「勘違いも甚だしい 〜White Day後〜」
「おい、木手。お前、この前の夜に高校生を補導してただろ」
「高校生?」
「いや、ああ見えて中学生か?仕事熱心なのはいいけど、少年課に睨まれるなよ」
同僚の言葉に思い当たる出来事はない。
となると、考えられるのは一つだ。
「あれ、補導じゃないですよ」
「ああ?なんだ。なにか事件の関係者か?」
いいえと俺は首を振り、読んでいた捜査資料を閉じた。
「恋人ですよ」
えっ・・と絶句する同僚の顔はひどく間抜けだった。
は小柄で童顔だ。
おまけに鈍くさく、おどおど、チョロチョロしているので幼く見える。
ちゃんと成人して働いている女性なのだが、すっぴんでコンビニ通いをしている姿などは中学生だ。
ふたりで歩くと身長差はもちろん、年齢差もあるように見えるのだろう。
職業柄か常に鋭さを纏っている俺とフワフワとして緊張感の欠片も持ち合わせていない彼女とは雰囲気も違う。
会う人、会う人に変な誤解を与えても不思議はない。
「木手さん、もう少し待ってて下さいね」
「俺のことは気にせず、手元に集中した方がいいと思いますよ」
「は〜い、熱っ」
言った先から、鍋の蓋を素手で取ろうとして熱さに手を離している。
勢いよく落ちた蓋が転がり、悲鳴をあげながら避けている姿には溜息しか出ない。
たかが鍋。
料理下手な彼女のことを思って鍋を提案したのに、ただ切って煮るということにさえ苦労している。
「うわ〜、びっくりした」
蓋して煮込んでいるんだから熱いに決まっている。
それを素手で掴もうと思うこと自体が常識はずれなのだが、彼女には驚きの現象らしい。
狭い1LDKの彼女の部屋でお茶を飲みながら、いささか呆れつつ料理に励む背中を見ている。
手料理を御馳走しようという心意気はありがたいが、俺の精神衛生上にはよろしくない。
「ああ、菜箸が燃えますよ」
「ええ?」
何故か菜箸がコンロの火に薪のごとくくべてある。
ぼんやりしていたら菜箸が燃えてなくなるところだ。
その後も「ぎゃあ」とか「しまった」とか叫びながら、彼女の料理は続く。
段々と黙って見ているのが苦痛になってきた頃、やっと鍋は完成した。
「今度はカセットコンロを買っておきますね」
「君は買わなくていいです。危険な気がしますから」
不思議そうに首を傾げる彼女を置いて、俺はさっさと鍋をテーブルに運んだ。
土鍋もないし、カセットコンロもない、それでよく『鍋ですね、分かりました』と屈託なく言えたものだ。
内心では思いつつも口にしない。
言えば揃えるのだろうが、土鍋は落とせば割れるし、カセット式のガスを扱わせるには危険が大きい気がする。
よくここまで無事に生きてきたものだと感心するほどに、彼女は不器用でボケていた。
「見た目は悪いですけど、味は普通かと」
「普通?こういう時、味は良いと言うものですけどね」
「美味しいですよって言って、そうでもなかったら怒られそうだから予防線です」
「なんですか、それ」
たいして大きくもない両手鍋一杯に作られた、よくわからない鍋。
なんとも彼女らしくて呆れを通り越して笑ってしまった。
「笑わないで下さいよ。頑張ったんだから」
「頑張りは認めますけどね」
拗ねたように彼女が口をとがらせる。
それがまた可笑しくて勝手に口元が笑ってしまう。
「もう。木手さん、笑ってばっかり」
彼女に言われて気がついた。
俺を知っている奴らがこの場にいたら、どんな顔をするだろう。
こうやって何でもないことに笑っている俺を見て。
「君は不思議な人ですね」
「そうですか?私は平凡な人間だと思いますけど」
どうぞと差し出されたキャラクター柄の茶碗を受け取りながら思う。
彼女の傍にいると肩の力が抜けるというか、脱力してしまうのだ。
「熱いですから気を付けてくださいね。あっ、あつ」
そう言って、よそった白菜を口に入れた途端に苦しんでいる。
「君こそ気をつけなさいよ」
「舌が焼けました」
「馬鹿ですね」
涙目で口を動かしている彼女が可愛いく見える。
鍋から上る白い湯気のように、ふわふわとして温かい。
ずっとが傍にいたら・・・それはなかなかに楽しそうだ。
御馳走様でしたと玄関で靴を履いて振り返る。
室内との段差で珍しく目線が同じの彼女が嬉しそうに笑う。
以前から思っていたが、どうも同じ目線になるのが楽しいらしい。
俺としても悪くはない。
何故ならキスをする時に無理に首を曲げなくてもいいからだ。
「戸締りを忘れないように」
注意しながら手を伸ばして頬に触れると途端に彼女の頬が赤くなる。
いつまでも慣れない彼女は初々しくて、唇を寄せると子どものようにギュッと目を閉じる。
そんな様子にも誘われ、俺は笑みを浮かべたままでキスをした。
「ああ、そうだ」
キスの余韻にぼんやりとしている彼女に話しかける。
魂が抜けたような顔をして俺を見つめているが大丈夫だろうかと心配になりつつも言っておこう。
「君、前にあげた防犯ブザーはどうしました?」
「え?あ、もちろん持ってます。ちゃんと夜道を歩く時は握りしめてますよ」
「それはよろしい。で?まだ気づきませんか?」
「気づく?なんでしょう」
やはり気づいてなかったらしい。
そのままにしておいてもいいのだが、君はそのうち紛失してしまいそうな気がする。
「次に会う時までの宿題ですよ。ブザーを隅から隅まで探して御覧なさい」
「探す?」
「君の欲しかった物があるかもしれませんよ?」
?マークを頭の上に飛ばしている彼女を置いて、俺は古いアパートを出た。
一時間後。
疲れたような彼女の声が携帯から聞こえてきた。
「あの・・・もしかして防犯ブザーについてたリングって指輪ですか?」
俺は声をあげて笑った。
勘違いも甚だしい 〜white Day後〜
2012/01/31
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