確率は100パーセント 7
思いっきり風邪をひいた。
寝込んでいたら仕事帰りの乾がスーパーの袋片手にやってきた。
「鬼の霍乱だね。」
「うる・・さいって」
「先週の雪合戦がまずかったかな。」
靴を脱ぐ乾が私の顔を覗き込んだ。
確かに先週の雪合戦は寒かった。だとすれば、風邪は乾のせいだ。
うちの実家に挨拶に行った翌週、今度は乾の実家に連れられて行った。
緊張で朝食も喉に通らなかった私だったが、乾のご両親は驚くほど簡単に結婚を了承した。
と、いうより・・・既に結婚するのは決定事項であって、今後のことを話し合いましょう的な雰囲気だったのだが。
私はというとあまりな受け入れの良さと話のスピードについていけず、
曖昧な相槌を打っているうちに他人事のように重要な事柄が決まっていくという感じで戸惑った。
とにかく式は春から初夏を目指して、両家が出来るだけ早期に顔合わせをすることが決まる。
そんなに急がなくてもと本気で怖くなったのだが、乾は上機嫌で可笑しくなっていた。
実家からの帰り道。
昨夜から降っていた雪が数センチ積もっているのを見て、突然に言い出した『雪合戦しよう』のお誘い。
精神的な疲労もあったが、なんだか消化不良の私も話に乗った。
都会の雪は水分が多くて、固めれば氷玉になってしまう。
それを馬鹿馬鹿しくも本気で投げ合った私たちは、気づけばコートが重くなるほど濡れていた。
夜の公園で濡れたコートを脱いだ乾が空を見上げて笑った。
『両親に紹介した夜は二人で雪合戦した。ウン。いい思い出になるな。』
まさか記念の雪合戦だったのかと、呆れてモノが言えなかったのが私の思い出だ。
加えて、風邪をひいた。
これって最悪じゃない?
ふらつきながら玄関に出た私は壁に手をつき体を支えている状態。
乾は眉を寄せると、いきなり私の腕を掴んで自分の額を合わせてくる。
「ちょっと」
「熱が高いな。ほら、早く横になった方がいい。」
子供じゃあるまいし、なんて甘ったるい測り方をするのよ。
よけいに熱が上がった気がしてクラクラした。
「なんならお姫様抱っこで運ぼうか?」
「いい」
「遠慮しなくていいよ?」
遠慮してないからと乾を睨んでみても、いつもの効力はないようだ。
荷物を持ってとスーパーの袋ごと渡されたと思ったら、あっという間に軽々と抱きあげられてしまった。
急激に体勢が変わって眩暈がする。
つい乾の首にしがみつけば、ヨシヨシとあやすようにキスされた。
「甘えてるんだ?こんな可愛い君が見られるなら、風邪も悪くないね。」
甘えてるわけがないでしょう?
寝言は寝て言え。私は具合が悪いんだってば。
心の中では罵っても口にする気力がない。
乾は嬉々として私を抱きかかえると、額や髪にキスを落としながらベッドまで運んだ。
柔らかな布団の上に降ろされてホッとする。
この勘違い男から逃れなくては。
私は持たされていたスーパーの袋を放り出し、急いで毛布の中に潜り込んだ。
乾はベッドの足もとに脱いだコートを置くと枕元に腰を降ろす。
そしてスーパーの袋をゴソゴソ探ると一本のペットボトルを出してきた。
「、スポーツドリンクでも飲む?」
「う・・ん。」
喉が渇いていたから素直に頷いた。
すると乾は笑顔でペットボトルの蓋を開け、私ではなく自分が飲み始めた。
唖然とする私に乾の視線が落ちてくる。
まさか!
思った時には乾が片手でメガネを外していた。
「待って!」
「ん?」
思った通りに近づいてきた唇を両手で止めた。
意外そうな顔をして首をかしげる乾に頭痛が増す。
「自分で飲む・・から」
ゴクリと口に含んだものを飲み込んだ乾が「なんで?」と真顔で聞く。
なんでじゃないでしょう、そんな恥ずかしいこと。
「それぐらいは自分で飲めるし」
「ああ、そうか。」
ひきつる私の表情に何か思いついたような乾。
やっと気付いたか、自分のしている恥ずかしい事にと思った。
だが・・・
「俺に風邪をうつすんじゃないかと心配してるんだろう?
大丈夫さ。俺はそんなに軟弱じゃない。」
そんなこと心配してないって。
乾が言ったじゃない。この三年、風邪もひいたことがないって。
「うつったとしても、それで君の風邪が治るならいいじゃないか。
ほら、よく言うだろう?人にうつすと治るって。だから遠慮はいらないよ。」
「いや、違うって・・・ゴホッ」
その考えを訂正したかったが、咳が出て言葉が続かない。
やっと咳が止まり苦しい息のなか顔をあげれば、乾が再びペットボトルに口をつけていた。
シマッタ!
思った時には両頬を大きな手で包まれて拘束された上で乾が近付いてくる。
直ぐにひんやりとした唇が重なって、本当に仕方なく口を開けば、生温かくて不味いスポーツドリンクが流れてきた。
わざわざ音をたてて唇を啄んでから離れると、それはそれは甘い目をした乾が私を見下ろす。
お願い、もう勘弁して欲しい。
こういうの私が苦手なの知ってるでしょうに。
私は乾に甘えたり、優しくされるのに慣れてない。
ましてや長く友達をやってきた相手と恋人になったばかりで、まだ戸惑いの方が大きいのに。
「真っ赤だね。可愛い。」
熱だけではなく赤くなった頬を乾の指が柔らかく撫でてくる。
もう居た堪れない気持ちになって、私は毛布を頭までかぶった。
乾の笑い声が部屋に響く。
ひとしきり笑うと毛布を包み込むような重みが被さってきた。
「照れてる君が可愛い。
いつもの素直じゃない君も可愛い。
とにかく全部が可愛くて、愛しいんだ。
もうメチャクチャ甘やかして、いつも腕の中に抱いていたいほど」
君が好きなんだ。
熱がある時って、瞳が潤むよね。
具合が悪い時って、勝手に涙が零れるでしょう?
別に理由があって泣いてるわけじゃない。
乾は毛布の上から退いてくれなくて、ずっと私を抱きしめてる。
だから顔が出せなくて、私は涙を零しながら息を殺していた。
乾の重みが、ただ愛しくて。
確率は100パーセント 7
2008/05/06
だんだん乾がどうしようもなくなっていく
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