キミとボクの距離 〜ジャッカル編〜 1










窓からの風が強く吹いた。
両手に抱えていたプリントが浮き上がり、慌てて胸に抱えようとしたけれど数枚が廊下に散らばる。



「待って!」



更に飛んでいこうとするプリントに思わず叫べば、後ろから誰かが追い抜いていった。
制服から伸びた長い手が素早くプリントを拾い集めていく。
あっという間に全てを集めた彼は軽くプリントの角を揃えながら振り返った。



「これで全部か?」
「あ・・ありがとう、ジャッカル君」



声が裏返りそうになって詰まってしまった。
なんとかお礼をいうと、彼は少しだけ照れたように笑ってプリントを束の上に重ねてくれる。
そのうえ自然な仕草で「俺が持つよ」と私の腕からプリントを取り上げると、大きな手で束を掴んで持った。



「うわっ、スゴイ。その束を片手で掴めるんだ」
「ん?ああ。まぁ、手が大きいからな」



本気で驚いてたら、彼は意外そうな顔をして空いている手を広げて見せてくれた。
もう片方の手は楽々とクラス分のプリントを束で掴んでいる。


それにしても大きな手。
小柄な自分から見ればグローブみたいな彼の手をまじまじと見つめてしまう。
その遠慮のない視線に困ったのか、彼は手を引っ込めると鼻の頭をかいた。



は手も小さそうだよな」
「うん」



手も・・・って言われちゃった。
背も低ければ、手も小さい。チビは、ちょっとしたコンプレックス。
溜息と一緒に手のひらを広げてジッャカル君に見せてあげた。



「小さいな・・・」
「そんな、しみじみと」



思わず呟いてしまったようなジャッカル君には笑うしかない。
それでも彼と並んで歩けることが、とても嬉しかった。



教室が見えてきたところで、廊下に出てきた彼女が私たちに気付く。



「あ・・・ジャッカル。さっき、ブン太が探してたよ。後でいいから行ってやって」



大きな声をかけてきた彼女に、ジャッカル君は片手をあげて応える。
彼女は私にも視線を移し、にこっと微笑んでくれた。


素敵な人だなぁって思う。
綺麗だし、背も高くてスタイルがいい。
テニスも強くて、普段の姿もキビキビしていて、男女を問わずに友だちが多い。


私とは正反対の人に、少しだけ嫉妬してしまう。



「ジャッカル君、もういいよ?ありがとう」
「いや、どうせ急ぎじゃないし」


「でも早くしないと休み時間が終わっちゃうし。はい」



ジャッカル君の前に小さくて恥ずかしい手を差し出せば、彼は申し訳なさそうにプリントをのせてくれた。



「悪いな」



ううん、と頭を振る。
私が助けてもらったのに悪いなんて思うはずがない。
もう一度「ありがとう」と微笑んだら、彼は瞳を細めて笑ってくれた。


丸井君のもとへ行く彼の背中を見ながら思う。


今日もこんな私に優しくしてくれて・・・ありがとうって。










ブン太の教室に向かいながら、勝手に緩んでくる頬が止められずに困った。
この顔のままで相棒に会ったなら、絶対に何事か言われるに違いない。
落ち着け、落ち着けと自らの頬を叩き深呼吸を繰り返す。


ふと自分の両手を広げてみた。
見慣れた手のひらにはラケットを握るタコがあり、お世辞にも綺麗とは言えない。
ただデカさだけは、他の男子たちに比べてもあるだろう。



それにしても可愛かった。
小さな手。それが、とても可愛い。



思って、また自分の頬が熱くなるのを感じて焦った。
こういう時に褐色の肌で良かったと思う。少々の赤面など、廊下で擦れ違う人間には分からないようだ。



自分の肩よりも下にあった頭。
艶のある黒髪に天使の輪ができていた。
自分を見上げてくる大きな瞳に心臓の音が漏れ聞こえてしまうのではと不安になったほどだ。



昔から小さな動物が好きだった。
仔犬とか仔猫とか、もう目を合わせてしまったら連れ帰らずにはいられないほど。
拾ってくるたびに母親に呆れられ、父に慰められながら泣く泣く貰い手を捜したものだ。


仔犬や仔猫と同じにしてはいけないが・・・とにかく無条件で彼女は可愛い。
一目で恋してしまった自分だが『俺の可愛い仔猫ちゃん』などと言えるはずもなく、絶賛片想い中だ。



「おい。なに、ひとりで赤面してんだ?」



我に返れば、目の前に探していた人物がいた。
大きな飴玉でも食べているのか片方の頬を膨らませて、マジマジと俺の顔を見てくる。



「せ、赤面なんかしていないぞ」
「は〜ん。ジャッカル、やらしぃ。廊下歩きながら、可愛いアノ子のことでも考えて」


「ブン太・・・」
「はいはい。純情一直線に涙が出るよ」



明るく笑ったブン太は、そのまま勢いよく俺の肩に腕をまわして顔を寄せてくる。
人ごとだと酷く楽しそうな奴だ。



「で?なにがあったのか俺に話してみろい。ん?進展があったかにゃ、僕の可愛い仔猫ちゃんと」
「お前なぁ」



彼女を仔猫ちゃんと名づけたのはブン太だ。



『お前が俺の好きな女を知ってて、俺が知らないのは不公平だ』



俺の恋愛になど興味もなかったくせに、ある時を境に鬱陶しいほどお節介をやきたがるようになった。
出会いやら何やら根掘り葉掘りと俺から聞きだして、そのうえで名付けられた『可愛い仔猫ちゃん』には眩暈がした。
ブン太の想い人兼俺の友だちにいたっては、たっぷり三分間は腹を抱えて笑っていた。



「は?プリントを拾っただけじゃんか」


「拾った上に勇気を振り絞って持ってやった」
「それだけじゃあねぇ」


「手の大きさも見比べた」
「手を重ねて比べっこか!?」



途端に目を輝かせて食いついてきたブン太に首を振る。



「いや、見ただけだ」
「何で手ぇ握って、ついでに告らないんだよ〜」


「するかっ、廊下の真ん中だぞ」



つまんねぇの、とブン太の捨て台詞。
俺はお前を楽しませるために恋をしているわけじゃないぞ。


そりゃ両思いになれたら幸せだろう。
でもそうは簡単なことじゃない。


俺はハーフだ。
見た目が思いっきり外国人っぽいから、子どもの頃は周囲から浮いていた。
好きになったコも何人かいたけど、なんとなく打ち解けられずに終わっていった。


この歳になったら慣れもあるし、学内で差別されるようなこともないから平気だけれど・・・


やっぱり小さい時に「外人」だとか言われて周囲に距離を置かれた記憶が俺を臆病にさせる。



「さっさとしないと俺が代理で告るぞ」
「ブン太、あのなぁ」



俺は肩にまわされた腕を振りほどき、まずはブン太の説得から始めなくてはならなかった。




















キミとボクの距離〜ジャッカル編〜 1 

2010.06.08



















テニプリ連載TOPへ     次へ