Freedom 5
人の目が気になる。
いつもテニス部を追っかけてる女たちの目までが、俺の素性を疑っているんじゃないかと思えて落ち着かない。
『いいか、亮。父さんだって、お爺ちゃんの気質は知っている。そこらの暴力団とは違うと思っているよ。
でも、やっぱり堅気じゃないんだ。どんなに好い人であっても、
一般の人からは忌み嫌われるものであることには違いない。
ヤクザはヤクザ。お前が、どう弁解しても変わらないんだよ。』
父さんの言った言葉の意味が今になって分かる。
こんなにも周囲の目を気にしている自分が情けねぇけど、下手したら俺だけじゃなく跡部にだって迷惑をかける。
最悪な事態を考えれば、跡部に迷惑をかけないためにテニス部を辞めなきゃなんねぇかもしれない。
そんなことになったら長太郎に何て言えばいいんだ?
あんなにも俺を慕って共に戦ってきた長太郎をひとりで放り出すなんて考えたくもない。
ああ、くそっ。
跡部に頼って、何も出来ずに待つだけの自分が歯がゆくて堪らなかった。
「宍戸、お客さんだぜ。」
呼ばれて顔をあげればクラスメイトが覗き込んでいた。
あっちだよと、親指で指された廊下には小さく頭を下げるがいた。
昼休みも人の視線から逃れたくて教室に残ったままだった俺のもとにが来てくれた。
普段の俺だったら心臓をバクバクさせて喜んだだろう。
だけど今の俺にそんな余裕はなくて、もしかしてまで知ったのか?と胃の底が冷えるような感覚に襲われた。
廊下に出て行きはしたが、まともに彼女の目が見られない。
そんな自分に苛立って表情が硬くなる。
「宍戸先輩、あの・・昨日はすみませんでした。」
は耳も頬も赤くして、何度も俺に頭を下げた。
やっぱり可愛いと思う。
俺の爺さんの話は知らないふうなのにホッとしながらも、コイツは知ったらどうするのかなって考えた。
知られたくない。というより、知らないほうがいい。
跡部たちみたいに巻き込みたくないから、お前の近くに俺は居ないほうがいいんだろう。
「あ・・・いや、いいんだ。」
「待ち合わせ場所には行ったんですけど・・・随分遅くなって。電話番号も分からなくて。」
「そう、だな。俺も電話しようと思ってから番号を聞いてないのに笑っちまった。」
「先輩、あの・・私にお詫びをさせてください!今度は私に誘わせて、」
「いいよ、もう。」
「え?」
「もういいんだ。
映画の券をたまたま貰ったから誘っただけだし、昨日も雨が降り出したから直ぐに帰った。
だから気にすんな。」
「先輩・・・」
「あとよ。日曜のパンだけど、もうすぐ試合もあるから終わりな。もう作る時間がないんだ。」
離れたほうがいい。
そればかりを胸のうちで繰り返し、言葉を搾り出すようにして嘘をつく。
自分のつま先ばかりを見て話していたけれど、の返事が聞こえなくなって僅かに視線をあげた。
ハッとする。
は大きな瞳を涙で潤ませて俺を見ていた。
「、」
「すみ・・ませんでした」
思わず伸ばした俺の手から逃れるようにが身を翻す。
謝る声も震えた涙声だったのに俺は酷く動揺した。
足も動いた。けど、追いかけなかった。
追いかけられなかったんだ。
俺は自分が傷つくのが怖かったのかもしれない。
何ひとつ頭に残らない状態で授業を終え、重い足取りで部活に向かう途中で長太郎に会った。
俺の顔を見るなり長太郎が『さんから聞きましたか?』と早口で訊ねてくる。
今はの名前を聞くだけで胸が痛くなる俺は、長太郎の質問を嫌って部室に向かう足を止めなかった。
「先輩、なにがあったんです?に遅れた理由を聞きましたか?」
「聞いてねぇ。もう、いいんだ。」
「いいって・・・いいって何ですか?」
「もう終わった。それだけだ。」
吐き捨てるようにいえば、後ろから強く肩を掴まれる。
思いもらぬ力に、カッとして振り返った。
「なにすんだ!」
「さん、ずっと先輩のことで嫌がらせをされてたんですよ!」
「な、に?」
「先輩は隠さないし、ファンのコたちは敏感にさんの事を知って・・・嫌がらせをしてたんです。
上履きがなくなったり、体操服が隠されたり。
酷い時は大事なフルートを持ち出されて・・・、日曜日もフルートが無くなってたそうなんです。
演奏する者にとって楽器は何より大事です。それを河原に捨てられてて、」
「それ、本当か?」
「さんは何も言いません。俺にも急な用事で行けなかったから電話番号を教えて欲しいといいました。
でも明らかに様子が変だったし、彼女が少々の用事で宍戸先輩との約束を反故にするなんて考えられなかった。
だからさっき、彼女と親しいコに聞いてみたんです。」
知らなかった。
忍足にも注意されてたのに、俺は気配りさえしてやってなかった。
あ、と思い当たる。
真樹さんが出会った女子高生って、ひょっとしたらだったんじゃないか?
だとしたら、随分と前から嫌がらせをされていた事になる。
なんでは俺に言ってくれなかったんだ。
クシャッと掴んだ前髪の間からは心配そうな目をした長太郎が俺を見つめていた。
「彼女、午後から早退したんです、熱があって。」
「熱?」
「雨の中、先輩との待ち合わせ場所に傘も差さずに向かったらしいです。
一緒に楽器を探したコが言ってました。
大事な約束があったのにって、泣きそうになりながら行ったって。」
擦れ違ったんだ。
俺が組の車に飛び乗った頃には、かなり激しく雨が降り始めていた。
父さんだって、びしょ濡れで病院に現れたほどだ。
何もかも俺が悪いんじゃないかよ。
「先輩、今からでもさんのところへ行ってください。」
「俺は・・行けない。」
「なんでですか?先輩、さんの事が好きなんでしょう?」
「でも、行けないんだよ!」
「なんでですか?」
「俺は、を守ってやれねぇ。」
グッと握った拳は爪が手のひらに食い込んだ。
真っ直ぐな長太郎は俺の事なのに必死で何とかしようと食い下がる。
「長太郎、お前には話しておく。
最悪の時は新しいペアの相手を探してもらうことになるかもしれないからな。」
唐突なことに目を見開く長太郎に事の次第を告げた。
弁護士を父親に持つ家柄の長太郎に、身内に組を持つ人間がいる俺はマズイだろう。
公になれば長太郎の傍にも居られなくなるだろうことを覚悟しなくては。
「そんな・・・宍戸さんはどうなるんですか?」
「まだ分かんねぇよ。俺だって、今日聞かされた話だ。
俺が甘かったんだ。爺さんや組の人たちに可愛がられて、ついズルズルと付き合いを続けちまった。
遅かれ早かれバレちまったのかもしれねぇ。
だからな、長太郎。場合によったら、俺はテニス部を辞める。
跡部やお前、テニス部の奴らには迷惑かけたくねぇ。それに・・・にも。
俺との付き合いがなくなれば嫌がらせをされる事もないだろ。だから・・」
「そんなの宍戸さんらしくありません!」
長太郎が珍しい大声を上げる。
それに呼ばれたかのように、やんでいた雨がまたポツリポツリと落ち始めた。
「俺らしいって何だよ!」
「俺の知ってる宍戸さんは何があっても逃げたりしません!
一度落ちたら二度とは戻れないって言われたレギュラー落ちから這い上がった宍戸先輩は何処にいったんです?
あの時から・・俺は宍戸先輩を信じて、尊敬して、ずっと共に戦っていきたいって思ったのに!」
首を押さえられたみたいに言葉が出なかった。
真っ直ぐに俺を見据えてくる長太郎との過去が頭の中に浮かんでくる。
雨が降り始めた中で言葉もなく立ち尽くす俺たちの間に、横からのんびりした声が割って入ってきた。
「こんなとこで青春せんと部室に行かんか?
誰に聞かれるとも分からんし、用心せな。なぁ、跡部。」
「呆れてモノが言えねぇな。行くぞ。」
忍足の差す一本のビニール傘に並んだ跡部は視線だけを流して歩き出す。
笑みを浮かべた忍足は俺と鳳に頷いてみせ、跡部に続いた。
跡部が信頼する奴だから、忍足も今度の事は知っているんだろう。
「行きましょう、宍戸先輩。俺、絶対に宍戸先輩を辞めさせたりしませんから。」
そう言って長太郎が自分の傘を開き俺の頭に差しかける。
長太郎だって、爺さんのことを知っても最初に心配してくれたのは俺の事だった。
皆が皆、俺を守ろうとしてくれている。
俺は・・・何やってんだろう。
こみあげてくる苦い思いに唇を噛んだ。
小雨が降る中、俺はが住むというマンションの明かりを見上げている。
ポツポツと並んだ明かりの中に、きっとが灯す一つが紛れているんだろう。
ゴメンな。
俺はなんにも気づいてやれてなかった。
つらい時、傍にもいてもやれなかった。守れなかった。
いつだって自分のことで精一杯で、お前のことが見えてなかったんだ。
俺・・・激ダサだよな。
マンションに頭を下げてから踵を返した。
『宍戸先輩!』
の俺を呼ぶ声が雨音に紛れて甦る。
もう一度だけマンションを振り返ろうとして止めた。
今は駄目だ。
とにかく俺が出来る事をして、それからだ。
俺は後ろのポケットから携帯を取り出し、真樹さんの番号を呼び出した。
「もしもし」
『若、どうしたんです?おやっさんなら落ち着いてますよ。』
「爺さん、俺と話ができる状態か?」
『はい。今朝より言葉もハッキリして普通に会話できます。で、いったい若は何を?」
「それは会ってから話すよ。とにかく明日、行くから。」
『分かりました、お待ちしております。誰か迎えは・・・』
「いらないよ、一人で行ける。」
『・・・承知いたしました。』
「俺・・」
『なんですか?』
見上げた夜空から雨粒が無数に落ちてくる。
電灯に照らされた水の雫がキラキラして、とても綺麗だった。
それは日を浴びて輝く彼女の瞳のよう。
「大事な奴・・・守れなかった。」
『若?』
「前に真樹さんが助けてくれたコは、俺が助けなきゃいけないコだったんだ。」
『・・・そうだったんですか。』
「情けねぇ、俺。」
『若、』
「ゴメン、真樹さんに愚痴っても仕方ねぇのに。とにかく助けてもらったんだから礼を言っとく。
明日、学校終わったら寄るから爺さんに言っといてくれ。あと、真樹さんも居てくれな。」
『かしこまりました。』
じゃあ、と電話を切ろうとした時、真樹さんが俺を呼んだ。
『若、大事なのは今とこれからです。過去を悔やむより先を見てください。
大事なものが守れなかったのなら、今から守ればいい。
そしてこれから先の未来も守っていくんです。
真樹は取り戻せもしない過去を悔やむよりは余程いいと思いますよ。』
「そ・・だな。さんきゅ、真樹さん。」
『いえ、生意気な事を申しました。では、明日。若、気をつけてお帰り下さいね。』
ゴメンな、真樹さん。
心の中で呟いて、俺は携帯をポケットに捻じ込み歩き出した。
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