ふたり 14
頂上対決。
関東大会 第一回戦 氷帝 VS 青学
それは、壮絶な戦いだった。
ノーゲームも含めて1勝2敗。
ここでシングルス1、景吾が登場することになった。
相手は手塚国光。
景吾が勝たねば氷帝は敗退する。
手塚が勝てば青学は駒を進める。
どちらも負けられない。
異様なほどに盛り上がる雰囲気に、は息を呑んで両手をぎゅっと握り締めていた。
今朝、早くから景吾の顔を見るために跡部家に顔を出した。
そこには身にまとう空気さえピリピリと感じられるほど張り詰めた景吾がいた。
いろいろ励ます言葉を考えてきたのに、そんな景吾を見たら言葉が出なくて。
は黙って、紅茶を入れて出した。
その紅茶を言葉もなく飲み干して、景吾が席を立つ。
玄関前につけられた車に乗り込むまで、会話らしい会話はしなかった。
運転手が車のドアを開けた時、振り返った景吾と初めて目が合った。
「行ってくる。」
「うん。応援に行くね。」
「ああ。」
頑張って・・・とは言えなかった。
もう、充分過ぎるほど頑張ってきた景吾を見てきたから。
その努力が報われますように。
それが、の願いだった。
ニコッと、花のように微笑んだ恋人に。
景吾もフッ・・・と力を抜く。
運転手もいた。執事もいた。メイドもいた。
だが、景吾はをさっと抱き寄せて触れるだけのキスをした。
「けっ・・・景ちゃんっ!」
「会場で迷子になるなよ。じゃあな。」
慌てる彼女に微笑んで。
景吾は車に乗り込むと・・・もう後ろを振り向かなかった。
ポタ・・・。
が胸の前で握り締めた手の上に、さっきから涙が落ちては流れていく。
「景ちゃん・・・すごいよ・・・」
試合はタイブレークに突入していた。
いったいどれくらいの時間、試合が続いているのかも分からなかった。
永遠に続くかと思われるようなラリーの応酬。
手塚の肩が限界を超えているのは明白だった。
景吾が必死に戦う姿を見るのも初めてだった。
もう、技術とか。どちらが上だとか。
そんなものは考えられないような、気力をぶつけ合った試合だった。
胸が熱くなる。さっきから涙が止まらない。
ただただ、夢中でボールを追い、渾身の力で打ち返す景吾を見つめていた。
神様!勝たせてっ!景ちゃんを勝たせてあげてっ!
二人がボールを打ち込むたびに、ビリビリと何かが伝わってくる。
魂と魂がぶつかり合う空気だろうか。
こんな試合があったんだ。
景ちゃんがあんなに打ち込んだテニス。
凄いよ。
景ちゃんが顔をゆがめて打ちかえす姿を見るだけで、私の胸も切り裂かれるみたいに痛いの。
でも、絶対に見届けるね。
目をそらさず、絶対に・・・最後まで。
「ゲームセット ウォンバイ 氷帝 跡部!」
ウオォォォォォ。と、地鳴りのような歓声がコートを包んだ。
精根尽きた表情の景吾と手塚。
ゆっくりとネットに近づいてきた二人。
景吾は手塚の手を取ると、合わせて空に掲げた。
また、大きな歓声が二人を包む。
その歓声の中。
は頬の涙も拭わずに、二人に拍手を送り続けた。
長い夏の一日だった。
暗くなってから、家に戻った景吾。
「おかえりなさい。」
部屋のドアを開けたら、ちょこんと恋人が座っていた。
部屋の中に満ちる甘い香り。
机の上には、お得意のブルーベリーパイが置かれていた。
試合会場から帰って、直ぐに焼いたのだろう。
まだ温かそうなパイだ。
景吾は黙って荷物を机の脇に置き、ジャージを脱いで椅子にかけた。
景吾の返事など始めから期待していない。
は柔らかな笑顔を浮かべたままで、景吾の背中を見つめた。
あ・・・そうだ。
「景ちゃん、紅茶の準備してくるね。ちょっと、待ってて。」
はソファから立ち上がってドアに向かった。
が、その体は後ろから伸びてきた手に引き寄せられる。
振り向こうとするより早く、乱暴に反転させられて抱きしめられた。
ぎゅうっと・・・息が詰まるほど強く、景吾の腕に締め付けられる。
それでも、は何も言わずに景吾の背中に手をまわした。
体が痛い。
でも、景ちゃんが今抱えている痛みは・・・これぐらいの痛みじゃないだろうから。
この何倍も、何十倍も。彼の心は痛んでいるだろうから。
は僅かに動く手で、景吾の背中を撫でる。
「大丈夫だよ。景ちゃん。大丈夫だよ。」
囁くように、何度も繰り返した。
大丈夫だよ。
手塚君だって、これぐらいで終わる人ではない。
また、きっと。景ちゃんの前に立つ日が来るよ。
大丈夫だよ。
景ちゃんの夏は終わっても。景ちゃんの想いは、後輩に残ったよ。
氷帝は強くなる。だって、あんなに凄い試合を間近で見たんだもの。
来年はもっと強くなって上を目指せる。
大丈夫だよ。
景ちゃんは強い。あんなに熱い試合が出来る。
あんな試合・・・きっと一生見られない。
唯一無二の試合が出来た。景ちゃんだから・・・出来たんだよ。
まだ、道は続いてる。
景ちゃんは、進んでいけるよ。
ね、私は傍にいる。
どんな時も景ちゃんの傍にいる。
だから、大丈夫。
ね、景ちゃん。
「・・・今晩・・・傍にいてくれ」
「うん」
景吾は一晩中、を離さなかった。
ただ、を抱きしめて眠った。
がいる。が分かってくれている。
それだけで良かった。
明け方、自然と朝練に間に合う時間に目が覚めてしまった。
腕の中、寄り添うようにして寝息をたてている恋人の瞼にキスを落とす。
その穏やかな寝顔を見ているだけで、ほっとした。
昨日の試合で軋む体を無理矢理起こして、そっとベッドから抜け出した。
朝陽が昇ったばかりの空は、澄んで鮮やかだ。
窓を開けて、新しい一日の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
氷帝は負けた。それは事実だ。俺の夏が終わった。
もう、朝練に行く必要もない。
だが、新体制に向けて・・・形を作ってやらなければならないだろう。
一年にも成長しそうな部員が何人かいるし、二年のレギュラーを固めていかねばならない。
まだ、やるべきことは沢山残っている。
振り向いて。まだ、すやすやと眠っているを見つめる。
がいてくれて良かった。
愛しさと。
感謝をこめて。
「さんきゅ」
景吾の小さな囁きが、静かな部屋に溶けていった。
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