僕は恋をした。4










僕の肘は気持ちだけを置き去りにして順調すぎるほどに回復していった。
春には間に合うだろうと安堵した表情を見せるメンバー達の中で、
僕は暗い道に取り残されているような気がしている。



の手術は成功した。


彼女が取り乱したのは一度だけ、
術後に自分の足を見た時だけだったそうだ。



膝あたりには皮膚を貫いて太い針のような金具が刺されていた。
切除した部分の固定と新しい骨を作るために必要な治療なのだと言う。


僕は、まともに創部を見たわけじゃない。
それでも僅かに覗く串刺しされた彼女の足に言葉を失った。


表情をつくろい、全く気にも留めなかったフリで笑顔を浮かべる。
も術後の痛みがあるだろうに、僕が入って行くと笑って手を振った。



「もう二月も終わりね。」
「そろそろ暖かくなるといいんだけどね。」


「うん」



努力しないと会話が続かない。
僕は自分の誕生日が二月と三月の狭間にあることを教えていなかった。


出会ってからの時間は短くて、衝動的に唇を重ねた日から何となく付き合ってる雰囲気だった。
だけど『好き』だと言葉を交わしたこともなく、恋と呼ぶには・・これからだった僕達。



「不二クン、私に写真を教えてくれない?」
「写真?いいけど。」


「次は写真部を狙ってるの。」
「いいね。僕でよければ、なんでも教えてあげるよ。」


「ありがとう」



彼女のベッド脇にある床頭台に一枚の紙が伏せられているのに気がついていた。
それは陸上部の退部届けだったのかもしれない。


は友達が多くて、行く度に新しい花が飾られている。
もう飾るところがないのと微笑む彼女は花の中に埋もれているようだった。





今年も僕の誕生日はないのだけれど、エージたちは前日の28日にプレゼントをくれた。
その包みを紙袋に納め、僕の足はの元へ向かう。


相変わらず僕達は笑顔で挨拶を交わし、椅子の脇に荷物を置いた時に紙袋が倒れた。
零れ出たリボンと包みを素早く袋に戻したけれど、ベッドを起こしていた彼女に見られてしまう。
エージがくれた小さなハートの風船には派手に『Happy Birthday』と書いてあった。



「それ・・お誕生日?」
「言ってなかったんだけど、僕の誕生日は2月29日なんだ。だから前日にね。」


「ゴメンなさい!私、知らなくて・・・」
「いいよ。僕だって言わなかったんだ。そんな場合じゃなかったしね、気にしないで?」



がジッと僕の顔を見た。
色が白くなった。健康的だった少女が、一つの季節の間に変わってしまう。



「不二クン、もう・・・ここには来なくていいよ?」
「え?」


「私が元気になったら、また会おう。だから、しばらく会うのをやめよう?」
「どうして、突然。」


「たまたま外来で一緒になって仲良くなったけど、もう充分良くして貰ったわ。
 不二クンは自分の事に集中して頑張って欲しい。」


「僕がやるべきことは、ちゃんとやってるよ?」



それが心からのものでなくても、コートに立ち続けているのだから嘘じゃない。
いいえ、とが首を横に振った。



「私たち、まだ始まってなかった。
 お互いのことを知って、とても不二クンが好ましいと思えた。それは本当。
 だけど・・・こんなことになってしまって。

 私の病気を不二クンに背負わせるには重過ぎる。
 それほどまでに想いを通わせた二人じゃない。

 だからね不二クン、今は私の傍に居ちゃ駄目よ。
 私が元気になったら、また会おう?」


「僕は・・が好きだよ。」


「・・・ありがとう。でもね、逃げては駄目。
 不二クンには私ではない大事なものに懸けなくてはならないものがあるでしょう?」



僕は初めて彼女の強さを知った。


リハビリは思わず声が漏れてしまうほどの痛みを伴うのだと患者の体験談に綴られていた。
僕の知らない時間に君が耐えながら続けているだろう痛みをおくびにも出さず微笑んでいる。



「できるうちにやっとかなくちゃ。
 カッコ悪くても、怖くても、今しか出来ないことがあると思う。
 やるだけやったと思える瞬間があれば、きっと後悔はしない。
 不二クンも、やってみてよ。」



こんなに意志の強い瞳をしていただろうか。
目を見張る君の表情から目を逸らせないでいる僕に、細い小指が差し出された。



「二度と会えないわけじゃないわ。お互い頑張ってみよう?」
「僕にできるかな・・・」


「できるように約束しようよ。」
「何を?」


「私はね私が出来る何かを見つけるわ。不二クンは、」
「・・・テニスだよね。」


「じゃあ、それでいこう。ハイ、指きり・・・」



子供みたいに君が歌う。
僕は小指を揺すられながら、ずっとの顔を見つめていた。
無力な僕がろくでもない考えに囚われているうちに、彼女は既に前を見ていた。



「指切った!不二クン、ガンバロウね。」



頑張ってねじゃなく・・・ガンバロウね。それは君も頑張るからだ。
僕よりも過酷な日々が待っているだろう君が頑張るという。


これで逃げられないな。
僕は観念して苦笑した。



「いつか、また。」
「うん、また。」



僕達は「また」と言葉を選び微笑みあう。
僕は彼女と繋がれている小指を引き寄せて、骨の浮いた関節にキスをした。





病室を出るときに振り返って見た君は、西日を背にしていて表情が良く見えなかった。
けれど口元は笑っている気がする。



僕も嘘じゃない笑顔を君に残し、オレンジに染まる白いドアを静かに閉じた。





「手塚。部活の後なんだけど、ちょっと練習に付き合ってくれないかな?」
「いいが、突然どうしたんだ。肘はいいのか?」


「春からの大会が高校最後の戦いになるからね。」
「それはそうだが・・・」


「僕ね、人から天才って呼ばれるの好きじゃなかった。
 でもね、気づいたんだ。僕は『天才』という言葉が嫌いなんじゃない。
 その言葉に縛られてる自分が嫌いだったんだ。」


「それは、どういう意味だ?」


「天才だから、努力せずとも何でもこなせる。だからこそ失敗はできなかった。
 失敗をした時は『天才』だから本気になれないんだと言い訳するために努力できなかった。
 自分に傷をつけないための逃げだよ。
 僕は天才と呼ばれる僕を守るためにテニスをしていたんだ。」



黙って僕の話を聞いていた手塚がメガネを軽く押し上げる。
そして静かだけど深みのある声で僕に言ってくれた。



「俺には良く分からないが、お前がそうだと言うのなら・・そうなんだろう。
 だが、これからは本気でいくと決めたと言うんだな。」


「うん。まぁ、手塚が使ってくれるならだけど。」


「お前なしで青学の勝利はない。」


「ありがとう、手塚。頑張るよ。」


「ああ。俺も負けはしない。」



負けはしないと言い切れる手塚の強さに憧れるよ。
だけど君が自分自身に言い聞かせている言葉だということも知っている。



誰もが強さだけで成り立っているわけじゃない。
強い人間は自分の弱さを知っているから強いんだと思う。



いつか再びに出会えたらいい。


その時、
僕はどんな僕になっているだろう。





















「僕は恋をした 4」  

2006.12.25




















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