ふたり 最終章
朝、目覚めると。
景吾が隣で紅茶を飲んでいた。
数度の瞬きの後、ガバッと勢いよく飛び起きた。
寝乱れた服を慌てて引っ張る。
「オイッ。急に動くなよ、紅茶がこぼれるだろ。」
が動けばベッドが沈んでカップの中に波が立つ。
まっ、それも心地いいが。
「あっ、えっ・・・今何時?」
「さあ、8時はまわってんじゃねぇの?」
「嘘ッ!どっ・・・どうしようっ。無断外泊しちゃった。」
「はあ?何を今さら。俺のとこに来るのは言ってきたんだろ?」
「言ってはきたけど、泊まるとは言ってないよぉ」
青い顔をしてオロオロしているが可笑しい。
髪が寝癖で跳ねて、無性に可愛らしく見えた。
「なんだ?昨夜は素直にベッドに入ったじゃねぇか?あの時は何も言わなかったくせに。」
「あの時は・・だって・・その。でもね、明け方に、こっそり戻るつもりだったの。どうしよう。」
くくく・・・と体を折って笑い始めた景吾に、は頬を膨らませて抗議する。
「ちょっ、景ちゃん。笑い事じゃないよ。
こんなことしたら・・・景ちゃんのとこ、出入り禁止にされちゃうかも。」
「はははは。そうなったら、窓から忍び込んでやるぜ?ロミオ気分でな。」
「景ちゃんっ!だって・・・景ちゃんに会えなくなるの、やだもん。」
「・・・バーカ。」
手にしていたソーサーをワゴンに戻した。
景吾にしたら、紅茶を飲んでいる場合じゃない。
計算もできないくせに、人を喜ばせるようなことを口にする恋人。
彼女を抱きしめるために自分の両腕はある。
「んなこと、させるかよ。」
囁いて。の肩を抱き寄せ、そのまま腕に閉じ込めた。
愛しい・・って言葉の意味。今は、よく分かるぜ?
。お前も、俺を愛しいと思ってるか?
抱きしめられるのに、まだ慣れないは体を硬くする。
それでも優しく髪を撫でられれば、落ち着いてきた。
心がホンワカするよ?ドキドキだけじゃないの。
景ちゃんが大好き。胸がいっぱいになって溢れてくるような感じ。
これって何だろう?
見つめ合って。頬に添えられた手に従えば、近付いてくる景吾の綺麗な顔。
瞳を閉じて、甘いキスを受け止めた。
「が景吾君のところへ泊まったのは跡部家から連絡を受けたよ。確かに軽率だったね。」
「あのっ・・・でも。ただ、泊まっただけで・・・あの・・・」
「まあ、景吾君のことは信じているよ。もちろん、もね。」
「ご・・・ごめんなさい。」
休日の今日。いつもは留守がちの父親が、こんな日に限って家にいた。
景吾と共に家に戻ったは、さっそく両親に頭を下げた。
ソファに小さくなっている。
その隣では堂々と座っている景吾がいた。
テーブルを挟んで、の両親が座っている。
「ちょうどいい。に話しておく事がある。」
「はい。」
「お前の縁談が決まった。まだ早いとも思ったが、どうしても・・・という向こうの強い希望もあってね。
私たちにとっては願ってもない申し出だし、
お前の幸せを思えば受けたほうがいいだろうと決めたよ。」
一瞬での顔が青ざめた。
いつだったか弟に「縁談が進んでいるらしい」と聞かされていたのに、すっかり抜け落ちていた。
思わず景吾の顔を見たが、彼は平然とした顔で話を聞いている。
景ちゃん・・・。
せっかく想いを通じ合わせたのに。誰かのお嫁さんにされるのなんて嫌だよ。
縋るように隣を見つめていたら、の視線に気づいた景吾がニヤッと笑った。
なに?なんで笑っていられるの? はパニックに陥っていた。
「で、。まあ、お前の意見など聞くまでもないとは思うが。」
「嫌っ!嫌ですっ。私は・・・」
「おい、。落ち着けって。」
「ヤダッ、景ちゃんはいいの?私が他の人のお嫁さんになっても平気?」
「バカ。それよか話を・・・」
「お父様っ、私は景ちゃんが好きです!お嫁に行くなら、景ちゃんのところがいいっっ」
感情の昂ぶったの声は震えて涙声になっていた。
景吾は、震えながらも父親に向かってハッキリと口にしたをじっと見つめる。
の両親は顔を見合わせてから、呆れ顔で景吾に視線を移した。
「景吾君。には話してなかったのかい?」
「すみません。驚かそう・・・と思ったわけではなかったのですが。
正式に決まってからと思っているうちに、つい後回しになってしまいました。」
そう言って、凛とした表情のまま頭を下げた。
話の見えないは唖然として景吾に訊ねた。
「な・・・に?」
「お前の婚約者は俺だ。」
「う・・・そ・・」
「さっき、から熱烈なプロポーズも受けたしな。心配しなくても、お前は俺の嫁さんにしてやるよ。」
うわあぁぁぁぁぁん。
号泣し始めたに、さすがの景吾も慌てた。
の両親も肩をすくめて目を細める。
来春には婚約パーティーをすること。
結婚は大学卒業後。
それと、無断外泊は禁止。
泣き続けるに手を焼く景吾に釘を刺して、両親が席を立った。
ふたりきりになった応接室。
いまだグズグズ泣いているに、景吾の溜息が落ちる。
「おい。いつまで泣くつもりだ?目が腫れて、ブサイクになるぞ?」
「景ちゃんのバカっ!景ちゃんのせいだもんっ」
「ああ、はいはい。俺が悪かった。責任を取って、ブサイクでも貰ってやるぜ?」
「ヒドイっ」
ハンカチを握っていたが、キッと景吾を睨みながら拳で胸を打ってきた。
景吾は笑いながら、小さな拳を受け止めて、そのまま胸に抱きこんだ。
「いいか、。お前は俺のもんだ。ずっと、俺の傍にいるんだ。分かったな?」
「・・・景ちゃん。景ちゃんもだよ?」
「ああ。俺もお前のもんだ。」
「じゃあ、もう他の女のこと付き合わないで?」
「くっ・・・なんだ?妬いてたのか?」
「だって・・・」
「いいさ。がいれば、他はいらねぇ。」
ぎゅっと腕の力を強くして、の肩に顔を埋める。
もおとなしく、景吾の肩に頬を寄せた。
やっと、手に入れた。
唯一の大事な人を・・・この手の中に。
「なんやてっっっ!そっ・・・それはアカンやろ?
ちゃん、はやまったらいかん。そこまでしたら、取り返しのつかんことに。」
「忍足。黙れ。」
言いながら、しっかりの肩を抱き寄せた景吾に他のメンバーは苦笑した。
「まっ、納まるところに納まった・・ってことだよね。」
「けっ、なんだよ。お前ら、付き合ってたわけじゃなかったのか。激ダサだぜっ」
「E〜なぁ。うらやまC〜!」
滝と宍戸、ジローが感想を述べている横で。
忍足はショックに打ちひしがれていた。
確かに擦れ違っているが可哀相で手を貸してやった。
ふたりが上手くいくよう手助けした自覚はある。
だが、将来まで誓ってしまっては行き過ぎの気がする。
もしも跡部とがまとまらなかった時には、いい人から男へと変化するつもりも少しはあったし。
「ちゃん。人生は長いんやで?お付き合いするくらいにして、婚約とかはやめといたほうが」
「忍足君には感謝してるの。・・・ありがとう。」
それ以上の言葉。もう、忍足には言えなかった。
ニコッと微笑んだ。
そんな幸せそうなピカピカ眩しい笑顔見せられたら・・・もう言葉なんて出んわ。はあ。
「よし、ミーティング始めるぞ。、お前は帰っとけ。歩いて帰るなよ、俺の車を使え。分かったな。」
「はーい。」
ミーティング?
その場にいた3年生が景吾の顔をマジマジと見つめる。
全国大会への道が閉ざされた今。3年生は部室を片付けて出て行くものだとばかり思っていた。
「今さら・・・何するんや?」
「バカな質問するなよ?何故負けたのか、お前らの修正点をあげてある。それを頭に叩き込めっ。
来年は高等部でレギュラー取り、それから全国を狙う。ぼんやりしてる時間はねぇんだよ。」
「跡部・・・」
「新しいチームにも、それなりの道筋をつけてやらねぇとな。
全国には連れて行ってやれなかったんだ。せめて、俺らが持っているものは残してやるさ。」
ふ・・・と、その場にいた全員が口元に笑みを浮かべた。
「まぁな、もちっと長太郎を鍛えときたいしな。アイツのノーコンをなんとかするか。」
「岳人は持久力が課題やなぁ。もちょっと走るか?」
「お前っ、人のこと言えるのか?天才も努力しねぇと花開かないんだぜ?」
「僕はレギュラー復帰に全力を尽くすよ。今度は負けないからね、宍戸。」
「オレさ、オレさ。もっと面白い試合したいんだよねぇ。不二との試合、めちゃ面白かったC〜」
景吾は眩しそうな顔で、それぞれの顔を見渡してから、一度目を閉じた。
次には、強い輝きを放った瞳が前を見据える。
「俺は、もっと強くなる。」
は景吾の隣で微笑んでいた。
ただ黙って。包み込むような柔らかな表情で、景吾に寄り添っている。
ぞろぞろと部室に消えていく部員達の一番最後。
景吾がを振り返った。
「。これで・・・いいんだろ?」
「うんっ!」
ニッコリと微笑んだに、景吾も笑みを浮かべ。
「夕飯、一緒に食べるぞ。家で待ってろ。」
「うん。待ってるね。」
背中を向けながら軽く片手を挙げて、景吾が部室に消えていった。
景吾の目指すものは高い望み。
その隣で、は景吾の望んでいるものを共に見上げる。
ふたりだから、ふたりなら。
きっと、届く。
「ふたり 最終章」
2005.02.10
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