退し、彼女の通う高校に向かっていた。
前の僕なら考えられない行動だと思う。
実際『早退して人に会いに行く』とエージに告げれば、大きな瞳が更に丸くなっていた。
会って何があるか分からない。
ひょっとしたら酷く格好悪いことになるのかもしれない。
しつこく想ってるのは僕だけで、
約束など忘れられていたら・・・僕のことなど迷惑なだけだったなら。
考えれば考えるほど不安になるけれど、逃げるまいと小指を見つめて思う。
僕だって答えが欲しいんだ。
どんな答えであっても、僕の旅立ちには必要な答えなんだ。
バスに揺られ市街地を走っている時にメールの着信音が鳴った。
何の心構えもなくメールを開いて数秒後、僕は慌ててバスのボタンを押すと全く知らないバス停で下車した。
そして、走る。
この近くには駅があるはずで・・・そこから電車に乗れば。
『不二クン、お久しぶりです。です。
お元気ですか?』
たしか定期に路線図があるはずなんだ。
どこで乗り換えれば行けるんだっけ?
ああ、僕・・変だ。
頭がまわってないよ。
『今日・・・もしも時間があって、
それで私に会ってもいいと思ってくれるなら
あの病院で待ってます。
外のベンチで待ってます。』
遠慮がちな内容に君の恐れを知った。
だから直ぐに。
『直ぐに行くよ。だから、絶対に待っていて。』
走りながら送信し、目に見えるはずもない電波を見送るように空を見上げた。
「僕は恋をした 5」
2006.12.29
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