Freedom 最終話
俺、ぜってぇ怪しいヤツだよな。
そんなことを思いながら、のマンション前で温かい食パンを抱えて立っていた。
携帯を取り出すと、二度深呼吸。
こんな朝早くからヒンシュク買いそうなのは重々承知だが、思い立ったら待てない性格なんだから仕方ない。
出来たら焼き立てのパンを食べて欲しい、それも急ぐ理由だ。
ポツポツと登校する他校の生徒や忙しないサラリーマンが通っていくマンション前で携帯の履歴を探す。
会えなかった雨の日に一度かかってきただけの着信履歴。
登録もしてない無機質な番号だけが並んでいて、俺は胸が痛んだ。
履歴から電話をかける。
携帯を耳にあてれば、僅かな間をおいて規則的な呼び出し音が聞こえ始めた。
おい、何から言うつもりだった?
昨夜から考えていたセリフが一瞬で消えちまって内心焦る。
それでも俺は待っていた。
が電話に出てくれるのを彼女の住むマンションを見上げながら待っていた。
プツと雑音がして、俺は緊張した。
『もしもし?』
「あ・・俺、宍戸だけど。」
『・・・・・』
「風邪、大丈夫か?」
『はい。今日は登校するつもりです。』
「そっか、良かった。」
『・・・・・』
の沈黙が辛い。
呆れてるのか?それとも俺が嫌になったか?
そう思われても仕方ねぇことを俺はしたよな。
「今、時間あるか?少しだけ・・・話を聞いてくれ。聞くだけでいい。」
『・・・はい』
「いろんなこと長太郎から聞いた。
俺のせいで嫌な目にあわせてたんだな、ゴメン。
おまけに俺は何にも気づいてやれなくて、あの雨の日もお前は来たくなかったのかもしれないなんて思ってた。
何ひとつ大事なことを口にしてねぇくせに、勝手にお前も俺と同じ気持ちだって思い込んでて・・・馬鹿だよな。」
『私は、』
「待って。もう一つ、俺には言わなきゃなんねぇ事があるんだ。」
俺は携帯を握り締め、マンションの上に広がる朝の青空を見つめていた。
渡せないかもしれない焼きたてのパン。
それでも話すのが俺のケジメなんだ。
「俺の爺さんさ、笹川っていう組の組長してんだ。
宍戸の家は教師の家で、父さんは戸籍も抜いて組とは縁を切ってある。
でも俺は爺さんが好きで、完全には縁が切れていなかった。
前に・・河原でヤクザ者に楽器を拾ってもらわなかったか?
その人が組の若頭なんだ。
もちろん俺は組を継ぐ気はない。
そして爺さんには、もう会わないと・・昨日・・言ってきた。
だからといって爺さんと俺との血縁が全く無になるわけじゃない。
俺には、かけがえのない爺さんだけど世間から見ればヤクザはヤクザだっていうのも分かってる。
これで、全部だ。
全部・・・お前に話したよ。」
『宍戸先輩』
空、青いな。
すげぇ、綺麗だ。
「それでも俺、が好きだ。」
期待なんかしちゃいない。
不甲斐ない俺だから嫌われちまっても仕方ない。
身勝手な自己満足だと分かってる。けど、これが俺のやり方なんだ。
『先輩、そこにいたんですか?』
思いもしない言葉に息を止め、思わず周囲を見渡した。
空ばかり見上げていた俺は気づかなかったんだ。
制服姿のがマンションの入り口に立ち、携帯を耳にあてていた。
は携帯を閉じると俺に向かって歩いてきた。
俺は切れてしまった携帯を手にしたまま、茫然とを見つめるだけだ。
「・・」
「私、嫌がらせなんかに負けたくないって思ってました。
それぐらいで挫けてちゃ先輩の傍にはいられないって思い込んで・・・強がってたんです。
負けないよう、心配かけないように頑張らなくちゃって、そんなことばっかり思ってて。
もっと甘えたら良かった。先輩に・・・助けてって言えば良かった。」
まだ少し鼻声のが瞳に涙を溜めて笑った。
「まだ・・私・・嫌われてませんか?」
「なんで、んなこと」
「せっかく誘ってもらったのに・・・約束やぶっちゃって。も・・嫌われたって。」
「違う!あ、あれは、爺さんのことが学校にバレかかってて、お前にまで迷惑かけたくなかったから。
それに嫌がらせされてたのに守ってもやれなくて、情けなくて・・・それで!」
「よかっ・・た」
の瞳からポロポロと涙が零れて、彼女は子供みたいに目元をゴシゴシと拭った。
俺は眉をハの字にした情けない笑顔を浮かべてたと思う。
とにかくの涙が嬉しくて、可愛くて。それでいて、苦い。
俺の言葉がどれだけを不安にして傷つけたのか分かるから、俺は謝るしかないんだ。
「ゴメン。けど・・・これからは絶対に守るから。
二度と泣かせたりしないと誓う。
だから・・・これを受け取ってくれ。」
俺は胸に抱いているパンの入った紙袋を差し出した。
どう考えても色気の欠片もない贈り物だけど、俺が心を込めて焼いたパンなんだ。
は躊躇いも見せずに紙袋を受け取ると中を覗き込んで目を細めた。
「すごい・・・美味しそう。それに・・あったかい。」
「そうか」
「私も」
「うん」
「先輩が好きです。
先輩は先輩だから・・・お家のことも何も関係ない。」
「ん。さんきゅうな。」
が頬を赤くして微笑んだ。
今まで俺が見てきた中で、一番に鮮やかで綺麗なの笑顔だった。
俺はのカバンを取り上げて、自分の分と二つ持つ。
はパンの入った紙袋を抱えてキョトンとしていたけど、有無を言わさず空いてる右手を掴んだ。
力加減をどうしていいのかも分からないけど離す気もなくて、小さな手を壊さないよう注意しながら歩き出す。
「せ、先輩!」
「今日から、こうやって行くぞ。」
「でも」
「昼も一緒に食べる。思いっきり目立つところでな。
誰かがお前にチョッカイ出してきた時には、俺が教室に乗り込んで言ってやる。
俺の女に何すんだ!ってな。そうすりゃ嫌がらせも減るだろ?」
「本気ですか?」
「当たり前だろ。俺は俺の方法で大事なヤツを守る。コソコソするのは気にくわねぇんだ。」
本当は思いっきり恥ずかしいし緊張してるけど、いつか慣れると言い聞かせて手を引っ張った。
けど心地よい温もりと感触に、そのうち恥ずかしいなんて吹き飛んで離せなくなる自分がいることも分かってる。
好きなんだ、とても。
全てをかけて守りたいほど。
が好きだ。
快晴の空の下、傍目から見たら強引に連れ去ってる状態の俺たちは照れながらも手を離さずに登校した。
『バカップル』
ここ最近は言われても気にも留めなくなった。
6歳年上の恋人と上手くいってないらしい忍足は八つ当たり気味に人の幸せを罵っている。
長太郎は俺に触発されたらしく、密かに片想い中の他校の生徒を追いかけている。
俺からみりゃ見つめてるだけで想いは届かないだろうと思うのだが、
デカイ図体のわりには気の細い長太郎は挨拶さえできない状態で俺としてはイライラしている。
今月中に駅のホームで声をかけられなかった日には俺が長太郎の背中を突き飛ばしてやろうと密かに思っている。
跡部は相変わらずの俺様。
いまだに跡部の恋人が誰なのか分からず、俺は気になって仕方がない。
この前、真樹さんからは手紙が来た。
男の人からとは思えない繊細で整った文字は真樹さんの性格を物語っていて、
俺は宛名の文字を見ただけで泣きそうになってしまった。
爺さんは無事に退院し元気という事。
あと真樹さんたち古参以外の若い組員たちは爺さんの計らいで、それぞれの場所に帰っていったという。
この前は北海道の牧場に就職した元組員から山のようにアイスクリームが送られてきて、
俺が居たら喜んだろうにと皆で笑ったと書いてあった。
笹川組は爺さんが死んだ後、兄弟杯を交わした古くからの組長に委ねられるよう
随分前から約束が出来ていたらしい。
爺さんが死んだら笹川組の名前は無くなっちまうって事だ。
真樹さんたちは新しい組長に仕えたりはせず、笹川組が無くなった日にはスッパリ足を洗うつもりらしい。
爺さんは『この土地は真樹にやるから、弁護士事務所を開いて他の奴らを事務員として使えばいい』と
至極簡単に言ったらしい。
俺は真樹さんが普通のヤクザじゃないのは知っていたけど、
実は法学部を卒業後にストレートで司法試験に合格したエリートだとは全く知らなかった。
だから誰かが捕まるたび、警察にはスーツ姿の真樹さんが出向いていたのだと今更ながら気づいた。
『とにかく皆は元気だから心配しないで下さい。
後は、おやっさんが日本の長寿記録を塗り替えるくらい長生きしてくださることを祈っています。
真樹が弁護士事務所を開くかどうかは別として、
残った者たちは行けるところまで尊敬するおやっさんのもとで頑張ります。
若も頑張って下さいね。
いつも前を見て。いつも強く。いつも自由で。
真樹は遠くから若の幸せを願っておりますよ。』
俺は何度も何度も真樹さんの綺麗な文字を目で追って、言葉を胸に刻みつけた。
絶対に忘れないと、手紙は大事に机の引き出しへ仕舞いこむ。
さて、今日は日曜日。
久々に部活のない休日は、と共に映画を見に行く約束をしていた。
俺の好きなチーズサンドをお土産に、擦れ違わないよう直接マンションへ迎えに行こう。
俺は俺らしく行くさ。
「Freedom」 完
2006.11.04
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