買い物を済ませて外に出たら、いつの間にか黒い雲が広がってきていた。


にわか雨でも降るのだろうか。早く帰ろう。


とりあえず近くの公衆電話から祖母に電話した。





『今から乗るバスなら大体着く時間が分かるから、雨が降り出したら迎えに行ってあげるよ。』





体を心配してくれているのだろう。
温かい祖母に感謝して『その時はお願いします』と素直に甘えた。





は子供の頃から「おばあちゃん子」だった。
両親が共働きだったから、よく祖母に預けられたせいもある。
昔から、親にいえないことでも祖母にだけは相談できた。





そして、今回も祖母に甘えてしまった。


突然やってきて、すべてを打ち明けた
祖母は皺だらけの手で目元を拭い、のために泣いてくれた。





が決めたのなら・・・そうしなさい。
 ひ孫が抱けるとは、長生きもいいもんだね。』 と最後には笑ってくれた祖母。


だから、は祖母のもとで子供を産もうと決めたのだ。




バスに乗り込んで、買ったばかりの本を広げた。
妊娠と育児の本。赤ちゃんのカラー写真が目を引く。
見ているだけで、抱えている不安は色褪せて・・・幸せな気持ちになるから不思議だ。





景吾に似た子だったらいいな。





思ってから、切なくて目を閉じた。





バスの窓には、ひとつふたつと・・・雨の雫が落ちてきていた。










時計を見て、祖母はゆっくりと腰を上げた。


そろそろ可愛い孫娘が帰って来る時間だ。
大事な体を冬の雨に濡らすわけにはいかない。


少し曲がった膝を庇いながら傘を手に玄関を出た時、家の前に一台の車が止まった。










バス停に下りた
まだ、祖母が来ていないので待つことにした。
幸いなことにバス停には屋根がある。


折り畳み傘を差して行く人、雨に濡れても走っていく人。
それぞれの乗客を見送って、ひとりが残った。


祖母の家からバス停までは、歩いても3分ほどだ。
走ってもたいしたことはないのだろうが、大事な大事な宝物を抱えた体。
そうそう無茶も出来ない。


祖母が現れるであろう方向を見つめていただったが、
ふと足元にタンポポが咲いているのに気がついた。


雨にくもって、すべてがグレーに霞んだ中に鮮やかな黄色。


溢れる生命力と眩しい黄色に、笑みがこぼれた。





ぼんやりとタンポポを見つめながら、トタンの屋根を打つ雨音をきいていた。


久しぶりに聞く雨音。それさえも、今のには慰めだ。





そろそろかな?





気がついて腕時計を見たは、視線を道に戻した。
と、向こうから女物の傘を差した男が歩いてくる。


この雨の中。
かっちりとしたスーツに黒いロングコートを着て、赤い傘を指している姿が目を引いた。


はじっと見つめた。目が離せなかった。


男が段々と近づいて来る。


徐々に確かになってく男の顔。それは・・・





「・・・どうして?」





の脇に挟んでいた本がバサバサと落ちる。
男はバス停の屋根の下まで来ると、赤い傘を閉じた。





、迎えに来た。帰るぞ。」





言葉も出ないの前に立った景吾は、彼女の足元に落ちている本を無造作に拾う。
本の中をパラ・・・と見て、口元を緩めると土を払った。


それを見て我に返ったは慌てた。
居場所を突き止められたのにパニックになっていたが、
何より妊娠していることを知られてはならない。





「あ・・・違うの。それはっあの・・」


「下手な言い訳するだけ無駄だ。生まれるのは夏だってな。」


「・・・・違う・・・」ああ・・・どうしよう。


「何が違うって?お前・・・子供を自分だけで独り占めしようってのか?
 んな楽しいこと独り占めはさせねぇ。」


「景吾・・・」


「俺の子供は、俺のもとで産んで育てろ。お前は、俺の傍にいればいいんだ。」


「だって・・・」





は両手で顔を覆って首を振った。


あなたの愛を疑ったことはない。
景吾なら・・・そう言ってくれると思っていた。


地位を捨ててでも・・・と、あなたなら言うでしょう。


でも、それでは駄目なの。
あなたを犠牲にしては、私の幸せはない。


私は一生、その罪に苦しむわ。
あなたを愛しているから。
綺麗な想いだけ・・・あなたに捧げたかった。


何を踏みにじっても、あなたといたい・・・と思ってしまう汚い気持ち。
それは、自分が許せない。





「馬鹿だな、お前。」





泣きじゃくるに手を伸ばし、その懐かしい体を抱きしめた。
逃げようとするの髪を撫でて頬を寄せ、落ち着かせながら言葉を紡ぐ。





「親も会社も、ちゃんと話をつけてきた。
 俺は欲張りだからな。何かを得る代わりに何かを失うのは気にくわねぇ。
 だから・・・お前を傷つけるものは、もう何もない。
 お前は、ただ俺のもとに来ればいいんだ。そして、一生・・・俺の傍にいればいい。」


「ほん・・とに?」


「クッ。だいたい・・・お前、本気で俺から逃げられると思ってるのか?不可能だぜ?」





しゃくりあげる細い肩。
痩せたであろう背中を撫でながら。





心を込めて、願いを捧げる。


たった一人の、愛した人に。





「愛してるんだ、。俺と結婚してくれ。」










ずっと前。


お前は腕の中で、まどろみながら囁いた。


『私たち・・・出会ったことが奇跡ね』と。


出会ったことが奇跡なら。


その奇跡、俺がこの手で守ってみせる。





いつだったか、お前のことを花だと思った。


俺は、お前という花に降り注ぐ陽射しとなろう。


愛という温かい光りでお前を包んでやる。


だから・・・ずっと笑ってろ。


可憐に、美しく、そして優しく。俺のためだけに・・・ずっと笑ってろ。


・・・俺だけの花。










抱きしめた腕の中。


やっと笑顔を見せた恋人と口づけを交わした。





「景吾。愛してる・・・。」





甘い彼女の吐息と共に。















デジャヴ?





春の海。
少し離れた場所に立っていたは不思議な感覚で二人を見ていた。


久しぶりに取れた休暇。
やんちゃな息子に強請られて、父親はペンション一軒まるまる借りきってしまった。


まだ水は冷たいだろうに。
靴を脱ぎ捨て、ズボンの裾をめくりあげて波打ち際で遊ぶ親子。


祖母によると『ここまで似た親子も珍しい』らしい。
お姑さんにも『景吾の子供の頃にソックリだわ』と笑われた。


きゃあきゃあと、はしゃぐ子供の甲高い声が浜辺に響く。
負けずに喜んでいる景吾は、父親というよりは友達状態だ。





「ねえ、パパ。綺麗な石、拾おうよ。」


「いいけど、なんでだ?」


「綺麗な石をママにプレゼントするの。それで、ママが気に入った石を選んでもらって。
 勝ったほうがママにギュッしてもらうの!」


「はぁ?お前、いつもギュウしてもらってるだろうが。」


「じゃあ、チュッもしてもらう。」


「ふーん。俺は、いつもしてもらってるぜ?」


「っ!ぼ・・・僕だって、してもらってるもんっ」


「お前、ほっぺだろ?俺は、口にしてもらってるぜ?」


「じゃっ、僕が勝ったら口にチュッしてもらうっっっっ」


「子供が生意気なこと言ってんじゃねぇよ。」





体を折って、幼い息子と視線を合わせながら話す彼。
悪戯っぽい笑顔で、声を立てて笑う。


柔らかな陽射し。
鏡のように光を映して輝いている穏やかな海。


いつか見た・・・幸せ。


夢のような幸せが確かにある。





「ママ〜!こっち来て!どっちの石が綺麗か見てよっ」


!お前も、靴なんか脱いじまえっ。ほら、来いよっ」





二人が期待した瞳をキラキラさせて、同時にへと手を伸ばした。





泣きたくなるような幸せを抱きしめて、が微笑む。





サンダルを脱ぎ捨てて。





伸ばされている手に向かって歩き出す。





二人に向けられた笑顔は、花のように美しかった。




















「花」完結

2005.1.24 

好きです。この話。




















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