Freedom 2
「跡部先輩、これ受け取ってください!」
「無理だ。」
即答かよ。
いっそ潔いまでにキッパリ断わる跡部の隣で、
ジローは両手一杯の紙袋を手に「ありがとうねぇ♪」と愛想を振りまいている。
向日は自分の好きなものだけ受け取ってるし、忍足は自分の好みのコからだけ受け取る。
人の好い長太郎はいちいち丁寧にお礼を言っては握手までしている。
なにがそうイイんだか知らないが、テニス部って人気があるんだな。
部室からコートに向かうまでの間に渡される差し入れの数といえば半端じゃない。
「宍戸君、これ。実習で作ったカップケーキなの!」
群がる人を避けながら歩いていたら、目の前にピンクの紙袋が差し出された。
まっ、一応は俺にだってファンとやらがいるらしい。
「悪い。俺は受け取れない、ゴメンな。」
『えーっ』て周囲から溜息にも似た声があがる。
ンなこと言ったって、知った顔でもないし受け取る義理もない。
それに俺が受けとらねぇことぐらい、もう知ってるだろうに。
モノを受け取るって事は相手の心を受け取るって事だ。そう爺さんが言ってた。
心を受け取るという事は、その人間との間に義理ができる。
義理が出来たら、その相手には誠心誠意報いなくてはならない、と。
冗談じゃないぜ。
たかが実習で作ったカップケーキで義理が出来ちゃあ、たまんねぇだろ。
「宍戸さん!すみません、これ・・・ロッカーに置いてきます。」
「お前なぁ。そんな物を全部受け取ってたら、そのうち義理尽くめで身動き取れなくなるぞ?」
「義理・・づくめ?何です、それ?」
「あ、いや。なんていうか、大変になるぞって事だよ。」
両手の紙袋に視線をやる俺に気づいた長太郎は、合点がいったように苦笑した。
「そうですね。でも・・・俺に渡そうって準備してくれたコたちの気持ちを考えると無下にも出来なくて。」
「まっ、お前らしいけどな。」
「それって、俺が優柔不断ってことですか?」
「誰もそんなこと言ってないだろ?」
拗ねる長太郎の背中を叩いて先にコートへ向かった。
長太郎は相手の気持ちを常に考えて行動する。そういう優しさが長太郎らしいって事だ。
さて、今度の日曜日に作るパンは何にしようか。
普通にライ麦パンでも焼いて何か挟むのもいいか。
いや、待て。長太郎なら喜ぶだろうが、相手は女のコだ。
ちょっと甘めのやつがいいのかもしれない。
ああでもない、こうでもないと考えて、ふと気がついた。
俺も実習で作ったカップケーキを渡す女たちと一緒じゃないか?
俺はさんに好意を持っていて。
彼女に喜んで欲しくてパンを焼いて。
実際に渡して、彼女が食べてくれると嬉しくて。
うわぁ、丸っきり一緒だ。
・・・・これから断わる時は心をこめて本気で謝ろう。
そして日曜日。
約束したベンチの上にはラムレーズンとクルミのパンがバンダナに包まれていた。
そわそわしながら待っていたら、向こうから楽器のケースを抱えた彼女が走ってきた。
「宍戸先輩!」
「よう」
「あれ?鳳くんは、どうしたんですか?」
「今さっきまで一緒に居たんだが、女に呼び出されて行っちまった。」
「そうですか。鳳くん、優しくてモテルから。」
そう言って、少し困ったみたいに眉を下げて笑った彼女。
え?まさかさんは長太郎が気になるのかと胃の辺りが冷たくなる。
動揺している俺をよそに、彼女は遠慮がちにベンチの端に座ると俯かげんで呟いた。
「宍戸先輩と二人だと・・・なんか緊張しちゃうな。」
「え?」
「あ、あの、その・・・鳳くんと同じクラスじゃなかったら、
雲の上の人みたいな宍戸先輩とお話なんて出来なかったなぁ・・・なんて。」
「はぁ?雲の上って、なんだそりゃ?跡部じゃあるまいし。俺はフツーだぜ。」
「宍戸先輩は普通なんかじゃありません!
テニスは強いし。素敵だし。人気だってスゴイのに鼻にかけたりしないし。努力家だし。」
「ちょ、ちょっと待て!」
そんな面と向かって褒められた事がない俺は恥ずかしくって耐えられない。
思わず彼女の言葉を遮って顔の前で手を振れば、ハッとした彼女が途端に口元を押さえて赤くなる。
「す、すみません!私ったら失礼なことをベラベラと、」
「い、いや。失礼じゃないし、全然ッ。けど、なんかこう聞いてるのが恥ずかしくて。」
「す、すみません」
「だから、謝らなくていいって」
「はい。すみ・・・」
また謝ろうとした彼女が俺の顔を見て言葉を飲み込む。
その様が可笑しくて俺がプッと噴き出せば、彼女も表情をくずして笑顔になった。
青い空の下で俺たちはクスクス笑いをして、いいから食べようぜとパンを口に運んだ。
相変わらず彼女は美味しそうにパンを食べてくれて、見ている俺を幸せな気持ちにさせてくれる。
ニコニコと彼女が笑えば、俺だって自然と笑顔になる。
ああ。マジ・・・俺、好きだわ。
「あ、あのよ。」
「はい?」
「さん付けって呼びにくいから・・・って呼んでもいいか?」
「は、はい!もちろん!もう、なんでも呼んで貰って結構です。」
「なんでも?」
「はい、なんでも。」
「じゃあ・・・でも?」
「え?」
うわっ。俺、なに言ってんだ。
イキナリの積極路線かよっ。ひかれるって。
「な、なんてな。あの、ほらっ。長太郎も長太郎だろ?なんかフレンドリーな感じでさ。」
苦しい説明して誤魔化してたら、彼女が膝のスカートをキュッと握って頷いた。
「い、いいです。」
「いいって、名前・・・」
「って呼んでくださって・・・いいです。」
「マジか?」
「友達には、そう呼ばれてますし。あ・・でも、男の人は父と兄以外に呼ばれたことないですけど。
けど・・宍戸先輩が呼んでくれるのは・・・その・・嬉しいです。」
最後は消え入りそうな小さな声だった。
サラサラの髪から覗く耳が真っ赤になってて、俺の心臓もドキドキだ。
これって思いっきりイイ雰囲気じゃないのか?
「あ・・俺さ、お前のこと」
「はい」
が赤面した顔を上げて、俺たちが見つめあった・・・その時。
「宍戸先輩!すみません、途中で抜けちゃって。
あ、あれ?何かありました?ひょっとして、俺・・・邪魔でしたか?」
「なんでもねぇよ!」
頭をかいて立ち尽くす長太郎にガンを飛ばし、ガックリと項垂れる。
隣ではあたふたと立ち上がり「ご、ごちそうさまでした」と裏返った声で言い残し走り去って行った。
告白は未遂で終わったけど、俺の気持ちは何となく伝わったらしい。
というか長太郎に言わせると『二人ともバレバレなんですけど』なんだそうだ。
廊下で会えば、お互いが赤くなりながら軽く会釈して通り過ぎる。
やっぱ気になって擦れ違ってから振り向けば、も後ろを振り返っていたりして、お互いが慌てる。
日曜日は相変わらず楽しい。
気をきかせているらしい長太郎は毎回買い出しにいくと言って居なくなるから、二人きりの時間ができる。
俺たちは僅かな時間を部活の事とか自分の事と尽きることなく喋りあった。
会うたび俺達は近くなる。好きになる。
言葉にはしなくても、も俺に好意を持ってくれているらしいことが伝わってくる。
もう別に改まって告らなくてもいいか。恥ずかしいしよ。
こうやって二人でいて、徐々に既成事実を積み上げていきゃいいのかもしれない。
そんなふうに俺は思っていた。
俺は知らなかったんだ。
影でがどんな辛い目に遭ってるかなんて、何にも気づいてなかった。
だっては笑っていた。
俺の前では頬を綺麗なピンク色に染めて、いつもはにかんでいた。
ただ可愛らしくて。すげぇ、好きで。
いつか抱きしめちまうだろう。
キスだってしちまうだろう。
そんな馬鹿みたいなことばっか考えて、の事を考えてなかった。
「若。最近の女子高生はタチが悪うございますね。」
「は?なんだ、突然。」
「この前、若の学校近くの河原でゴミ拾いをしておりましたら、
カワイイ女子高生達が一人の女のコを囲んでおりましてね。
どう見ても仲良く遊んでいるって感じでもねぇ。まぁ、早く言えば寄ってたかってのイジメですか。」
「ちょっと、待て。なんで、ウチの学校近くの河原でゴミ拾ってんだよ!」
「なんでって・・若に何かあってはいけませんから、怪しいヤツがいないか真樹が警備をしているんですよ。
ついでなんで、河原の清掃もしておこうと思いまして。
おやっさんにもゴミを見たら拾えと言われております。」
しれっと答えながら、真樹さんが餅を丸める。
今日は新米のもち米がまた元の組員から送られてきたとかで、いつもの如く呼び出された俺だった。
隣では若い衆が杵と臼で昔ながらの餅つきをしていた。
「で?まさかと思うけど、正義の味方よろしく仲裁に入ったとか?」
「当然でございましょう?やるなら、サシ。一対一なら、私も微笑ましく見物しますがね。ありゃ弱い物イジメです。
で、『テメェら何してやがんだ、コラァ』って声をかけた途端・・
女子高生達は蜘蛛の子を散らしたが如く消えちまいました。
なんでか助けたはずの虐められてた娘さんまで逃げちまいまして、ちょっと心が寒くなりました。」
「そりゃ突然にヤクザが出てきて怒鳴られたら逃げるだろ。」
「真樹はこれでもヤクザに見えないインテリヤクザと言われておりますよ?」
まっ、有名私立大学の法学部卒らしい真樹さんだからインテリはインテリなんだろうけど、
もう思いっきり任侠の世界に浸ってるからな。
もう少し自覚を持ったほうがイイ気がする。
「その虐められていた娘さんの物だと思うんですが、何やら黒い箱が落ちてましてね。
大きさ的にはチャカか薬を運ぶのに丁度の大きさの・・・あ、いえ失礼しました。今のはナシで。」
「ナシね。・・・それで?」
「ハイ。その箱、結構重うございました。
何かは分かりませんが勝手に開けるのも憚られますし、そのまま捨て置くのも誰かが持ち去ってはと心配です。
サツに届けることも考えましたが、何かで自首してきたのかと間違えられて逮捕されても面倒です。
仕方ないので、その黒い箱を抱えたまま持ち主が現れるのを待ちました。」
「ハハ、それ思いっきり不審人物だろ?」
「そうなんです。犬の散歩をするオバサンにジロジロ見られ、いつ通報されるかとヒヤヒヤしておりました。
そうしましたら意外に早く、三十分ほどで娘さんが戻ってきたんですよ。
私を見て明らかに怯えておりましたから、足元に黒い箱を置いて踵を返しました。
すると後ろから『ありがとうございました』って声がして、娘さんが頭を下げておりやした。」
「へぇ」
「なかなか綺麗な顔をした娘さんでタイプでしたが、歳が離れ過ぎてるんで諦めました。」
真樹さんの話は何処までが本気で何処までが冗談か分からないので、適当に相槌を打って餅を食べる。
が、続いた真樹さんの言葉がちょっと引っかかった。
「あの箱。後で思ったんですが、中は楽器でございましょうね。」
「楽器?なんで?」
「昔、音楽家崩れの若い者がおりましてね。そいつが持ってたクラリネットの入れ物を思い出したんですよ。
あれもチャカか薬を運ぶのに丁度いいと話した記憶が・・・あ、スミマセン。今のもナシで。」
楽器・・・、まさかな。
「ところで、若。餅も食べましたし、そろそろ跡目を継いでみませんか?」
「はぁ?何の関係があるんだよ?それより、勝手に学校へ来るんじゃないぞ!」
「参りませんよ。門から半径100メートルは近づかないよう自制しております。」
「1キロだ。」
「1キロでは、いくら真樹でも若をお守りできる自信がございません。」
「あのなぁ・・」
頭を掠めたの顔は、真樹さんを説得する方に消されてしまった。
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