瓢箪から駒 2
とにかく直ぐに来てと言われてタクシーに飛び乗ったが、目的地へ向かううちに段々と頭が冷えてくる。
花嫁に逃げられて、どうして私が会場に駆けつけなくてはならないのか?
当然な疑問だと思われたので、タクシーの中から乾に電話をした。
が、現場は混乱しているのか(そりゃそうだ。花嫁に逃げられたんだもん)乾は出ない。
あと一時間ほどで結婚式が始まる予定だったはずだ。
考えただけで恐ろしい修羅場なのだが、悪いと思いつつ、ちょっと笑ってしまった。
あの乾が普通に結婚できるはずがないと思っていたけど、やっぱりだ。
逃げられたか、乾。どうせなら、もう少し早くに逃げてほしかったね。
さて、どうするのだろう。
花嫁は急病で・・とかになるのかな。
不謹慎にも花嫁に逃げられた乾の心配より、好奇心が先に立つ私だった。
会場につき、乾家と書かれた方へ向かっていくと礼服を着た人が深刻な表情で電話をしている。
きっと乾の親族なんだろうなぁと同情していたら、
ネームプレートをしたスタッフらしき人が私の姿を見るなり駆け寄ってきた。
「様ですか?」
「そう・・ですけど」
「お待ちしておりました。こちらへ」
明らかに安堵したふうのスタッフは丁寧に奥の部屋へと案内してくれた。
さぁさぁと通された扉の向こう、そこにはタキシード姿の乾が立っていた。
花嫁に逃げられた男の第一声は。
「やぁ、急がせて悪いね。道、混んでなかった?」
「道ねぇ。まぁ、普通というか・・休日だから、それなりだったけど」
やぁ、と常と変わらず挨拶されてしまって、さすがに戸惑う。
なかば他人の不幸を笑っていた私だったが、この部屋の重い空気には顔がひきつってしまいそうだ。
さばさばした乾の後ろでは、項垂れる黒留袖の女性が目にハンカチをあてている。
その隣には苦虫を潰したような顔の男性が会場のスタッフと何事か話し込んでいた。
「た、大変だったね」
「まあね」
声を潜めて労わったのに、乾ときたらフツーに答えた。
「まあねって。どうするの、これから」
「うん。とりあえず式はする」
「ええ?とりあえずって、奥さんっていうか・・相手の人は見つかったの?」
「いや。親戚中が探し回ってるけど行方不明。どうも、教え子と駆け落ちしたらしいよ」
ぎょっとして乾の顔を見たら、内緒の話を教えるみたいに声を小さくする。
声を潜めるのは今じゃないだろとは思ったけど、乾は淡々と事情を説明してくれた。
相手の女性は高校の先生だったそうで、元教え子と交際していたらしい。
まだ大学生の元教え子とは先がないとお見合いをしてみたものの、やはり別れられなかった。
というか、情熱的な年下の恋人が花嫁をさらっていった。
「やだ、素敵」
つい本音を漏らしたら、乾が「若いからねぇ、行動力が違う」などと感想を述べている。
「で、どうするの?」
背後で嘆く親族を気にして小さく問う私に、乾が爽やかな笑みを浮かべた。
「代理花嫁をたてる」
「うそ。そんなことできるわけ」
「やらないと不味いらしいよ。むこうは学校の校長やら、近所の偉い人を招待しててね
うちの方も、やっと結婚が決まったって、遠くから親戚が来てるんだ」
「そういう問題じゃないでしょう」
「両家とも、この期に及んで体面を保ちたいのさ」
「金屏風の前に別人が座ってたら体面を保つも何もないでしょう?」
「気づいても知らないふりをしてくれるのが大人だろ」
そんなものだろうかと考えて、確かに『そうかも』と思う。
駆け落ちしたのが乾の方だったとして、金屏風の前に別人が座っていても騒ぎはしないだろう。
何があったんだとぐるぐるしつつ耐えると思われた。
まぁ、乾側の招待客は殆どが花嫁の顔を知らないだろうから代理花嫁でも形にはなるか。
「で、代理の花嫁は誰に」
言葉にしながら、嫌な予感がした。
見上げた乾が笑顔だから。
コイツが爽やかに笑う時、だいたいにおいてロクなことがないと。
瓢箪から駒 2
2013/07/25
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