花が咲く 最終回










学校の屋上につくまで、貞治はろくに口をきかなかった。
私の腕を掴んだまま、片手にはサボテンの鉢を持ったまま歩き続けた。


重たい鉄の扉を開けば、まだ冷たい風が私たちの間を吹き抜けていく。



「寒くないかい?」



そこで初めて振り返った貞治の眼鏡の奥の瞳は優しくて、私は子供みたいに頷いた。


肩を並べて高いフェンスの前に立つと遠くに土手が見えた。
今は寒々しい木々が並んでいる土手も、もうすぐ見違えるほど美しい色になる。
春には見られるだろう、桜並木のトンネルに零れてくる日差しの輝きまで目に浮かんだ。


貞治は私の腕を放し、足元に不二君のサボテンを置いた。
そこでやっと体の力が抜けたのか、大きく伸びをする。


真っ直ぐ空へ伸びる長い腕と男の人らしい広い肩幅。
ランドセルを背負っていた頃は、ただ痩せてひょろっとしていたのに。


いつの間にか隣に立つ人は、ひとりの男になっていた。



「貞治、大きくなったね。」
「それは親戚のおばさんが言うセリフだろう?」


「だって貞治は知らないうちに大きくなって、大人になって。
 なんでもかんでも私を置いて、どんどん先に行っちゃう。」



いつも私は置いてきぼり。
体格でも、夢でも、恋でも、私より先に掴んでしまう貞治。
拗ねたみたいな口調になってしまう自分は子供なのだと、ますます情けなくなる。


貞治は意味が分からないというように私の顔を見たけれど、ふっと口元をゆるめた。



「そんなことないよ。俺はいつでもを待ってる。」
「嘘つき。」


「嘘じゃない。が待ってくれって言えば、俺は直ぐに手を差し出すよ。」



ほら、こうやってね。



そう言って、私の前に貞治の大きな手が差し出された。



「念のため訊いておくけど、は不二のことが好きなのか?」



胸がドキドキしてきた。
遠慮がちに首を横に振り、ただ差し出された貞治の手ばかりを見つめる。



「もしかしたらと思ってたんだけど、それなら良かった。
 じゃあ、もう一つ。は・・・」



おずおずと顔をあげた。
貞治の顔を見なければと思った。



「俺のことをどう思ってる?」



見上げた貞治の顔は酷く真剣で、私の頭に三年前の春が蘇る。
薄紅色の桜が貞治の制服に落ちて、空が青くて、ただ美しくて切なかった。


もう一度、チャンスを与えられたのだと思った。


今度は間違わない。
二度と後悔はしたくない。


差し出された、この手を・・・



「大・・好きだよ?」



うん、と貞治が頷いた。


差し出されていた大きな手が、震える私の左手に伸びてくる。
寒さなのか、緊張のせいなのか冷たく凍えた手が、ほんのりとした温もりに包まれた。


貞治は私の指先だけを遠慮がちに握り直すと少しだけ微笑む。



「俺ものことが好きだよ。」



あの頃からずっとね、と最後に貞治は小さく付け加えた。










今年も桜が咲く。


自転車を押して歩く貞治の隣で、蕾の膨らみ具合を確かめるのが癖になってしまった。
貞治は眩しそうに空を見上げ、憂鬱そうに溜息をつく。



「桜が咲くたび、に振られた日を思い出して嫌な気分になるんだ。」
「そ、そんなこと言わないでよ。私だって同じだったんだから。」


「それは、なんとなく感じてた。
 お互いが触れないようしてた分、居心地の悪い季節だったね。」


「今年から違うよ、多分。」
「そうだね。花が咲いたら、トラウマの克服に手でも繋いで歩こうか?」 



いいねと私が笑えば、貞治が嬉しそうに瞳を細めた。



大事に育てれば場所は問わないだろうと、不二君のサボテンは貞治の家に持っていかれたまま。
あれは誰にあげたんだと詰め寄られたテニスラケットのストラップは、二人の携帯で揺れている。
寒くてもマフラーをしないのは、恋愛感情を持てないまま付き合ってしまった元のカノジョに対する気持ち。



私の気持ちは貞治に伝わっていた。



『ただね、百パーセントと思うまでは告白なんて出来なかった。
 だってそうだろう?二度目も駄目だったら、今度こそ立ち直れないよ。』



貞治は笑って言ってたけれど、それはとても勇気のいることだと思う。
半分は言わされたみたいな形だったけど、私から『好き』と伝えられて良かった。





、ひとつだけ咲いてるよ。」


「え?どこ!」
「そこ。」



貞治が指さす方を見上げれば、気の早い桜が一輪だけ咲いていた。



「本当だ、貞治」



大喜びで報告しようとしたら視界にメガネを外した貞治が入ってきて、
何でメガネを・・・と思った時には柔らかく唇が重なっていた。





ねぇ、もう大丈夫。
桜の花が咲いても、きっと幸せな記憶しか思い出せない。




















花が咲く 最終回 

2008/02/16

700000HITキリリク 菘さまに捧げます



















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