「幸村、何か欲しいものはないか?何かあるなら持ってきてやろう。」



慰めるように真田が言う。
俺は困ったように微笑むしかない。


今の俺に欲しいものなんて、そうはないんだ。
どうしてもと言うのなら、ひとつだけ。
神様にテニスという拠り所を奪われてしまった俺に譲ってくれないか?





        ねぇ、真田。


        俺は・・・君の彼女が欲しいんだ。










        君をください 1










そんな言葉を小学校からの親友に言えるはずもなく、俺は力なく頷いた。



「立海を頼む。」
「分かっている。」


「真田・・・また苦労をかける。」
「大丈夫だ。待っているぞ、幸村。絶対に治すんだ。」



真田の大きな手が俺の肩を掴んだ。
温かく優しい手を持つ真田。


その真田の後ろで零れる涙を拭っていた君が小さな声で呟いた。



負けないで、と。



中学の時にもテニスを失いかけた。
口にこそしなかったが、再び倒れる日が来ることを予感していた。
今度こそコートには戻れないかもしれない。


それでも俺は頷いた、心配してくれる真田と彼女のためにだ。





コンコンと病室に控え目なノックの音がする。
退屈な入院生活はノックで誰が来たのか分かるほど長くなっている。



「どうぞ。」
「こんにちは。」



ドアを開けて窺うように顔をのぞかせた君に「いらっしゃい」と笑顔を向ける。
君はホッとした微笑みを浮かべ、鮮やかなヒマワリを手に病室へと入ってきた。



「調子はどう?」
「うーん、まぁまぁかな。さっき検査から帰ってきたところなんだ。」


「そう・・、これ新しいお花。」
「いつもありがとう。綺麗な色だね。」



ニコッと微笑み、制服姿の君は慣れた手つきで花瓶の花を替え始める。
こんな時に不謹慎だけど、君の横顔も綺麗だ。



「あとね、柳君から授業のノートを預かってきた。」
「悪いね。」


「ううん。平日は大会が近いから行けないけど、週末には皆でお見舞いに来るって。」
「ああ・・いいんだ。皆には大会に集中して欲しいし、来なくていいって伝えておいてよ。」


「でも、」
さんが来てくれるだけで十分だよ。」



部屋の洗面所で水を替えていた君が振り返った。
瞳を大きくした君にシマッタと思う。駄目だな、俺。



「君が色々とテニス部の情報も伝えてくれるから、それで十分様子が分かる。」
「あ・・うん。弦クンが幸村君に伝えるようにって。」



そうだよね。君は真田に頼まれて来ているだけ。
分かっていたのに、言葉にして君の口から聞かされると結構堪える。


あの真田を『弦クン』なんて呼べるのは君ひとり。
君を『』と呼び捨てにできるのも真田ひとりだろう。


俺が君を知った時には、既に君は真田の隣に立っていた。
俺の恋は君と出会った日に終わっている。


花瓶を床頭台に置いた君は、いつものようにベッド脇の丸イスに腰掛けた。
カバンの中から柳に託されたノートを出し、今日あったことを細かく話してくれる。


笑えばエクボが見られるし、ふとした時に伏せられた睫毛の長さに胸がトキメク。
拷問のような甘い時間を後ろめたさと一緒に味わっている。


今は入院中なんだから。テニスが出来ないんだから。


心の中で言い訳をして、君との時間を愛しむ。


この白い箱の中にいる時だけは、君は俺のもの。
瞳に映るのは俺しかいない。


心の中で想うぐらいは許されてもいいだろう?



「それで・・・検査の方は?」
「うん。明日には先生から説明があるかな。」


「それで良かったら退院できる?」
「できるかもね。親は期待してるみたいだけど・・・俺はどちらでもいいよ。」



意外なことでも聞いたかのように君が眉を寄せる。
俺は肩をすくめて笑った。



「真田には内緒だよ、絶対に怒られるから。俺は・・・もう今からじゃ全国に間に合わないよ。」
「そんなこと、だって弦クンたちは待ってるのに!」


「柳や仁王、あと柳生は分かってると思う。もう中学の時のような奇跡は起きない。」


「幸村君・・・」



見る間に君の瞳に涙が溢れてきた。
口元を押さえ、嫌がるかのように頭を横に振ると俯いてしまう。


君が俺のために泣いてくれている。
そんなことに喜んでいる場合じゃないけど、正直嬉しいよ。



「大丈夫。俺がいなくても真田たちで充分に勝てる。」



俺の言葉に俯いていた君が顔を上げた。
憤ったような目をして唇を震わせると、再び首を横に振る。



「諦めるの・・駄目。もう一度、戻ってきて?」
「無理だよ。」


「無理じゃない!幸村君だもの、無理じゃない!」



言葉と同時に君が俺の腕をつかんだ。
ビクッと俺の体が反応するのもお構いなしで、君は強く俺の腕をつかみ言い募る。



「幸村君は特別な人だもの・・・だから無理じゃない!諦めないで?」
「特別じゃないよ。」


「違う!どんなに努力しても、どうしても幸村君より上に行けないって弦クンが言ってた。
 幸村君を追い越すまで自分のテニスは終わらない、完成しないって。
 そんな人が、このままコートを去るなんて」



胸が痛い。君の言葉の一つ一つが胸を刺してくるようだ。
掴まれた手の強さに君の想いの重さを知る。


真田のために頼んでいるの?
渦巻く想いが堪え切れずに溢れ出すのを止められない。



「真田のために、頑張れって言うの?」
「違・・う」


「真田のために、再び死ぬほどの思いをしてでもコートに立てって?」
「違う」


「違わないよ。俺は真田を満足させるために存在してるんじゃない!」


「違う!私が、」



君は両手で顔を覆うと吐き出すかのように言ったんだ。



「私が・・・幸村君の姿をコートで見たいのっ。私が・・・諦められない」



気付いた時には君の肩を抱きしめていた。
近くを通るたび、ほのかに感じた甘い香りを強く抱いて吸った。
腕の中で君が泣いている。
俺も泣きたくなった。



どうしたらいいかなんて、今は考えられないんだ。



ただ君が愛しい。




















君をください 1 

2007/09/07



















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