確率は100パーセント 8
乾が風邪をひいた。
その原因は分かりきっている。
本人の希望通りに、めでたく私の風邪がうつったからだ。
「、もう駄目かもしれない。」
「そうなんだ。ご愁傷さま。」
大きな体をベッドの中で丸め、弱々しく乾が呟くのを見下ろす。
そこへ電子音が響き、私は乾の脇から体温計を引き抜いた。
「高熱・・だろう?」
「37.5度。微熱よ、微熱。」
「そんなに?やっぱり駄目だ。俺は平熱が35度代なんだって。」
「バカバカしい。私なんか39度を超えそうな勢いだったんだからね。」
「だから俺は死ぬほど心配して看病したんだろう?これは名誉の罹患だ。」
私は乾ほど弱音を吐かなかったし、手も掛けさせてないっ
心の中で叫んでみたけれど、声にするだけ疲れそうなのでやめた。
こっちだって病み上がりなのだ。
「とにかく薬を飲まなきゃ。お粥、食べなよ。」
「・・・食べたくない。」
メガネをしていない乾が上目使いに子供みたいなことを言う。
いい大人が甘えても可愛くありません。
「じゃあ、空っぽの胃に薬を飲んで胃壁にダメージを与えておこう。」
「食べるよ。」
まったく、手のかかる男だ。
溜息と一緒にお粥の載ったトレーを差し出すが、乾は起きようとしない。
枕に半分埋もれたまま、真顔で口だけあけた。
お互いが言葉もなく見つめ合う。
雛鳥のごとく口をあけている乾と、トレーを持ったまま固まっている私。
「乾・・・」
「起きると頭が痛いんだ。はい、あ〜ん。」
トレーをひっくり返して帰ってやろうかとも思ったが、後片付けが大変だろう。
布団から出ている乾の綺麗な指に無理やりスプーンを持たせてみたが、反抗期の子供のごとくポイッと放られてしまう。
「あなたねぇ」
「の手から食べた方が、きっと何倍も美味しいよ。」
「ふざけてないで」
「君の手からじゃないと食べない。」
コイツ、こんなに甘ったれだったの?
今まで乾の世話をしてきただろう過去のカノジョに同情する。
それと同時に・・・少し嫉妬した。
不機嫌極まりない顔で次々とスプーンを差し出すのに、乾は嬉しそうに口を開く。
結局はどんぶり一杯のお粥をペロリと平らげると薬を飲み、乾は早々に寝てしまった。
寝る前には薬の水を口移しにしてくれとゴネて大変だったのだが、ここは私が勝利した。
もう随分と慣れてきた他人の家の台所で洗い物を済ませる。
それから乾燥機にかけていた洗濯物を取り出し畳んだ。
乾のシャツや下着まで畳んでいる自分が、まるで本当の奥さんみたいで恥ずかしい。
それでも悪い気はせず、くすぐったいような感覚が身を包む。
人はこれを『ささやかな幸せ』と呼ぶのかもしれなかった。
乾の部屋のクローゼットを開き、大まかに覚えている場所に畳んだ衣類を片づけていく。
そこまで踏み込むのはどうかとも思ったが、
普段から乾は『そこのクローゼットの三番目に入ってる』と私に開けさせるぐらいだから
そう不味いものはないのだろうと思い、お節介をすることにした。
確かここらへんからシャツを出してたな・・・とクローゼットの中にあるボックスの引き出しをひいた。
思うより簡単に引き出しは開いたのだが、一緒にキャスターの付いたボックスまで移動してくる。
その反動でボックスの上に置いてあったのだろう紙箱が落ちて中身が出た。
それじゃなくてもクローゼットを開くのには多少なりとも抵抗があったのに、意味ありげな箱が落ちてきたことに動揺する。
極力見ないようにしながら零れた箱の中身を戻そうとして気が付いた。
僅かに見えた四角の紙には私の顔が半分見えている。
なんだ、私の写真か。
ホッとして拾い上げれば、それは高校時代の私の写真だった。
私が知らない、私の写真。
思わず他の写真も表に向けた。
どれも私。
乾と一緒に写ったものもある。
だけれど殆どが私と他の誰かが一緒に写ったものだった。
恐る恐る箱を拾い上げ、そっと中を覗き込む。
写真だけじゃなかった。
五年も前に見に行ったコンサートのチケット。
誘われて付きあった映画の半券。
私が居酒屋でメモしたコースター。
見て初めて思い出すような、乾と私が繋がってきた証拠が箱に納められていた。
いつも乾は私に愚痴っていた。
『カノジョに振られた。』
『また?半年もったっけ。』
『四か月と三日。』
『なにが原因よ?仕事?』
『いや・・・女って心が狭いんだ。俺の大事なものを許してくれない。』
『仕事が一番大事なんて言ったんじゃないでしょうね?』
『違うよ。俺の胸にある大事なものを許さないんだ。』
『なに、それ?』
『なら許してくれるんだろうけど。』
そう言って、乾は笑った。
「馬鹿。こんなの後生大事に持ってたら・・・恋人に振られるの決まってるよ。」
ゴソゴソと温かい布団の中に潜り込めば、気配に気付いた乾が身じろぎした。
顔を上げられずに乾の胸に少しだけ額をつける。
「ん・・・?」
「眠いの。」
掠れそうな声で呟けば、頭の上でフッと空気が和らぐ気配がした。
同時に普段より高めの体温が伸びてきて、私の体を柔らかく抱き寄せる。
「じゃあ・・・一緒に寝よう。」
薬が効いているのだろう。
寝ぼけ眼の乾は舌足らずで囁くと再び瞼を閉じた。
抱きしめられた胸から乾の規則的な鼓動が聞こえる。
この命も、温もりも、優しさも、乾の持つ全てが私のためにあった。
「好きよ。私も・・・あなたのために生きたい。」
本当に人を愛しいと思った時、人はどうして泣いてしまうんだろう。
きっと乾も同じ涙を知っている。
私は乾を愛している。
確率は100パーセント 8
2008/05/31
戻る テニプリ連載TOPへ 次へ