Freedom 3









「お前、最近・・笹川の方へ出入りしているのか?」



珍しく家族が揃った夕飯の席で父さんに訊かれた。
別に隠すことでもないけど、何となく家の中で爺さんの話はしにくい雰囲気なのは確かだ。



「出入りっていうか、呼ばれたら行くってぐらいだよ。
 この前は爺さんが倒れたって真樹さんに騙されたんだし。」

「真樹さんは、お前をかっているからな。
 だが、亮・・・考えもなく近づくのは感心しないぞ。」

「考えもなく近づくって。だって、爺ちゃんだぜ?身内じゃないか。」

「身内でも、家業が家業だ。笹川との関係が公になれば、困るのはお前だ。」

「困るのは父さんじゃねぇの?」



あ、地雷を踏んだ。思ったけど遅い。
箸を止めた父さんに怒鳴られるかと身構えた時、隣に居た兄貴に頭を殴られた。



「馬鹿っ!困るのは俺も、お前も、みんな一緒なんだよ!
 これから教員試験を受ける俺の身にもなれよ?
 もし同じ成績のヤツがいたら、身内にヤクザがいる俺を落とすに決まってる。
 世の中ってのは、そういうもんなんだ。お前だって、下手したらテニス部に居られなくなるぞ?」

「そんな。だって爺ちゃんちは昔気質の筋の通った組で、テレビで特集されているような暴力団とは絶対に違う!」

「馬鹿っ。そんなんだから、お前は跡目に目をつけられるんだよ!」

「やめなさい、二人とも。」



俺と兄貴の言い合いがヒートアップしてきた時、父さんが口を挟んだ。
俺たちは口を尖らせたまま黙り込む。
父さんは俺を見ながら言い聞かせるように、でもハッキリと言った。



「いいか、亮。父さんだって、お爺ちゃんの気質は知っている。そこらの暴力団とは違うと思っているよ。
 でも、やっぱり堅気じゃないんだ。どんなに好い人であっても、
 一般の人からは忌み嫌われるものであることには違いない。
 ヤクザはヤクザ。お前が、どう弁解しても変わらないんだよ。」



父さんが教師になりたいと言った時、爺さんは『そうか』としか言わなかったと聞いたことがある。
組のお金で大学には行けないとバイトで学費を捻出しようとした父さんのために、
死んだ婆ちゃんが嫁入り道具に持ってきた着物を売ったり、和裁の内職をして学費に足してくれたとも言っていた。


父さんにも色んなことがあって今の生活があるんだ。
それは分かる。


けどよ、なんか・・・爺さんが可哀そうだよ。










「宍戸先輩!」
「よう。どうした?」

「あの・・これ、よかったら。」



廊下の隅で差し出されたのは茶色の紙袋。
受け取った手のひらが直ぐに温かくなった。
中を覗けば、キツネ色に焼きあがったスィートポテトが入っていた。



「美味そうじゃないか。これ、いいのか?」

「ハイ。さっき実習で作ったんです。
 いつもパンを食べさせてもらってるから・・・少しですけどお礼です。」

「さんきゅ。ちょうど腹が減ってたんだ。」



俺は袋の中に手を突っ込んで、ホカホカのスィートポテトを摘み上げると口に放り込んだ。



「先輩、こんなところで!」

「うまい、うまい。合格だ。」
「もう・・」



呆れながらも恥ずかしそうに微笑むが可愛らしかった。
だが視線が俺の後ろに動くと、スッと笑顔を消して「次の授業がありますから」と後ずさる。
なんだ?と振り返ったが、他の生徒がまばらに歩いているだけだ。



「じゃあ・・」

「あ、ちょっと待て。今度の日曜なんだけど、その・・・部活がコート整備で休みなんだ。」
「そうなんですか・・ちょうど吹奏楽部も練習は午前だけなんです。だから気にしないで下さい。」

「そうなのか?」
「先生の都合で11時前には終わるんです。」

「なら、」



ドキドキした。
でも、こんなチャンスは滅多にないとひらめいたんだ。



「はい」
「え、映画でも見にいかねぇか?」



は一瞬キョトンとしていた。
俺は口から心臓が飛び出しそうになりながら『デートだよ、デート』と呪文のように唱えていた。



「いいんですか?私なんかが一緒で・・・」
「は?お前がいいから誘って、あ、いや、まぁ・・いいから誘ってるに決まってる。俺とじゃ嫌なのか?」



ついつい短気が出てしまったら、はブンブン首を横に振った。



「行きます!」
「ヨシ。じゃあ、詳しい事は後で知らせるわ。とにかく日曜な。」

「ハイ!」



は嬉しそうに頷くとペコリと頭を下げ、パタパタと廊下を走って行った。



ひゃっほぅ!


ひとりでガッツポーズをしてから、ハッとして周囲を見回したが誰もが目を背けている。
恥ずかしい。恥ずかしいが、初デートだ。


というか、咄嗟にデートの定番で『映画』と言ってしまったけど・・・今は何をやっているんだろう。
映画といえば、忍足に聞けば詳しいに違いない。
俺は空にも飛べそうな気持ちでホカホカの紙袋を抱えて教室に戻った。





「で?誰と行くん?白状せんとアドバイスは出来んなぁ。」
「誰って、友達だよ。」

「友達なぁ。それは女か、男か。そこらへんハッキリしてくれんと。」
「べ、別に、どっちだっていいだろっ」

「女か。やるな、宍戸。」
「な、なんでだよっ」



お前、分かりすぎやっちゅうねん。
満面の笑みで忍足に言われ、素直に育ってしまった自分が恨めしかった。


忍足がつらつらと上映中の映画について説明してくれる。
俺としてはアクションものが希望だったが、忍足はフランス人監督の恋愛ものを勧めてきた。
マニアックな忍足のお勧めだけは避けようと思っていたので、痛快アクションコメディとやらの映画に決めた。



「ま、初デートとしては無難なとこちゃう?」
「な、な・・なんで初デートって、」

「え?違うんか?」
「ち、違わなねぇけど」

「ほらな。せやから宍戸は分かりやすいって言うてるやろ。
 ただ気ぃつけや。あんまり公にしたらカノジョが大変や。ジブン、人気があるんやから自覚せな。」

「人気?俺が?お前や跡部に比べりゃたいしたことねぇぞ。それに、なんでカノジョが大変になるんだよ。」



忍足はワザとらしく溜息をつくとメガネを押し上げる。
癪だが俺から見ても整った顔の忍足と自分とじゃ、人気の次元が違う気がする。



「跡部なんかは人気があるけど、なんちゅうか王子様っていうか雲の上の人って感じで憧れてる子が大半や。
 けど宍戸は違う。庶民的なぶん手が届くっていうか、頑張ったら好きになってもらえるかもって思ってる子が多い。」

「庶民的って、なんかなぁ。」

「褒めてるんやで?大トロは見てるだけ。食べるのは赤身の切り落としみたいなもんや。
 手にいれやすいと思われてる分、マジでお前を狙ってる女らが多いということや。
 そこにカノジョなんて出来たら、嫉妬やら何やら全部がカノジョに向かう。
 女はな、男やなくて同性に刃を向けるもんらしいで?気をつけてやらな。」



そうなのか?なんか考え込んでしまった。
確かに告られる数は多いよな。今年にはいって何人に告られたっけか。


跡部なんかは人気があるけど告られたなんてのは、あまり聞かない。
まぁ・・べらべら自慢するような人間じゃないのもあるだろうけど、
跡部が相手じゃ・・はなから無理だと告らないのかもしれない。



「忍足はどうしてるんだ?っていうか、そもそもカノジョいるのか?」

「俺、片想い中。」
「うそっ」

「6つ年上なんを気にして付き合うてくれんねん。歳なんか関係ないからって説得中。」
「お、お前・・・スゴイな。」

「おおきに♪」



よく考えればテニス部の中でカノジョがいる奴って、誰かいたか?
俺がそういうのに疎いせいか聞いたこともなかった。
考えりゃ高校生にもなって誰もカノジョがいないなんて有り得ない話だよな。



「跡部のカノジョはこの学校におるで?」
「マジかっ」

「ホンマや。跡部が惚れて落とした子やから、そりゃあもう大事にしてるわ。
 せやから跡部はファンの子から何ひとつ受けとらんようになった。
 中学の頃は部室に山盛りプレゼントを置いてあったの、宍戸やって覚えてるやろ?
 それはカノジョのためや。守るために表だって付き合えん分、態度で『ゾッコンや』って伝えてるんやろ。」



あの唯我独尊を絵に描いたような跡部が・・・恋ってすげぇな。
ちょっと感動した。
でも・・・



「けどよ、俺はコソコソするの好きじゃねぇんだよな。隠したりするの苦手っていうか。」
「せやな。宍戸は全部が顔に出るからなぁ。」

「だから付き合いを隠すとか、多分・・出来ねぇよ。」
「うーん。なら、カノジョに耐え忍んでもらうしかないな。宮廷料理人や。」

「なんだ、それ?」
「韓国ドラマ。数々の虐めに耐え抜くドラマ。」

「知らね。」



そこで話は終わった。
結局カノジョとどう付き合えばいいのか良い策も浮かばないまま、日曜日になってしまった。


待ち合わせ場所と時間は長太郎に伝言を頼んだ。
面と向かって告げるのは恥ずかしすぎるからだ。
が、それを後で後悔することになる。





午後1時の約束。
髪の跳ね具合が気になって直すのに時間がかかった俺は遅刻寸前だ。
長い時は後ろで一つに括るだけで簡単だったのに。


信号の色が変わるのももどかしく、待ち合わせ場所に行くとジャスト1時だった。


乱れた息を整えながら周囲を見渡してもの姿がない。
時計を確認して首を捻る。


まさか俺が居ないから、どっかに行った?まさかな。
あ、そうだ。部活が長引いてるのかもしれない。
シマッタ、携帯の番号を聞いておくんだった。
こういうとこ、ホント俺って抜けてるよな。


落ち着かない自分をなだめつつ彼女を待つ。
それは幸せな時間だったはず。



なのに、は来なかった。
30分がたち、1時間がたち、1時間半がたった。
映画なんか、とっくに始まってる。


長太郎にも電話した。
ひょっとして伝言した時間や場所を間違ってたんじゃないか?
同じクラスなんだしの電話番号ぐらい知らないか、って。
藁にも縋る思いで電話したけど繋がらない。



『明日、久しぶりにピアノリサイタルを聴きに行ってきます』



そう言っていた長太郎が携帯の電源を切っていても仕方がない。



場所を間違えた?と思っては胃が痛くなった。
事故にでも遭ったんじゃないかと不安にもなった。
そのうち『嫌になったのか?』と悲しくなった。



両想いだなんて勝手な俺の思い込みだったら、どうする?
先輩に誘われて本当はとても困っていたとしたら?



そんなことないよな。
喜んでたし。喜んで・・・見えてただけじゃないよな。



ポツっと額に雫が落ちてきた。
空を見上げれば、いつの間にか灰色の雲が上空を覆っている。



「最悪・・・」 



傘、ねぇよ。


また一つ、ポツと頬に雨の雫が落ちる。


もう、来ないのかよ。





突然、握り締めた携帯から着信音が流れた。


慌てて出れば、それは真樹さんで。
でも、いつもの飄々とした真樹さんじゃなかった。



『若、今どこにいらっしゃいますか?』

「中央通りの映画館前。俺、今日は・・」

『よかった。近くに若い者がおりますから、直ぐに迎えにやります。』

「ちょっと、待て。今日は駄目、」

『若。落ち着いて聞いてください。
 おやっさんが倒れて救急病院に運ばれました。』

「また、そんな嘘を」

『若、嘘じゃないんです!
 今、処置室に搬送されましたが・・・意識がないんです。』



携帯を強く握り締めれば、自分の手が震えているのが分かった。
雨はポツポツと次々空から落ちてきはじめる。



『若のお家の方にも連絡を入れました。
 とにかく一刻も早く病院にいらしてください。』



考えるより先に俺は雨の中を携帯を握り締めたまま通りに向かって走っていた。





















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