キミとボクの距離 〜ジャッカル編〜 2










ジャッカル君はハーフだ。
見た目は両親ともが外国人と言ってもおかしくないぐらいで、最初に会った時の私は本気でビビッていた。
街や駅で外国人と擦れ違うことはあっても、肩を並べるほど近くにいることはなかったから。
彼は大きくて、肌の色が褐色で、おまけにスキンヘッドだったから、もう怖くて怖くて。
だから意識して目を合わせないよう努力していたほどだった。


きっかけは転がった消しゴム。


授業中に落としてしまった消しゴムが転がっていった先は、苦手だと思っていたジャッカル君の足元だった。
彼の上履きにぶつかって止まった消しゴムに蒼くなった私。
あんな小さな消しゴムでも衝撃を感じたのか、ジャッカル君は足元を覗きこんでしまった。
見つけないで下さいの願いも空しく、彼は窮屈そうに体を折り曲げると私の消しゴムを拾ってしまう。


そして消しゴムを手にキョロキョロと頭を動かす彼と視線がバッチリ合ってしまった。
不機嫌にされてしまったらと怯える私に向かい、彼は指先で『これ?』と訊ねてきた。
コクコクと人形のように頷けば、彼は直ぐに隣の子に消しゴムをまわすよう頼んでくれた。



『ありがとう』



手元に戻ってきた消しゴムを手に深々と頭を下げるとジャッカル君は目を丸くした後に思わずといったかんじで笑った。
微笑んだまま『いいよ』と軽く手を振って、何事もなかったように黒板に目を向けた横顔。


彼はちっとも怖い人じゃなかった。



黒板の高いところを消せずに背伸びしていたら、横から「手伝うよ」と消してくれる。
購買で人に埋もれてパンを買えない私に「なにがいるんだ?」と声をかけてくれるのも彼だ。


どっちかというと地味めで目立たない私に、自分から声をかけてくれる男子はジャッカル君だけだった。


でも・・・彼が優しいのは私にだけじゃない。
ジャッカル君は誰にでも優しくて、親切で、人に信頼され好かれる人だった。


だから勘違いしちゃ駄目だよって、自分に言い聞かせている。
じゃないと彼を好きになってしまう。


だって、ジャッカル君には本当に大切にしている彼女がいるもの。



「手伝うね」
「あ・・ありがとう」



教壇にプリントを置き、列ごとに枚数を数えて分けていたら彼女が近寄ってきた。
私と彼女が並んでも随分と身長差がある。
テニスで焼けた長い腕が綺麗で、つい見惚れてしまった。



「さっき、ゴメンね」
「え?」


「ジャッカルと話してたのに邪魔しちゃって」



ドキッとした。
ひょっとしてジャッカル君と話してたから怒ってる?
緊張して彼女の横顔をうかがえば、にこっと微笑み返されてしまった。
慌ててプリントに視線を落とし、首を横に振る。



「わ、私がプリントを落としちゃったから手伝ってくれただけで」
「アイツ、いい奴でしょ」



言い訳しようとする私に、彼女は笑みを浮かべたまま言った。
嫌味なんてなく、さらりと彼を褒めてみせる彼女の余裕に息が詰まる。



「そう・・だね」



力なく呟けば、彼女は首を傾けて「ジャッカルのこと・・苦手?」と訊いてきた。
苦手だと答えたほうがいいのだろうか。でも苦手なんかじゃない。むしろ・・・



「えっと、見た目はあんなんだけど、ホントいい奴なの
 あんな優しい男子って、そうはいないっていうか、珍しいほどで
 でも照れ屋だし、なんていうか不器用っていうか、草食系っていうか」


「うん」


「だから、えっと・・・ちゃんって誰か付き合ってる人っている?」



ジャッカル君の話から唐突に私の話になって驚いた。
そのままの表情で彼女を見上げたら、焦った仕草で頭をかき笑う。



「ゴメン、突然。さん、可愛いから気になっちゃって」



私は胸がスッと冷えていくのを感じていた。


彼女は気付いているのかもしれない。
私の・・・ジャッカル君に惹かれていく気持ちを。



「い、いるよ」



考えるより先に口が勝手に言葉を紡いでいた。
ジャッカル君の彼女に私の想いを知られたくなかった、だから嘘をついてしまった。



「あ・・・そうなんだ。そっか、そう」



瞳を大きくした彼女の声が段々と小さくなる。
彼女が戸惑っているのが分かる。これで疑いは晴れたのだろうか。
私は自分のついた嘘に悲しくなりながら、残りのプリントを分けた。










笑おうとしたんだが失敗した。
済まなそうに眉を下げる彼女の隣で、ブン太はガムをふくらませると弾けさせた。


放課後の誰もいない教室で、俺は昼間の話を聞かされたんだ。



「なんだよ、カレシがいるぐらいで諦めんのかよ」
「カレシがいるぐらいって・・・それは結構な理由だろ」



ブン太が形のいい眉をつりあげて俺を睨む。
これは絶対に怒りだすと覚悟を決める間もなく、座っていた机から飛び降りての説教が始まった。



「お前、好きなんだろ?だったらカレシがいるぐらいで諦めるなって
 俺らを見てみろ。コイツだって、俺だって、色々あったけど諦めないで今がある。なっ?」



おいおい。さんざん泣かせて待たせたくせに、胸を張って彼女に聞くな。



「もう俺はいいよ。は可愛いし、きっと誰かいるだろうなと思ってたから」



自分でも後ろ向きだとは思うが、ホントにそうなんだ。
しかし悪友とも言える二人は全くもって納得しない。



「そうかなぁ、そりゃ確かに可愛いし誰かいても不思議じゃないけど
 でもね、ちゃんと仲がいいコたちも誰と付き合ってるとか知らないんだよ?」


「お前の聞き方が悪かったんじゃねぇの?
 なんかジャッカルと付き合えよオーラを醸し出してて恐ろしかったとか」


「そりゃ、ジャッカルを推すつもりだったよ。でも脅してはいないし」



このふたり。
やっぱりこう並んで仲良くしてくれてると俺は安心する。


ここ最近になって、やっとブン太が元カノと穏やかに別れることができた。
最後には『彼女を大事にしてあげて下さいね』とエールまで送られたらしい。
気が長い方じゃないブン太が時間をかけて女のコの気持ちを大事にしたからこそだろう。


俺を挟んで言い合いしているのを見てると、もう俺はいいやとさえ思ってしまうんだ。



「おい、なに俺の恋は終わったみたいな顔してんだよ」
「そうだよ、ジャッカル。諦めるには早いって。ジャッカルの良さが分かれば、絶対にうまくいくから」


「そうだな、頑張るよ」



もう半ば諦めてはいるが、ふたりの前だから言ってみる。
ふたりが俺のために何とかしたいって思う気持ちは嬉しいから。



「お前さぁ、が誰と付き合ってんのか、ちゃんと聞いてこいよ」



腕を組んだブン太が難しい顔をして文句を言い出した。
同じクラスというだけで探りを入れなきゃならない方が大変だと思うんだが。



「そうは言うけど、ちゃん・・なんか私が話しかけると顔がこわばるっていうか」


「やっぱ、お前が怖いんだ。ま、気持ちは分かる」
「どういう意味よ。どうせ私はデカくて可愛げがないわよ」



黙って見ていたら、段々と雲行きが怪しくなってきた。
やっと、ふたりでいられるようになったのに喧嘩は不味い。
おまけに俺がキッカケなんて、二度目になるんだから勘弁してくれと思う。
言い合いを止めるタイミングを計って・・・



「可愛くないとは言ってないぞ。お前は十分に可愛いし」
「へ?」


「俺にはメチャ可愛く見えてるから、そこんところは心配すんな」
「う・・うん」



ふたりが微妙に頬を赤くして照れた笑みを見せる。
俺は同じ空間にいるのが申し訳ない気持ちになって、そろっとカバンを肩にかけた。



「先に行ってるぞ」



さりげなく言って、返事も待たずに足を踏み出す。
気恥ずかしそうに頷いた二人に取り越し苦労だったなと思い、俺はひとりで教室を出た。



自分が好きで、その好きな相手にも好きだと思ってもらえる。



お前たちを見てると『うらやましい』って、やっぱり思うよ。




















キミトボクの距離 〜ジャッカル編〜 2 

2010/06/13




















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