ガラスの向こう。
保育器の中で小さな小さな『ひかり』が泣いていた。


ガウンにマスク、帽子をかぶった大石が保育器の中に手を入れて、そっと小さな命を抱きあげる。


驚いたのだろう。
手足をバタバタさせて、体中を真っ赤にして更に大泣きしている。


大石がガラス越しの二人に微笑みかける。
小さな命の両親は穏やかに笑って「ありがとう」と口にした。



それは、その子の分娩予定日であった真夏のこと。










          光り 最終回










ここの本屋は十数年たっても変わらない。
新しい紙とインクの匂いに満ちた店。
ちっとも繁盛していそうにないが何故か潰れない。
さすがに店主の白髪は増えたが元気に過ごしている。



ひとつ変化があったとすれば、可愛いお客さんが一人増えた。



休日の昼下がり。
店主は膝に幼子を乗せて絵本を読んでやっている。
歳よりも随分と小柄な男の子だが好奇心いっぱいの瞳をキラキラさせて絵本を食い入るように見ていた。
本屋に差し込む柔らかな陽の光りに幼子の髪が薄茶にすけて美しい。


店主は子供特有の愛しい香りと高い体温を抱きしめながらページをめくっていく。




「そして、冬。枯れていく小さな花は呟きました。


 名前も知らない小さな私を慈しんでくれて本当にありがとう。
 小さくても確かに私はここに生きてきた。
 私はもうすぐ枯れてしまうけれど命は続いていく。
 だから悲しまないで。
 来年の春、さ来年の春も、そしてまた次の春も、私であって私ではない新しい命が芽吹き、生きていく。


 あなたならまたきっと私を見つけてくれるでしょう。


 そして再び、あなたの美しい黒髪に小さな白い花をかざってあげましょう。」





息を詰めていた幼子は「おしまい」の言葉を聞いて小さく身じろぎした。
物語の余韻を確かめるかのように小さな紅葉の手を伸ばし綺麗な挿絵に触れる。



「お花さん、枯れちゃった?」


「そうだね。枯れてしまった。」


「どうして?どうして枯れたの?また生き返る?」


「生き返りはしないよ。どんなに小さな命にも必ず終わりがある。
 でもね、必ず残せるものがある。続いていくものがあるんだよ。」



幼子はきょとんとして小さな体を捻り店主を見上げた。
ふっと店主は微笑むと幼子の頭を優しく撫でる。



「おじいちゃんの読んだ物語が、君の心に何かを残していくのも同じ事だ。
 今は分からなくても・・・いつか分かる時がくるよ。」


「うん。」



素直な子はニコッと笑って納得した。
とにかく絵本の色が美しかったから、それに目を奪われていた。



は静かな店内に囁かれる二人の会話を聞きながら、
自らが手がけた新人作家の本に『お薦めの理由』を書いてクリップで留めた。



ここは何時訪れても落ち着ける場所。
息子にとっても、いづれはそうなるだろう。
もう少し大きくなったら『ここがパパとママが出会って恋をした場所なの』と教えてあげたい。



すべては、ここから始まった。
偶然に出会って、心惹かれて。恋をした。ああ、私はずっと前から片想いをしてたけど。
でも、ここで彼を知って・・・もっともっと好きになった。
想いを通わせて。


だけど夢を叶える為に一度は別れて。
彼を待っていた。
ずっと褪せることのない想いがあった。


再会したのもここ。プロポーズも。
結婚をして、傍にいられるようになって。


そして・・・光りを授かった。



私たちの光り。



本から顔を上げ入り口に目をやれば、カウンターで店主と我が子の姿が光りに包まれていた。
あまりに優しい光景だったから涙が出そうになる。
きっと一生忘れられないと思うほど美しい一瞬だった。



ガタガタ、と音がして。
ちょっと建てつけが悪くなっている入り口のガラスドアが開いた。



「お父さん!」



幼子は店主の膝から飛び降りて、入ってきた長身の父親に抱きついた。
ひょいと軽く抱き上げるてやると子供は歓声をあげて首に巻きついてくる。
ヨシヨシと背中を撫でて落ち着かせながら、いつもと変わらぬ店内にホッとする手塚だった。



「すみません。ここを待ち合わせ場所にしてしまって。」
「いやいや。こっちこそ、お願いしてでも来て欲しいんだから遠慮なく。それに、ちゃんを働かせてるしね。」



店の奥に目をやればエプロンに白い手袋をしたが慣れた手つきで本を整理しながら微笑んでいた。
その懐かしい姿に手塚は目を細める。



高校時代・・・あの姿にどれほど恋焦がれたことかと思う。



あの恋が、自分たちのすべてだった。


腕の中にある愛しい重みも、あの恋があったからこそだ。



言葉にはしなくてもの表情で同じことを考えている事を知った。



「よし、と。みんな揃ったし。奥でお茶でもしようかね。ちゃん、表に臨時休業の札を出しといて。」
「え?いいんですか?」


「一時間ぐらい休業しても変わらんよ。」
「もう・・・」



呆れながら、勝手しったるカウンター脇から木の札を出して表にかけるとカーテンを閉めた。
夫と息子は楽しげに話しながら店主の後に続いている。





幸せ、だと。は心から思った。




















「 光り」 

2006.02.09 

Thank you 160000HIT present to Haruka




















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