君の幸せ、僕の幸せ 〜前編〜















二人は宝物のありかをこっそりと教えてくれるかのように言った。



「結婚を決めたんだ。」



こじんまりとした店の座敷で、手塚が少しだけ照れたように君の顔を見る。
それに応えて君は穏やかに瞳を細めた。


予想はしていた。
高校時代から付き合ってきた二人だ。
手塚がアメリカに留学しても、プロとして名声を得てからも、変わることなく支え合ってきた二人だったから。


だが現実になるまで、実感が湧かなかっただけだ。


喉が渇く。
言葉が掠れないよう下腹に気合を入れ、いつも以上に心を込めて口を開いた。



「おめでとう!よかった。」


「大石君には先に言いたいって、手塚君が。」
「お前もだろう?」


「そう。だから両親にもこれからなの。」



親よりも俺を優先してくれたことに胸が熱くなる。



おめでとう俺の親友たち。
そして・・・、ゴメン。










手塚が好きになったのは、俺と同じクラスの君だった。
君と俺とは図書委員で、決まった曜日の昼休みを図書室で過ごしていた。
そこへ手塚が顔を出すようになったのが、二人の馴れ初め。


はじめは俺に会うために足を運んでいた手塚が、いつの間にか君に会うために来ていた。
口数が少ないうえに表情だって豊かじゃないはずの手塚が、黙って君を見つめる横顔で直ぐに分かった。
目は口ほどに物を言うんだ。


手塚が恋をすれば話は早い。
だって、とっくに君は手塚に恋をしていたから。



俺は二人の恋の橋渡しをした。
じれったいほど言葉にしない手塚をせっついて、君と二人だけになるようにしてやったっけ。
ちっとも進展しない二人に焦れながら、胸の深い所にある痛みは気付かないフリをしていた。



そして、ある日。ああ、そうだ。
よく考えれば、今日と全く一緒じゃないか。
制服姿の二人が恥ずかしそうに視線を合わせながら言ったんだ。



『付き合うことにした』と。



あの時も俺は笑って『あめでとう!よかった』と言っただろう。
心の中に暗く口を開けた空洞をその時に俺は抱えたんだ。



好きだった。



君が笑うと俺の心に花が咲くんだ。
可愛らしくて、温かくて、愛しくて、俺は君を見ているだけで幸せな気持ちになった。


ずっと笑ってて欲しくて
だからその笑顔を守るためなら、なんだってできた。


嘘だってつけたんだ。
いつも君を励まして、手塚との間を取り持って、二人から信頼される痛みにも慣れて
苦しいのに二人から離れられなくて、俺はいつも傍にいた。



俺には手塚も君も同じくらい大切で、好きで、だから見ているしかなかった。


二人の幸せが、痛みを伴う俺の幸せだったんだ。










冷たい手すりにつかまりながら、雨が吹き込んでくる階段を一歩一歩と上がっていく。
髪の先から雫が落ちて、電灯に照らされたセメントに模様ができていくのを見ながら足を進めた。


鉛のように重い足を引きずって、やっと三階まで上りきると角を曲がる。
途端に冷たい風が、雨に濡れた体に纏わりついてきた。



「寒いな・・・」



自分の声が小さく震えていることに唇を歪ませ、目当ての部屋の前で一つ息を吐く。
凍える指を伸ばしインターフォンを押せば、僅かな間があって声が返ってきた。



『はい』
「・・・俺。」


『大石クン?』



俺が「そう」と答えるより前にインターフォンが切られ、奥からバタバタと音がしてくる。
チェーンを外す音がして顔を出したの顔を見た途端、俺は子供のように手を伸ばしていた。



いつも俺を受け止めてくれる人。
風呂に入った後なのか彼女の体は温かくて、シャンプーの甘い香りがした。
強く抱きしめて、その肩に顔をうずめる。



「何かあった?」
「・・・失恋した。」


「いまさら?」
「そう、いまさらだよ。二人は結婚する。」



俺が笑えば、濡れた俺の背を慰めるように彼女が撫でた。



「傘は?」
「濡れてみたかったんだ。」


「風邪ひくのに。」



傘はカバンの中に入っている。
それでも差す気になれなかった。


深くは聞かず自分の部屋に招き入れてくれる人は、俺のもう一人の親友だ。





居間に入ったところでカバンを落とし、そのままの勢いで再び彼女を抱きしめる。
驚いた素振りも見せずに俺の好きなようにさせてくれる君が、小さく「冷たいね」と身を震わせた。
荒々しく唇を重ね、そのままベッドに押し倒しても、君は少しだけ微笑んで俺を見ていた。
見下ろす俺の毛先から雫が落ちて、君の頬を涙みたいに流れていく。
細く白い指先が俺の額にかかる髪に触れた。



「お風呂、まだ温かいけど」
「ゴメン、君がいい。」



ただ寒くて、凍えて、どうしようもない。
人の温もりが欲しいんだ。



誰にだって『好い人』と言われてきた俺だけど、彼女には『好い人』じゃない。
騙し続けてきた手塚たちにも『好い人』じゃなかったが、まだ嘘がつけているだけマシだ。



には昔から嘘がつけなくて、こんな関係になったのも俺が弱いから。
何度も離れようとして離れられなかったのは、手塚たちへの執着と通じるものがあるかもしれない。


一度もお互いの感情を口にすることなく、たまに会って共に過ごす。
いいように利用しているのは分かっていても、無条件に受け入れられる温もりを俺は愛していた。





目が覚めた時、部屋の主はいなかった。


小さな1LDK。
ベッドに寝たまま手を伸ばせばブラインドが上がり、朝の白い日射しが目に眩しかった。
自分の日焼けしていない腕を眺めて溜息をつき、重い体を無理やり起こせば肌寒さに身が震える。
何か着る物をと思えば、ベッドの脇には綺麗に畳まれたシャツが置かれてあった。


壁に掛けられた俺のスーツは皺が伸ばされている。
低いテーブルには朝食用のおにぎりが並んでいた。


微妙に痛む頭を抱えながら、のろのろとシャツに袖を通す。
なんとはなしに見たテレビ台の脇に彼女の飾った写真立てがあった。


そこには学生服姿の笑顔が並んでいる。
卒業式に撮った写真は俺だって持っているはず。


エージがいて、不二がいて、俺がいて、その隣にがいる。
中学も、高校も、大学まで一緒だったから誰より長く傍にいた。


に好きな人ができたら離れよう。
そう胸の内では決めていたけれど、直接に誰かが居ると聞かされたことはない。



一番に俺の気持ちが分かってくれている。



そんな存在を離したくないと思ってしまう身勝手さを
いつまで君は許してくれるだろうか?




















君の幸せ、僕の幸せ 前編 

2008/05/02




















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