Freedom 4










いつも真樹さんが乗っている真っ黒のベンツに大通りで飛び乗った。
人目も何も気にならない。とにかく爺さんのところへと気持ちが急く。
十分も走らないうちに車は中心地にあるデカイ大学病院につき、俺は組の者の案内で救急処置室に向かった。
白く長い廊下の先には赤いランプを見上げる真樹さんがいた。



「真樹さん!」
「若・・・」

「爺さんは?」
「まだ何とも・・・」



真樹さんは目を伏せて首を横に振った。
朝から少し様子がおかしかったのだと真樹さんは言った。
頻繁に眉間を押さえる爺さんに、
『どこか具合が悪いんじゃあ?』と真樹さんは訊ねたけど爺さんは大丈夫だと言い張った。


今日は組と組とのイザコザを収める『手打ち』のために爺さんは出かけたのだという。
抗争に発展し怪我人が出る前に、爺さんみたいな重鎮が出て行って仲裁に入って収めるのが仕事。
両者の話を聞き言い含めて見事に手打ちをさせた後、
組まで戻って車から降りようとした爺さんは崩れるように倒れたのだと真樹さんが唇を噛んだ。



「私がついていながら・・」
「真樹さんのせいじゃねぇよ。」

「でも、」

「亮!」



後ろから名前を呼ばれて振り向けば、雨にぐっしょりと濡れた父さんが走ってきた。
真樹さんが慌てて頭を下げる。



「父さん、濡れて・・」
「笹川さんのご家族の方、先生から説明があります。」



言いかけたところで処置室から看護婦さんが出てきて声をかけられた。
真樹さんがハッとした表情をしたが、直ぐに父さんが「はい」と応えて中に入る。


俺は真樹さんの顔を見た。
真樹さんは処置室に消えていく父さんの背中を見送った後、俺に向かって「若も早く」と促すが自分は動かない。



「真樹さんも入ろう。」
「いいえ、私は家族ではありません。真樹は此処で待っております。」



頑なな真樹さんは動こうとせず、俺は真樹さんを残し父さんから少し遅れて処置室に入った。
そこで俺は祖父と父親の二人が共にいる姿を久しぶりに見た。



「お父さん」
「お前・・・こんな所に来てはいかんだろう。大丈夫だから・・帰りなさい。」

「何を言ってるんですか。意識がなかったと聞きました。」

「歳だから・・そんなこともあるさ。もう大丈夫だ。
 お前・・・濡れているじゃないか。教師が風邪を引いては・・・生徒さんたちにうつしてしまう。
 早く帰って・・・温かくしなさい。」

「お父さん・・・」



俺から父さんの顔は見えなかった。
でも爺さんの横たわるベッドの脇に立つ父さんの肩が震えているのが見て分かる。
爺さんは俺に向ける眼差しと変わらぬ穏やかな目をして父さんを見ていた。



爺さんが組なんかやってなければ・・・初めて俺は思った。





医者の説明は『一過性脳虚血発作』だった。
難しい説明だったけど、つまりは脳の血管が詰まりかけてるって事らしい。
普通は意識を失うまではないらしいから、程度的には重いのかもしれない。
処置室に入って直ぐに意識は戻ったものの、まだ手足のしびれが残っているとの事だった。


この症状は脳梗塞へと進展する前の警告だから、
とにかく入院しての検査が必要だと説明を受けて俺は処置室を出た。
先ずは心配している真樹さんに状態を知らせてやりたかったからだ。


真樹さんは捨てられた子供みたいにポツンと廊下の隅に項垂れて立っていた。



「真樹さん!」
「若、おやっさんは、」

「大丈夫だよ。もう意識も戻ってるし。」
「本当ですか?・・・よかった。」

「他の奴らは?」
「病院にご迷惑をかけてはいけませんから組で待たせております。」

「そっか」



俺は真樹さんに爺さんの病状を説明した。
真樹さんは直ぐに入院手続きをするための手配をはじめ、
父さんが処置室から出てくる頃には組の者にも連絡して入院に必要な物は揃いつつあった。



「真樹さん」
「はい。」

「病状は亮から聞きましたか?」
「はい。」

「今後は真樹さんが家族として医師の説明を受けてください。」
「いいんですか?それで。」

「病人が・・そう望んでいます。私はもう見舞いに来ることもないでしょう。亮、お前もだ。」
「でも、」

「亮。これはね、お父さんが決めた事じゃない。」



父さんが眉を寄せて辛そうに微笑んだ。
つまりは爺さんの望みだという事だ。



「お呼びだてして申し訳ございませんでした。」



深々と頭を下げる真樹さんに父さんは首を横に振った。



「いいえ、呼んでくれて・・ありがとう。後を頼みます」と。





もう暗くなった雨の中をタクシーに乗って帰った。
俺はボンヤリと父さんの横顔を通して、流れていく街の明かりを見ていた。
ガラス窓の雨だれが車のスピードにあおられて横に流れていくのが綺麗だ。
車に乗ってから、ずっと口を開かなかった父さんがポツリと言った。



「因果な人だ」



そう呟いた父さんの横顔がとても爺さんに似ていて、俺は何だか泣きたくなってしまった。





心配そうな顔をした母さんに出迎えられ、我が家に帰ってきて始めて肩の力が抜けた気がした。
もうすぐ夕飯だと声をかけられつつも、俺は自分の部屋へあがる。
ドアを開け、昼に出たままの乱雑な部屋を見て溜息が出た。


ポケットの中の財布や鍵やらをジャラジャラと机の上に出したら、携帯の着信ランプが点滅していた。
一つは夕方に長太郎から。
そしてもう一つは、見知らぬ番号。
まずは長太郎の留守電を確認する。



『鳳です。さっきさんから自宅の方に電話がありました。
 急に何かあったみたいで約束の場所に随分と遅れたんだそうです。
 それで宍戸さんと連絡をとるために俺の方に電話してくれたみたいなんですけど、俺はずっと出かけてて。
 とにかく彼女には宍戸さんの携帯を教えておきました。』



長太郎の電話は夕方に入っていた。
コンサートから帰ってきて、やっと連絡が取れたんだろう。


ということは、この見知らぬ番号はか?
留守電を再生すれば、雑音に混じったの声が流れてきた。



『先輩、ごめんなさい。急な用事が出来て・・・随分遅れてしまいました。
 連絡したかったんですけど、番号が分からなくて。
 本当にすみません。明日、またお会いしてお詫びします。本当に・・・ゴメンナサイ。』



最後は泣き出しそうに震えた声だった。
履歴から発信すればに繋がる。
親指を発信ボタンに乗せたけれど、なんだか押す気になれなかった。


俺は酷く疲れていて、を相手に感情を取り繕ったりするだけの気力がなかった。
どんな理由があっても来て欲しかった。
俺は他の理由を優先させられてしまうほどの存在だったってコト。


ああ、駄目だ。
爺さんの体のこと。組の今後。父さんと爺さんの辛い立場。真樹さんの顔。
いろんな事がごっちゃになって思考がまとまらない。
こんな時に話したら、を傷つけちまいそうだ。


そう結論付けて、携帯を机の上に置いたまま居間へと降りていった。





翌朝、早々に真樹さんへ電話して爺さんの容態を聞いた。
爺さんは安定していて元気らしいが、少し呂律が回りにくいのが気になるとの事だった。



『誰も口にはしませんが、いまだ跡目も決まっておりませんし・・・組の者達が動揺しております。』



決して責めるわけではなく事実として伝えられた言葉だけど、俺は気が重くなった。
確かに爺さんが倒れたら誰が組を継承するのか。
何ひとつ決まっていない状態で籍を置く組員たちは不安にもなるだろう。


でも・・・



『とにかく何かありましたら真樹のほうからご連絡しますから。
 若はご心配なさらず勉強をなさってください。』



電話を切った後、一応は父さんにだけ爺さんの状態を聞かせた。
父さんはネクタイを結びながら「そうか」と言っただけだった。


外は昨日の天気がそのまま続いていて、肌寒い雨の朝だ。
ズボンの裾が濡れるのは確実で溜息が出る。
気分も天気もすぐれない中、俺は学校へと向かった。



やっぱり濡れたズボンと靴下にうんざりして机に突っ伏していたら、急に教室がざわめいた。
ガタガタと音がすると、人の気配が近くに立つ。



「宍戸、話がある。来い!」
「はぁ?」



顔をあげれば酷く不機嫌そうな顔の跡部が俺を見下ろしていた。
俺は肘を突いて頭を支えながら跡部を見遣る。
そんな俺の態度に益々跡部の顔が険しくなった。



「いいから、来い!ここでは出来ない話だ。」



怒ったように言い放つと振り向きもせずに教室を出て行く。
何が気にいらないのか知らないが、今の俺は跡部の相手をしてやる気持ちじゃない。
それでも無視すれば後が三倍にも四倍にもなって返ってくるのを経験上知ってるから嫌々ながら重い腰を上げた。



「おい、どこへ行くんだよ!もうすぐ授業が始まるぜ?」
「部室だ。」

「部室?なんでまた?」
「あそこなら誰にも聞かれないからな。」



どんどん階段を降りて昇降口に向かう跡部。
さすがに俺もタダ事じゃないと思い始めた。


口もきかず部室の鍵を開けた跡部が先に入り、俺が後に続く。
小雨の中を走ってきたから、また制服が濡れてしまった。


ご丁寧に「鍵を閉めろ」と言われて、ロックをかけた。
その背中に跡部の『外では出来ない話』が唐突にぶつけられる。



「お前がヤクザと関係していると学校に報告があった。」



ドアノブを握っていたままの体勢で俺は息が止まる。


なんで?どこで?
まさか、昨日の騒ぎの中で誰かに見られた?



「まだ一部の教職員と理事にしか伝わってない。けど、チクった生徒がいる。
 そいつの口をふさがねぇと話は尾ひれがついてでかくなる。まったく・・面倒くせぇ。」



それは事実なんだ。
それを跡部に言ったら俺はどうなる?
もうテニスが出来なくなるのか?学校は?父さんは?兄貴は?


俺は跡部を振り向けなかった。
うまく誤魔化す術が俺にはない。
俺は嘘がつける人間じゃないし、ましてや跡部に見抜かれないはずがない。
ドアノブを握っている手が震えてるのが分かった。



「お前、まさか笹川組を継ぐつもりなのか?」



組の名前に思わず振り返る。
言葉なんか出ない。
唖然として見つめる俺の顔を見て、跡部が呆れたように溜息をついた。



「俺が何も知らないと思っていたのか?
 俺様と付き合うんだ。跡部の家が身辺調査をしないはずがないだろう?
 おまけに俺の父親は学園の経営に関っている。何でも筒抜けなんだよ。」

「い・・いつから知ってたんだ。」

「はぁ?そりゃ、お前と知り合った時からだろ。」
「マジか・・」

「で?俺の質問には答えてねぇだろうが。」



跡部はエラソウに腕を組んで俺の答えを待っている。
俺はどうする?どうすればいい?


自分の心に聞く。


ベッドに横たわる爺さんの顔が浮かんだ。
泣いていた父さんの背中。
真樹さんの顔。
組の若い衆たちの笑顔も。



「宍戸!」


「俺は継がない、絶対に。俺には俺の夢がある。」



俺の名前を呼んだ跡部が、フッと瞳を和らげた。
跡部に宣言しただけなのに俺は胸がドキドキして・・・それでいてスッキリもしていた。
フンと鼻で笑った跡部が、いつものソファに腰を下ろす。
下ろしながら「継ぐなんて言いやがったら殴り飛ばすところだったぜ」と呟くから、俺はガラにも胸が熱くなった。



「馬鹿が。人目のあるところでヘマしやがって。
 まっ、俺が何とかしてやる。お前は何を言われても聞かれても黙ってろ。いいな?」

「そんなこと出来るのか?それに、お前にそんなことさせるのは・・」

「ウルサイ。嘘ひとつまともにつけねぇくせに黙ってろ。」

「・・・悪い、俺のために。」

「バーカ。誰が、お前のためなんかに動くか。俺様のテニス部に傷をつけられちゃ困るんだよ。」



ソファにもたれて足を組んだ跡部はいつもの尊大な態度。


だけど俺には分かってる。
俺のバックグラウンドを知っていて誰とも変わらない態度で接してくれてた奴だから、
きっと使えるだけの力を使って俺を守ろうとしてくれるんだろう。



「ゴメンな」
「謝るぐらいならヘマすんな」

「・・・さんきゅう」
「お前に礼を言われると気持ち悪りぃ」

「・・・お前さ、ホント口が悪いよな」
「お互い様だ」



俺たちは少し笑って。
でも、笑ってるばかりじゃいられない事も分かってて。



この先どうなるのか。
何ひとつ解決していない物事を前に立ち尽くすばかりだった。





















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