Freedom 6










翌日も緊張して登校したけれど、いつも通りの朝だった。
担任の先生も何ひとつ変わりなくHRをすませて出ていっちまった。
朝一番には跡部からメールが来て『こっちは話をつけてる最中だ。お前は勝手な事するなよ!』と書いてあった。
さすが付き合いの長い跡部だ。俺に釘をさしているつもりらしい。


HRが終われば長太郎からもメールがきた。
は今日も学校を休んでいるらしい。
熱・・・下がらないんだろうか。いや、俺が傷つけちまったからかもな。
好きなコを傷つけて泣かせて、サイアクだ。



相変わらず頭に何ひとつ残らないまま時間をやり過ごし放課後になった。
俺は跡部に部活を休むとメールを送り、長太郎には電話をした。



「俺、爺さんのとこに行ってくるわ。」
『え?今ですか?誰が見てるとも分からないし、あまり動き回らないほうが・・・』

「組は継げないって、爺さんに面と向かって言った事なかったんだ。
 だから、ちゃんと告げたい。それに・・・もう会えないことも伝えなきゃなんねぇ。
 俺がやらなきゃならないケジメだから。」

『宍戸さん・・・、分かりました。気をつけてくださいね。』
「ああ、じゃあな。」

『あ、待って!宍戸さん!』
「ん?」

『俺のペアは宍戸さんしかいませんから。それ、絶対に忘れないでください!』



長太郎の強い声。
アイツが必死になって携帯に話しかけてる姿が目に浮かび、鼻の奥がツンとした。



「分かってる。じゃあな、しっかり練習しとけよ。」
『はい!』



なんとか普通の声を出して電話を切った。


俺は幸せ者だと思う。
イイ奴ばっかに囲まれて、ホント・・・俺は幸せ者だったんだ。
そんな大事なことも気づいてなかったんだな。
人は当たり前にあるものを失いそうになった時、本当に大切なものが何かを知るんだろう。



俺は校門を出てから振り返り、当たり前にある学校を見上げた。
この場所が俺にとってどんなに大切かを思いながら。



電車とバスを乗り継ぎ病院に着いたのは夕方。
病院の前で遠くのビルの間に沈んでいく夕日を見て思わず立ち止まる。
しばし夕日を眺めてから病院の自動ドアを通り、ゆっくりと爺さんのいる病棟に向かった。



昨夜、俺は父さんにだけ事情を話した。
責められるのを覚悟していた俺だったけど、父さんは「分かった」とだけしか言わなかった。


あの日、父さんだって周囲の目も忘れて病院に駆けつけたんだ。
父さんにとっても爺さんは大切な人なんだと分かって俺は嬉しかった。
と同時に、親子でさえも切り離してしまう任侠の世界っていのが恨めしくもあったんだ。


誰にも迷惑をかけたくない。
家族はもちろん、長太郎や跡部を始めとするテニス部の奴ら、そして・・・にも。
全ては俺なんだから、俺だけが責めを負えばすむ様にしたい。


気づくのが遅くなっちまったけど、俺が皆を守るんだ。



長い廊下の先に爺さんの病室が見えた。
若い者を前に立たしてあるんじゃないかと思ったけれど誰もいない。
ただ病室にはネームプレートが貼られていなかった。


一つ息を吐いてノックをすれば、直ぐに真樹さんが顔を出した。
真樹さんときたら黒のハイネックシャツにチノパン姿で、どう見てもヤクザには見えない格好だ。
俺の視線を感じたのか恥ずかしそうに頭をかくと
「病院にご迷惑をかけるといけませんからね。変装みたいなものですよ。」と笑った。


真樹さんに促されて奥に入ると、浴衣に羽織をはおった爺さんが穏やかに座っていた。
俺の顔を見ると頷いて、ベッド脇の椅子に腰掛けるよう目で促してくれたが俺は座らなかった。
立ったままで爺さんの目をしっかりと見つめる。
俺の後ろで真樹さんが静かに控えているのも分かった。



「具合は、」

「そんなことを訊きに来たんじゃないだろう?あまり長居してもいけない。
 言いたい事から言いなさい、亮。」



なんで、そんなにイイ爺さんなんだよ。



「俺、俺は・・」



なんで、そんなに穏やかな目をして俺の言葉を待つんだ。



「く・・組は継げない。俺には俺の夢がある。俺の夢を果たしたい。」



俺は爺さんと縁を切ろうとしている孫なんだぜ?



「あと・・組との関係がバレて、テニス部の奴らに迷惑がかかりそうなんだ。
 だからもう・・・組には行かない。もう、付き合わない。」



握り締めた拳が震えているのが自分でも分かった。
シンとした病室に遠くのナースコールや電話の音だけが僅かに響いてくる。
爺さんは黙って俺の言葉を最後まで聞いたけど、その穏やかな瞳は何ひとつ変わる事がなかった。
俺は涙が溢れてきそうになって目の奥に力を入れて耐えていた。



「亮、お前は自由だ。今までも、そして・・これからも。
 ワシはワシの自由を生きてきた。お前の父親も自分の選んだ自由を生きてきた。
 だから亮は亮の自由を生きていけばいい。それでいいんだ。」

「でも、組は・・」
「それはお前が考える事じゃない。お前の領分ではないんだ。」

「爺さん・・・ゴメン。」



なんだかんだと言っても爺さんは俺に甘かった。
宍戸の家にはナイショだよと、組が仕切る神社の夏祭りで買ってもらった林檎飴。
迷子になってはいけないと繋いだ爺さんの手は大きくて温かった。



「亮。人と人の繋がりというものは、会う会わないではない。
 顔を見なくても心の中でお互いを思うことで繋がっているんだよ。
 だから泣くな。お前の気持ちは、ちゃんとワシにも・・・後ろにいる真樹にも繋がっている。」



堪えきれずボロボロと涙が零れた。



「もう行きなさい。学校の方は心配するな。」
「どういうこと・・」

「それと最後に、亮の夢とやらを教えてくれないか?是非、知りたくてな。」



ニコニコとして爺さんが言った。



「いいよ、笑わないで聞いてくれな。まだ、家族の誰にも言ってないんだから。」
「笑うものか。」

「俺・・・パン職人になりたいんだ。パンが好きだから。」

「ふむ。パン職人か、それはいい。いい夢だよ、亮。」



とても嬉しそうに爺さんが笑った。


ああ・・病室に差し込んでくる西日が本当に綺麗だ。
病室の白い壁も、布団も、笑ってる爺さんの顔も全てがオレンジ色に染まり・・・ただ美しかった。
俺はこの美しい一瞬を絶対に忘れないと心に誓った。



頭を下げて踵を返すと真樹さんが目を赤くして立っていた。



「ゴメンな、真樹さん。」掠れた声で言えば、真樹さんも笑って首を横に振る。



「若がお店を開いた日には、また堅気に変装してコッソリとパンを買いに参りますよ。」



真樹さんは悪戯っぽく笑うと、そっと病室のドアを開けてくれた。
このドアの向こうに出れば、もう二人に会うことはない。
世界が俺たちを隔ててしまうんだ。


それでも俺は行くしかない。



「真樹さん、爺さんを頼むな。」
「もちろんです。」

「じゃあ、俺行くから。」



最後にもう一度だけ爺さんを振り返り、その笑顔を確かめてから俺は病室を飛び出した。
馬鹿みたいに涙が流れて止まらなかった。





その夜だ、跡部から電話があった。



『全てが無かったことになった。もう心配いらねぇ。』

「跡部が?」

『いや。俺が根回ししていたのとは別だ。学園側から揉み消された。
 お前の爺さん・・・余程の力を持つ奴と繋がりがあるみてぇだな。』



学校の方は心配するな。そう爺さんが言った意味がコレだったのか。



『まっ、そういうことだから。もうヘマして俺様の手を煩わせるんじゃないぞ。
 あと鳳にも知らせてやれ。一日中、辛気臭い顔でいられたんじゃ堪らねぇんだよ。』

「分かった。・・・アリガトな、跡部。」
『ふん。』



いきなり電話が切られた。跡部らしくて笑っちまう。
いつもより少し明るい声色が跡部の安堵を教えてくれていた。



続けて長太郎に電話する。


『良かったです!』しか言葉を知らないみたいに繰り返す長太郎の声が震えていた。
落ち着いた頃、長太郎がの名前を出してくる。



『あの・・・さんの事はどうするんです?』

「ああ、それも考えてる。明日も休んでるようなら・・・行ってみようかと。」
『そうなんですか!?そうですよね。』

「なんでお前がそんなに嬉しそうなんだよ。」
『あ、スミマセン。つい。』

「お前に逃げるのは俺らしくないって言われたしな。
 どうなるかなんて分からねぇけど、ちゃんと謝りたいし。」

『ハイ!宍戸さん、頑張って下さい!』

「あんま、頑張るようなもんでもないけどな。」
『気合ですって!気合!』



明るい長太郎の声に沈んでいた気持ちが癒された。



その後、居間にいた父さんに爺さんのことを話した。
病院での事も、爺さんが学校に手をまわしてくれたらしい事も全部。
父さんは小さく溜息をつくとポンと俺の肩を叩き「お爺ちゃんの言葉を忘れるなよ」と言った。



忘れるわけない。
この胸の痛みと共に俺は一生忘れないよ。


だから頑張る。
爺さんに嘘はつきたくないから、絶対に夢は叶えるよ。



翌朝、というよりは深夜から俺はパン生地をこねていた。
額に汗が滲んでくる頃には頭の中が空っぽになって、ただパンの事だけを考えて手を動かしている。
オーブンに成型したパンを入れたときには、体も気持ちもスッキリしていた。



このパンはに届けるもの。



何から話そうか。
まずは傷つけてゴメンと謝らなくちゃな。
そして、想いは言葉にしなくちゃ。
じゃないと、また擦れ違っちまうだろ。


恥ずかしいけど、怖いけど・・・もう逃げやしないさ。


俺は、俺だから。
ダサくたって、ありのままの俺で行く。



俺はが好きなんだから。




















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