ふたり 1








物心がついたときには、跡部景吾の隣には、がいた。


彼女の家は、景吾の家の隣にあった。
景吾は、国内外でも有名な大企業グループの御曹司だ。
その邸宅も半端ではなかった。


の家も、外資系の会社に会長として名を連ねる祖父。その娘の母。入り婿の父と。
それなりに裕福な家庭に育っていた。
しかし、跡部グループには足元にも及ばない。


「おい。お前の家、ちっちぇな。なんか、倉庫みたいだぜ。」

「景ちゃんちが、大きすぎるんじゃない?亮ちゃんちは、もっと小さかったよ。」


の家だって、そこらの家に比べれば大きい。しかし、景吾の家は桁違いだった。


「なんだ?お前、亮んちへ行ったのか?」

「うん!カブトムシ、見せてくれるって。すごーく大きかったよ。」

「カブトムシだと?お前、んなもん見て、何になるんだ。ゴキブリが、でかくなったようなもんだろ。」

「ちがうよっ!景ちゃんのバカっ!」

「なんだとっ!」


景吾は、を拳骨で殴った。もちろん、思いっきりではない。一応、手加減をしている。
それでも、は目に涙を溜めて、景吾を睨んでいる。


ちっ。やりすぎた。仕方ねぇ。


「そうかよ。そんなにカブトムシが見たいなら、今度は俺様が見せてやるよ。」

「本当?」


途端に涙も引っ込んで、目を輝かせる、に頬が緩む。


「ああ。」 


景吾はの頭を撫でてやった。
さっそく執事に頼んで、カブトムシを調達しなくては・・・





跡部景吾。小学3年生。


彼はもう、嫉妬と言う言葉を知っていた。
亮は要注意人物として、頭にインプットされる。
人は、景吾とを幼馴染だと捉えていた。
しかし、景吾にとっての彼女は、それだけではなかった。


にとって「跡部景吾」は、頼りになる幼馴染だった。
氷帝幼稚園舎から、ずっと同じ。
気づけば、景吾は自分の傍にいた。
ちょっと、乱暴で、口は悪かったが、には優しい。
幼稚園では、いたずらっ子からいつも自分を守ってくれた。
それは、今も変わらない。


お互い、両親共に忙しく、他人に囲まれて過ごすことが多かった。
その中で、と景吾は・・・ある意味、兄弟のようにして育った。
放課後はどちらかの家に行って、お手伝いさんの作ったおやつを食べて、
夕方まで好きなように過ごす。


「あのね。ジロちゃんと、亮ちゃんがね、秘密基地を見せてくれるんだって。」

「秘密基地?バカらしい。どっかの空き家かなんかだろ。あぶねぇから、行くなよ。」

「えーっ、だって。子猫がいるんだもん!行くっ!」

「子猫だと?ふーん。」

「景ちゃんも、行く?」

「・・・・しかたねぇな。お前一人だと心配だから、行ってやる。」


景吾は、実は動物好きだ。特に、犬やネコが大好き。
それは、ずっと一緒にいる、だけが知っている。


「いいの?景ちゃん・・・ネコ、つれて帰って怒られない?」

「ふん。誰にも、文句は言わせねぇ。あんなとこに置き去りにしてたら、死んじまうぜ。」

「えへ。景ちゃん。優しい。」

「けっ。うっせぇんだよ。」


ふたり並んで歩く夕暮れ。小さく伸びるふたつの影。
捨猫を抱いている景吾を、は頼もしく見つめる。


にとって景吾は、自分の前に立つ、頼りになる存在。
ずっと、背中を追いかける存在。





秋の遠足だった。


いつものように、と同じ敷物に座り弁当を食べる。
使用人の作った、豪華な弁当。けれど、なんの感慨もない。


そこに、ジローと亮がやってきた。


「やや。跡部の弁当。うまそー。ねっねっ、食べていい?」

「ジロー。てめぇの弁当は、どうしたんだよ?」

「コイツ、弁当食わないで、菓子ばっか食ってんだぜ。んで、腹減ってんだよ。激ダサ。」


三人がワイワイと騒ぎ始める。
なんじゃかんじゃといいながら、仲良しだ。


景吾が、跡部グループの人間だということは子供でも知っている。
クラスメイトの接し方は・・・媚びるか、避けるかのどっちかだった。


容姿端麗。成績優秀。スポーツ万能。けれど、本当の友達は、いない。
大人に囲まれて、特殊な環境で育った景吾は、普通の子供には混じれなかった。


だが、能天気なジローと、あまり深く物事を考えない亮は、何の壁も作らずに
景吾に近付いてきた。
それを、景吾も受け入れた。
も、ニコニコ笑いながら、その三人に加わる。


「おっ。の弁当も、うまそうじゃん。この玉子焼き、もーらい、っと。」


亮が指でつまんで、玉子をとった。


「あっ!ずるい!俺も。俺も。」


ジローも負けじと、玉子をつまむ。


「亮ちゃんもジロちゃんも、手が汚くない?」


はそう言うと、お手拭を出してきて、亮とジローの手を拭いてやる。
ふたりとも、テレながら・・・に手を拭いてもらっていた。


その時。
先に、ジローが気づいて、亮を肘でつつく。


ん?と、視線を向けた亮は、背筋が寒くなった。


恐ろしく冷たい目で、景吾が、二人を睨んでいた。蛇に睨まれたカエル状態。
亮とジローは、背中に冷や汗をダラダラ流しつつ「もっ・・・もういいから」と手を引っ込める。


「もうすぐ集合だな。片付けないと。なっ、ジロー。」

「あっ、そうだね。そうそう。」


ふたりとも曖昧な笑みを残して、逃げるようにいなくなった。


「集合時間・・・って、まだまだだよね。ねぇ、景ちゃん。」


不思議がる、


「ふん。バカは、片づけにも時間がかかるんだろうよ。。俺にも、玉子をよこせ。」

「え?景ちゃんも食べるの?はい。」


弁当ごと差し出すに、首を振る。


「食わせろよ。」

「えー。仕方ないな。はい。あーん。」


が自分のお箸で玉子をつまんで、景吾の前に差し出す。
景吾は、素早く周囲を確認してから、あーんと口をあけ玉子を食べた。


甘い・・・。塩味の方が好きなのに。
内心でクレームをつけながらも、に「あーん」をしてもらって満足した。


もうひとつ。に、言っておかなくては。


「お前。あいつらの名前、ちゃん付けで呼ぶの止めろ。」

「なんで?」


が、ちょこっと首をかしげる。
つい、可愛い・・・と思ってしまった景吾。


「・・・なんで、でもだ。3年生にもなって、男にちゃん付けは、ないだろ。」

「じゃあ、景ちゃんも駄目なの?」

「俺様は、別だ。」

「なんで、景ちゃんは別なの?」

「いいんだよ。俺がいいって言ってんだから、いいんだっ。分かったか!」

「ふーん。分かった」


時々、はバカだと思うことがある。
バカ・・・というか、鈍いというか、天然だ。


には、景吾の言うことが絶対だった。
なんだかよく分からないが、景吾がそういうなら、そうなんだろう・・・と思う。


景吾は単に、自分以外の男を可愛らしく「ちゃん」付けで呼んで欲しくなかっただけだ。
に「景ちゃん」と呼ばれるのを、実は・・・とても気に入っていたから。





帰りのバス。やっぱり隣は、
揺れる物に弱い、
バスが走り出すと、すぐに居眠りを始めた。
バスの窓に頭をつけて、眠っている彼女を、景吾はじーっと見つめる。


柔らかい窓越しの日差しが、の髪を明るい茶色にする。
色白の顔。頬だけが、ほんのりとピンクだ。
赤い唇が、ほんの少しだけ開かれて、とても可愛らしかった。


周囲のクラスメイトは、有り余る体力で騒いでいる。
だれも、ふたりの方など見ていない。


景吾は、片手でカーテンを閉めた。
そして、隣を覗き込むようにして、自分の体でを隠す。
目の前には、無防備に眠る、の顔。


触れるだけのキスをした。


さっと離れると、何食わぬ顔で前を向く。
自分の唇を指で触れた。

ファーストキス。

なんて・・・甘いんだろう。


心臓が自分の物じゃないくらい、早く打っていた。

は・・・俺のものだ。一生・・・俺様だけの。

心に決めた、景吾。





小学三年生の秋だった。




















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