瓢箪から駒 最終話










本当なら外に出て記念写真を撮るのだそうだが、人に言えない事情のある私たちは早々に式場から退散した。


控室に戻って、まずやること。



「うわっ、危ないなぁ」



薬指に中途半端にはまっていた結婚指輪を引き抜き、乾の顔をめがけて投げてやった。
視力が悪い癖に、難なく小さな指輪を掴みとるから憎たらしい。



「どういうことよ、あれ」



鬱陶しいベールをめくりあげて乾に詰め寄った。



「あれ?ああ、しょうがないだろ。君の指が太くて入らなかったんだから」
「それも腹立ってるけど、それじゃないっ」



悪びれもせず的外れなことを言うのは、わざとかと睨む。
すると、笑った乾が「キスのこと?」と訊いてきた。


さらりとキスを言葉にした乾に、ひく。
訊かれた私の方が恥ずかしい。



「ちょっとしか触れてないだろ?可愛いな、いい歳して」



咄嗟にドレスの裾を捲りあげ、白のヒールを乾に蹴り飛ばす。
それは目にもとまらぬ早業だったと後で乾がぼやいていた。





とんでもない男だ。
他人の目を欺くためには何でもするらしい。


ああ、それはそうか。替え玉で結婚式までする男なんだから、当然と言えば当然だ。


思い至れば、すごく悔しくなった。
最低の男に偽りのキスをしかけられ、ちょっぴりときめいた自分に腹が立ってしかたなかったからだ。





私がヒールを蹴り飛ばした直後に、式場のマネージャーさんがやってきた。
転がる靴に、向う脛を押さえて痛みに耐える新郎を見ても、笑顔を絶やさないのは流石だ。



「あの・・披露宴の方ですが、お色直しなどは予定通りされますか」
「披露宴?披露宴もするの?」



驚いた私の声は大きくなる。
えっという表情をして、マネージャーは乾の顔を見た。
乾は私のヒールを手に、しかめっ面でヨロヨロと立ち上がると頷いた。



「この際ですから、全部を予定通りにやってください」
「冗談でしょう?さすがに披露宴だと顔だって見せないわけにいかないし」


「まぁ、なんとかなるだろ」



信じられない乾の言葉に、私はマネージャーさんに掴みかからんばかりの勢いで迫った。



「聞きました?なんとかなるって、なんとかなると思いますか?」
「あ、いえ・・その。ど、どうでしょう」



詰め寄られたマネージャーさんが助けを求めるように視線を泳がせる。



「私に覆面でもして披露宴に出ろってことでしょうかね
 第一、私はタダのお友だちであって、乾にここまで付き合う義理もないんですよ」



そうだよね、乾。



勢いよく振り返って乾を睨むと、まぁねと気取った仕草で肩をすくめた。



「あれは大学三年の時だったかな。君は大事な大事な菌を全滅させたことがあった
 前日の合コンで飲みすぎた君は二日酔いで、.温度調節を誤ったんだ
 あの時、このままじゃ教授に会わす顔がないと泣き崩れる君に
 僕が大事に大事に育てた菌を分けてあげた
 ずいぶんと巨大なコロニーに成長させた素晴らしい菌だったのに

 ああ。それよりずっと前にも、こんなことがあった
 君はコーラをまき散らして先輩が用意していたシャーレをコーラ漬けにした。あの時も俺が」


「わかった。やればいいんでしょ」



私の隣でマネージャーさんが笑いをこらえていた。
ええ、ええ。恩を返す時が、今なのね。





披露宴会場から人のざわめきが漏れ聞こえてくる。
白無垢に角隠しは下を向いてれば顔が見えないようだけど、かつらの重みで首が折れそう。
これでもかと塗られた白粉と化粧に、私の顔は埋没していた。


スタッフに促され、乾は真っ白に塗られた私の手を優しく取る。



「手が冷たいね。緊張してる?」



穏やかに訊ねてくる乾の声に、小さく深呼吸をした。



「まぁね。大きな会場で研究発表する時ぐらいには緊張してるかな」
「この前、雑誌に載ってた君の共同研究のやつは読んだよ。あれ、面白いね」


「そうでしょ。でも、アメリカの方が先に行ってる」



緊張をほぐそうとしてくれているのかな。
大学に残った乾と、他の研究所に就職した私。
道は少し違ったけれど、興味があるものは近くて理解がある。



「新婚旅行だけど」
「急に話が飛ぶわね」



目の前にある重厚な赤い扉を前に、淡々と会話をする私たち。
これがいつもの距離で、いつもの私たち。
重なった手、以外は。



「君と近い研究しているトムソン教授のとこに行くんだ」
「嘘!本当に?どうやってアポ取ったのよ」


「大学の別の分野に教授と繋がりがあってね、そのツテ」



なんて、うらやましい。が・・・



「ねぇ。まさか、新婚旅行の目的がソレだけってないよね?」
「いや、それだけだけど。あそこの大学周辺には観光地なんてないし」


「それさぁ、新婚旅行じゃないでしょう」
「彼女が好きに決めていいと言ったから、旅行は自分で計画を立てた」



結婚式の準備は親任せだったのに、自分の好奇心を満たすためなら動くんだね。
一生に一度の新婚旅行が大学の研究室だなんて、そんなの興味のない人間には面白くも可笑しくもない場所だ。



「乾…花嫁に逃げられるのも当然だったね」



正直に告げてやったが、乾は小さく笑うだけだ。



司会の声が、新郎新婦の入場を告げていた。
控えていたスタッフが脇に立ち、にこやかに扉を開くタイミングをはかっている。











唐突に名前で呼ばれて、重い頭を乾に向ける。
乾は真っ直ぐに前を向いたまま、一点を見つめて口を開いた。



「新婚旅行、一緒に行こう」



目を見開く私の前に光りが溢れる。
開かれた扉の向こうには、新郎新婦の門出を祝う人々の拍手。





ぎゅっと重ねた手を乾に握られ、鼓動がはねた。




















瓢箪から駒 最終話 

2013/07/25




















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