キミとボクの距離 〜ジャッカル編〜 3
彼女の笑顔はとても素敵で、それを私にまで向けてくれるのが申し訳なくなる。
誰かと付き合ってるなんて嘘までついてしまった自分が情けなく、後ろめたくて、うまく笑えない。
彼女みたいになれたら。
できもしないことを思っては、ちっぽけな自分の存在が嫌になった。
「知ってる?丸井クンさぁ、後輩のカノジョと別れたらしいよ」
「やっぱりね。最近さ、ふたりでいるの見ないなぁって思ってたもん」
「でさ、その後に付き合いだしたのってさぁ」
クラスのコたちが丸井君にできた新しいカノジョの噂話をしていた。
聞くともなしに聞いてしまった、その名前に私は自分の耳を疑う。
嘘、なんで?
振り返った視線の先。
今日もジャッカル君と彼女は変わらぬ笑顔で笑いあっていた。
囁かれる噂をよそに、ジャッカル君は普段とまったく同じだった。
彼女とジャッカル君は付き合ってたわけじゃないらしいよと友だちが教えてくれた。
けれど彼が彼女を大切にしていたのは傍から見ても分かったし、きっと彼女のことを好きなんだと思う。
彼女もジャッカル君のことが好きなんだと思っていたのに、本当は丸井君が好きだったの?
ジャッカル君はそれを知っていたのかな。
好きな人が、自分の親友を好きだったなんて・・・そんなの辛い。
私には答えを知る権利もなければ勇気もない。
私が落ち込んでも仕方ないのは分かっているけど、ジャッカル君のことを思うとやりきれなくなった。
そうして、なにができるわけでもない私は一日を彼の背中ばかりを見つめて過ごした。
放課後になっても気持ちは落ち着かず、どこかに寄ろうと誘う友だちを断って独りで帰ることにした。
ぐるぐると考えながら自分の靴先ばかりを見てグラウンド脇を通り過ぎようとした時だ。
「!」
呼ばれて顔をあげたら、頭の上から水が落ちてきた。
瞬間は何が起こったのか分からず、呆然と前髪から落ちてくる雫を見る。
その雫の向こうには慌てて駆けてくるジャッカル君の姿があった。
「、大丈夫か?」
前にきたジャッカル君が私の顔を覗きこむ。
後ろでは「うわっ、ヤベッ」と焦った声を出す二年生がいて、彼の手には水が溢れる青いホースが握られていた。
「赤也、そこのタオルっ」
「へ〜い。ども、すみません」
ペコっと私に頭を下げ、タオルを投げた彼は水道の水を止めに行く。
いえ・・と思わず私も頭を下げたら、その頭にタオルがのせられた。
「悪いな。赤也の奴がふざけてたもんだから」
言いながら、遠慮がちに頭を拭いてくれるジャッカル君。
すごく近くにカラシ色のジャージがあって、私は恥ずかしさとドキドキで顔があげられなくなってしまった。
それを泣いているとでも思ったのか、ジャッカル君が焦った声で「ゴメン!本当にゴメン」と繰り返す。
申し訳ないのは私のほうで、首を横に振った。
「へ・・平気」
「お、俺ので悪いけど」
ジャッカル君は自分が着ているカラシ色のジャージを脱ぎ、そのまま差し出してくる。
それには私も焦って手を振ると断った。
「大丈夫だから、ホントに平気」
「けど、これから帰るんだろう?」
「そ・・うだけど」
「だったら、これを羽織っていってくれ。風邪をひくといけないし」
「でも」
「いいから」
ジャッカル君にしては珍しく少し語気を強めてジャージを押し付けてくる。
戸惑う私に彼は申し訳なさそうな表情を浮かべると、少し視線を伏せるようにして更に言った。
「本当に・・嫌じゃなかったら使ってくれ」
気持ちを窺うような声色。
嫌なわけない。嫌なわけじゃないけど・・・
「嫌じゃないの。ただ申し訳なくて」
「申し訳ないのはコッチだから。制服も濡れたみたいだし、よかったら使って欲しい」
そう言われて自分の姿を見たら、制服もブラウスの胸のあたりが濡れて透けていた。
カッと顔が赤くなるのを感じながら、ついジャージの前を引っぱって隠す。
その仕草に目を逸らしたジャッカル君は「ゴメンな」と、また謝ってくれた。
彼の手と一緒で大きなジャージ。
制服の上に着ても指先さえ出せなくて、ジャージに着られているみたいだ。
そんな私の姿に目を細めたジャッカル君は「やっぱりは小さいな」と笑った。
後ろから口笛が聞こえ、赤也と呼ばれる後輩君がニコニコとしている。
顔色を変えたジャッカル君は「それじゃあ、気をつけてな」と言い残すと
後輩君の襟首を掴んでテニスコートに引きずっていった。
ああ、どうしようと思う。
私はジャッカル君が好きだ。
たった一枚が温かくて、自分の腕を抱く。
彼が貸してくれたジャージはお日さまの匂いがした。
赤也の前は不味かった。
だが、あの場合は仕方なかっただろ。
「あのジャージは狙ったんですか?ちっちゃいコが着る男物のジャージ姿って、超可愛いっスよねぇ
俺に感謝してくださいよ。偶然とはいえ、ああいう美味しいシチュエーションを演出したんですからね」
ベラベラと隣で赤也が喋り続ける。
確かに可愛かったよ。お前にも見られたのが悔しいぐらいに可愛かった。
俺としては自分のジャージをに着せられたことに幸せを感じているんだから、もう黙ってろと言いたい。
だんだんと自分のしたことが恥ずかしくなってきた俺は、とりあえず真田にならって赤也に拳骨を食らわした。
翌日、朝練を終えて教室に行くと机の上に袋が置いてあった。
中をのぞくと、きちんと折りたたまれたジャージが入っていた。
洗剤の香りだろうか。自分の家のものとは違う、優しい香りがする。
つい姿を探せば、他のコたちと話していたが俺に気付いて小さく微笑んだ。
ちょっとだけ恥ずかしそうに笑った表情にドキッとさせれらて、
俺は挙動不審よろしく「ありがとうな」と口パクで伝えるとガタガタと椅子の音をたてて席に着く。
変なところで爪先を打って痛かったが、それどころではない。
ジャージを洗って返してくれた。
そのジャージから彼女らしい甘い香りがする。
マイッタ。それだけのことが嬉しくて、どうにも頬が緩んでしまう。
表情を隠すように頬杖をついて窓の外を見た。
好きなんだよなぁ。
カレシがいるって知ってるのに、こんな些細なことが嬉しくてしかたないぐらい。
ちょっとぐらい近づいたからって俺を好きになってもらえるわけでもないのにな。
でもやっぱり・・・好きなんだよ。
どこの誰がを独占してるんだろう。
あ、駄目だ。なんか落ちてきた。
とにかく洗濯されたジャージは大事に持って帰って、一日は部屋に飾ってから着ることにしよう。
そんなことを考えながら、背中での気配を追い続けている俺がいた。
キミとボクの距離〜ジャッカル編〜 3
2010/07/06
戻る テニプリ連載TOPへ 次へ