瓢箪から駒 3
憧れのウェディングドレス。
友だちの結婚式に呼ばれるたび、私なら・・と夢に描いてきたドレス。
なんていうか、これ。
私の趣味じゃないんですけど。
「そう?まぁ、少し君には可愛すぎる気もするけど似合ってるよ」
乾は笑みを浮かべて言うけれど、
胸元に白い花が幾つも咲く可愛いデザインが全くもって私に合っていないのは明白だった。
着せてくれたスタッフの女性も微妙な顔をしていたし。
ウエストはきついのに胸元は余ってるって、どういうことよ。
「随分と可愛らしくてスタイルのいい人に逃げられたのね」
八つ当たりで乾に嫌味を言ってやる。
あとね、ご祝儀は渡さないんだから、絶対!
「そう・・かな?あまりよく憶えてないけど」
「はぁ?ドレスを一緒に選んであげたりしなかったの?」
「いや。お互いに忙しいから、各自でってことになってね。俺は母親が準備してくれた」
と、乾は自分のタキシードを見下ろして言った。
ありえない。
乾はマザコンだったのか?そういえば付き合う女は年上ばかりだった。
自分では何もできない最低男だったんだ。
自然と視線に軽蔑の色が浮かんでいたのだろう。
乾は人の顔を見て「いや、単に面倒くさかったからだよ。親の方が乗り気だったしね」と言い訳じみたことを言った。
こりゃ逃げられて当然だと溜息をつき、自分の花嫁姿を見つめる。
今朝まで自分が花嫁になるとは夢にも思っていなかった。
逃げた花嫁が着るはずだったドレスを着て、腐れ縁の男友達と偽りの結婚式をする。
「人生って、何が起こるか分からないものね」
呟きは乾にも聞こえていたらしく、まったくだと同意が返ってきた。
できるだけ分からないよう花やベールで顔を隠して式に臨んだ。
乾と花嫁のお母さんに申し訳ないと泣かれ、それはさすがに可哀想で代理を立派に務めなくてはと思う。
真っ赤な絨毯の上を逃げた花嫁のお父さんと歩く。
すみませんね、本当にすみません。ここでもお父様が小さく何度も呟くから、心から同情した。
ドレスと同じくサイズが合ってない靴が歩きにくくて、転ばないことに意識を集中して歩く。
やっとこさたどり着いた壇の前には、悲壮さの欠片もない乾が待っていた。
「今度、なにか奢るよ」
ボソッと呟かれた言葉。
これが奢るで済む話か?
隣でボケたことを言う乾の足を踏んでやりたいと思いつつ、何も知らない乾側の親族たちに笑顔で会釈した。
式は粛々と進む。
牧師さんは事情を知っているのだろうか。
知らされてなかったとしても、神と人を欺くことには変わりなく、それに気づいた私は青くなった。
罰が当たりそうじゃない?本当の結婚できないとかさ。
では、誓いの言葉をと読み上げる紙を渡された。
これっぽっちの躊躇いも見せず乾は淡々と誓いの言葉を朗読する。
私は神罰を恐れ、できるだけ小さな声でボソボソと曖昧に読んだ。
視界に入った花嫁側の御両親は伏せ目がちに項垂れている。
酷い茶番なのだが、それでもやり遂げなくてはならない。
乾だって辛いよなぁと視線を流せば
思いのほか楽しそうな顔をした乾の横顔があった。
相変わらず、よくわからない人だ。
次は指輪の交換。
これが終わると先が見える。
本当は最後にベールを上げて誓いのキスで大盛りあがりなのだろうが、
ベールを上げると替え玉が分かるのでキスもなし。当然だ。
もうちょっとの辛抱だと自分を励ましていると乾が指輪を手に片眉を上げた。
めずらしそうに結婚指輪をジロジロと眺め、小さいな・・・と呟く。
差し出された指輪を見ると、なんともまぁ相手の方は華奢な人だったのねと思わせるサイズ。
それでいて胸が大きいなんて世の中は不公平なのだが、今の問題は私の指には絶対に入りそうにないこと。
私の左手をとった乾は、女にしては節のあるゴツい私の指をマジマジと見つめ、
それから再び指輪を眺めて難しい顔をしている。
入らないよねぇ・・と怯む私に対し、乾は「まっ、いいか」と聞こえてきそうな顔で果敢にチャレンジを始めた。
ちょっと、ちょっと。そんなにギュウギュウ押し込んだって、第二関節からは進まないってば。
痛い、痛い。鬱血しちゃうよ。
内心で悲鳴を上げる私をよそに努力を重ねた乾だったが、途中で無理だと分かったらしい。
輝く結婚指輪は指の途中で立ち往生していたが、「もう、いいや」と顔に書いて手を離した。
ふうと息を吐き、今度は乾の指輪を手に取り薬指にはめていく。
こちらはサイズが合っているはずなのだが、微妙に入りづらい。
他人の指に指輪をはめるなんて経験しないし、慣れていないから仕方ないのか。
それにしても根元までって難しいな。
ぐいぐいと押し込んでいたら乾が小さく呻いた気もしたが、根性で指輪をはめてあげた。
大仕事を成し遂げた気分で晴れ晴れと乾を見上げると「ひどいじゃないか」と抗議するような目をしていたが
お互い様だったでしょと無視することにした。
さっさと視線を牧師さんに向け、さぁ終わってくださいと無言の催促をしたのだけれど
横から伸びてきた手が私の肘を掴んできた。
なによ、と顔を向けると、
さっき強引にはめたばかりの結婚指輪がベールの内側に入ってくる。
養蜂所で働くおじさんのごとく、完全武装でたらしたベールにかかる指。
ぎょっとして身を引く私の腕を離さずに、乾は中途半端にベールを上げると
長身の体を折り曲げて頭だけをベール内に侵入させてきた。
「い、乾っ」
眼鏡の奥の黒い瞳が楽しそうに笑っている。
あ、これは研究中に何か面白い発見をした時と同じ顔だ。
思った時には乾の顔が今までにないぐらい近くて、咄嗟に目を閉じて歯を食いしばった。
触れたのは一瞬。
それも唇の端というか、頬に近い。
すっと離れていき下ろされたベールは、他の視線を遮るだろう。
ベールの中で呆気にとられている私の顔も。
瓢箪から駒 3
2013/07/25
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