確率は100パーセント 最終回
「誓いのキスを練習しておこうか?」
言うなり顔を近づけてきた乾をとりあえず突き飛ばしておく。
酷いなぁとボヤく声を背に、ステンドグラスから差し込む美しい彩りに見惚れた。
結婚って、思った以上に大変だ。
両家の顔合わせが済んだと思ったら、直ぐに式の準備がスタートしてしまった。
別にデキちゃってる訳でなし、なんでそう急ぐのかと不思議なほど周囲の動きは早い。
私は乾に言われるままに西へ東へと連れまわされていた。
「気にいった?ここはホテルのチャペルと違って、本物の教会だからね」
「素敵だけど、私・・・クリスチャンじゃないわよ?」
「俺だって。実家は思いっきり仏教だしね。」
「じゃあ駄目でしょ」
「神様ってのは心が広いらしいよ。求めよ、さらば与えられん」
もっともらしく語る乾だが、ちょっと強引だろうと思う。
「なんなら神社で白無垢姿になってみるかい?」
「確かに乾にはタキシードより袴が似合いそうよ」
「う〜ん。ウェディングドレスと白無垢か、悩むなぁ」
「乾が悩まなくていいから」
ああでもない、こうでもないと言いながら今日も貴重な休日が終わっていく。
乾が運転する車の助手席にもすっかり慣れ、ウトウトしているうちに着いてしまう彼のマンション。
「、着いたよ。ほら、起きて。起きないと襲うよ」
今さら襲われても平気だと心地よい眠りの沼に身を沈めれば、柔らかなキスが目元に落ちてくる。
そんな優しい仕草を受けるのが、とても好き。
乾の傍は心地よくて、きっともう離れることはできないのだろうと思う。
それは少し窮屈で、怖くて。
だけど・・・幸せだ。
「お姫様抱っこでエレベーターに乗ってもいいのかい?」
「ダメ・・・」
「なら部屋まで歩いてくれると助かる」
「わかった」
あくびを噛み殺し助手席から外へ出れば、地下の湿った空気が身に纏わりく。
最近まで知らなかった景色が、今は見慣れた場所へと変化していく。
こうやって乾が見てきた景色は私のものとなっていくのだろう。
前を歩く大きな背中。
ずっと見てきたくせに、なぜこうも今は愛しいと思えるのだろうか。
恋とは恐ろしいものだと自分の頭の中に起こっている現象に呆れてしまった。
「眠いんじゃなかったのかい?」
「眠い」
台所でコーヒーを淹れる乾の背中から直の声を聞く。
好きだと思えば甘えたくなることもある。
こんな私でも乾は笑わずに受け入れてくれることが少しずつ分かってきたから。
背中にひっつく私をそのままに作業を続ける乾は楽しそうだ。
「教会か、神社か・・・どうしようか?」
「どっちでもいい」
「本当に?なら俺の独断で決めても文句言うなよ?」
「それは分からない」
「ねぇ」
マグカップを両手に乾が歩きだせば、その腰に手をまわして背中にへばりついたまま私も移動する。
なんだか本当に眠くて、心地よくて、ずっと背中にひっついていたい気持ち。
カップをテーブルに置いた乾が私の手に自分の手を重ねてきたと思ったら、素早く体の向きを変えてきた。
ああ、抱き心地のいい背中が・・・と残念に思ったけど、すぐに温かな胸が与えられる。
ふんわりと抱きしめられて額に唇が落とされたら、もう前でも後ろでも何でもいいやになってしまった。
乾なら何でもいい。
「今日は甘えるんだね。どうしたの?」
「眠い」
「眠いからなんだ?なら年中眠いままだと俺は幸せなんだけど」
「馬鹿みたい」
「本当にね。俺は馬鹿みたいに君が好きだよ」
「そうなんだ」
「そうそう」
「私も」
乾の腕の中に潜り込むように鼻先を埋め、呟いた。
なのに突然胸から乱暴に引きはがされて「本当?」と訊かれる。
なにやら目を丸くした乾は間抜け面だが、本人は真剣な様子だ。
「な、なに?」
思わず私も聞き返す。
乾ときたら言葉がうまく出ないという感じで唇は半開きのままで瞬きを忘れてる。
「は・・・俺のことが好きか?」
大真面目に尋ねられた言葉に私は怯んだ。
眠気も吹っ飛びそうな乾の切羽詰まった様子に戸惑う。
「俺が好き?好きになった?」
「えっと・・・嫌いな男とは結婚しないよね、普通」
「そんな答えが聞きたいんじゃない。好きなのかと訊いてるんだ!」
な、なんで怒ってるの?
掴まれた肩が痛いほど、力が強くこめられている。
なにが乾の逆鱗に触れたのかは分からないが、うまく誤魔化せるような雰囲気ではない。
急に胃の辺りがキュッと痛み、泣きそうなってくる。
それでも負けたくないと乾から目を逸らさずに答えた。
声は小さくて、少し震えていたかもしれないけれど・・・
「好きよ」
時間が止まったかのように私を凝視していた乾が、ガクッと項垂れた。
なにがどうしたのかと思うより先に肩が揺れ始めて、乾が笑っているのだと気付く。
からかわれたのだと分かり文句の一つでも言ってやろうと口を開いた時、再び体を引き寄せられた。
「痛っ」
乾の鎖骨に額がぶつかった。
抱き潰されそうなほど強く抱きしめられて言葉も出ない。
息が苦しくて逃れようとすれば乾の腕の力はますます強くなる。
「ちょっ、乾っ」
「初めて好きだって言ったね」
「ええ?」
「やっと・・・好きだと言ってくれた」
あれ、言ってなかったっけ?
心の中では何度も思っていたから、もう口にしていた気分だったのだけど。
「好きじゃない男と結婚するほど、私はお人好しじゃないよ?」
「いや。君なら好きでなくても『まぁいいか』で結婚しそうな気がしてた」
そんな酷い女だと思っていたのか、私のこと。
そう抗議をしてもよかったが、抱きしめてくる乾の腕の強さが段々と心地よくなってきて言葉が出ない。
「俺の手に堕とす方法には自信があったんだ
結婚までこぎつけたなら君は生涯俺だけのものになるってね
だけど本当は何よりの気持ちが欲しかった。俺を好きだと思って欲しかった」
「そんなの言葉にしなくても分かりそうなものなのに」
私の呟きに、乾がムッとしたのが合わせた胸越しに伝わってくる。
案の定、拗ねたような声が頭の上から降ってきた。
「そうなのかなと自分で思うのと、言葉にしてもらうのとは重みが違うんだよ
刑事事件だってそうだろう?状況証拠より、自供が大事なんだ」
「変な例え」
私が笑えば、少しだけ腕の力が柔らかくなった。
「とにかく言葉にしてもらえると嬉しいんだよ。わかったかい?」
「察しの悪い人って嫌い」
「・・・」
天の邪鬼な私が意地悪を言えば、あっさりと体を離した乾が唇の端に笑顔を浮かべて私を見下ろしてきた。
その笑顔に嫌な予感がして逃げようとしたけれど、直ぐにウエストを捕まえられて抱きあげられる。
「悪い子にはベッドで口のきき方を教えてあげなくてはね」
「ま、待って」
「は眠いんだろう?ちょうどイイじゃないか。俺が寝かせてあげるよ」
「いいって、帰って寝るから」
「このまま帰すわけないだろう?今度は『愛してる』って言わせるんだから」
「そんな恥ずかしいこと、言うわけないでしょう?」
「いや、君が言う確率は・・・」
100パーセントだよ
寝室のドアを片手で押しながら、嬉しそうに乾が笑った。
確率は100パーセント
2008/07/07
長く連載にお付き合い頂きありがとうございました。
このまま続けても新婚さんのベタ甘話になるだけなので最終回にさせていただきます☆
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