あなたの声が聴きたい 最終話










初めて聞くような手塚君の声だった。
苛立ちを隠しもない、硬質な冷たい声。


手塚君は怒っている。



「ちが・・うの。偶然に会って、」
「偶然に会って、こんなに暗くなるまで一緒にいたのか?」


「不二君とは、さっき会って」
「用事は?何か用事があったんだろう?」



問い詰めるような手塚君の質問に口ごもってしまう。
用事などなかったのだから、咄嗟にうまい言い訳も出来ない。


手塚君は私から視線を逸らせると大きな溜息をついた。
その溜息に私は動揺し、ますます何を言っていいのか分からなくなる。



「俺を・・待つのが嫌だったのか?」
「そんなこと、」


「迷惑なら迷惑だと言ってくれればいい。」
「迷惑だなんて思ってない!」


「なら何故、用事があると言って先に帰った?何故、不二と一緒にいる?」
「それは、」



どうしてそんなに怒っているの?
手塚君に部活の話し合いがあると言われたから、私は遠慮しただけ。
遅くなっても待つと言えば手塚君を困らせてしまうと・・・そう思っただけなのに。



緩くなった涙腺が熱くなってくる。
泣けば手塚君を困らせてしまうと溢れる涙を精一杯止めようとすれば、
私の涙に気付いた手塚君が口元を押さえ視線を背けた。 



「すまない・・・言いすぎた。」



手塚君は前髪に指を通し俯くと辛そうに頭を振る。



「もし、が不二の方がいいと言うのなら・・・」



ちゃんと手塚君に理由を言おう。
そう思って私が口を開くより先に手塚君が発した言葉。


それに私は酷く傷ついた。



「どうして、どうして・・そんなこと言うの?

 私には手塚君しか考えられないのに!」



堪らなくなって叫ぶように言うと、手塚君の前からも逃げようとした。
不二君の方がいいと答えたなら、そうかと簡単に終わらせてしまえるほどの存在が私なの?
私にとって誰より大事な人は手塚君なのに。



「待て、!」



駅前ほどではないにしても人通りがある歩道を走る。
人を避けながら逃げたって、私など直ぐに捕まってしまう。
そう頭を掠めた時、目の前に信号が点滅している交差点があった。



渡らなきゃ。



「危ない!」



完全に赤になった横断歩道に足を踏み出したとき、後ろから肘を掴まれて思いっきり引っ張られた。
目の前を白い車がクラクションの音と共に走り去っていく。
車が舞い上げる風で前髪が揺れた。



「・・・俺の寿命を縮めないでくれ。」



とても近くで掠れた手塚君の声を聞いた。
横断歩道の向こう側、信号を待つ人が私を見ている。


動きたいのに動けない。
私は背中から手塚君に強く抱きしめられて、乱れる息と流れる涙もそのままに突っ立っていた。
手塚君の声が頭の上から直接響いてくるような感覚に私は震える。



「想いを伝えたいと思うのに、うまく伝えられない自分が歯がゆい。
 もっと優しく出来たら、不二のように柔らかく接することができたならと思うのに出来ず。
 優しくもしてやれないのに独占欲ばかりが強くて、に嫌われても仕方がないと思っていた。」



嫌ってなんかない。
私は頭を横に振った。


にわかに体を包む手塚君の緊張が緩むのを感じる。



「ひとつ・・・確認したい。」
「かくにん?」



肩を包んでいた腕が解け、そっと後ろを向かされた。
そこには真剣な目をした手塚君がいる。



「俺の一方的な想いでつき合わせてしまったが、に無理をさせていないか?」
「一方的?」


「本当は・・体育祭よりずっと前から見ていた。
 付き合って欲しいと告げて頷いてもらえたのが嬉しくて、の気持ちまで考えてなかった。
 もしも無理して付き合わせているのだったら・・・」



驚いた。確かに言葉として手塚君に『好き』だと言ったことはなかった。
手塚君にも具体的な言葉で言われたことがなかったし、恥ずかしさが先にたって言葉に出来なかった。
ただ胸の中に溢れる手塚君を好きだという想いは言葉にしなくても通じていると・・・勝手に思っていたの。


まさか手塚君が不安に思っているなど考えてもいなかった。



さん、君は誤解しているよ。
 君の気持ち、ちゃんと手塚に伝えてあげて。』



別れ際に不二君が残した言葉の意味が、やっと分かった。
恥ずかしがったり、遠慮してちゃ駄目なんだ。


あの日、勇気を出して想いを告げてくれた手塚君に私は真正面から応えてなかった。



私は手塚君を見上げ、零れる涙を拭い微笑んだ。



「私・・ちゃんと手塚君が好きです。」



少し震えてしまったけど、小さな声だったけど、手塚君に初めて告げた。


瞳を大きくした手塚君。
けれど直ぐに柔らかく細められ、私の大好きな優しい笑顔になった。



信号が青になる。
当然の如く人は動き出し、途端に照れてしまった私たちは慌てた。


手塚君は「とにかく行こう」と呟き、私の右手を大きな手で包むと横断歩道を歩き出す。
私は温かな手塚君の手に引かれ、擦れ違う人にジロジロ見られて赤面しながら歩いた。


だけど、とても幸せな帰り道。





たくさん話をした。
手塚君が私をいつ頃から見ていたか。
中学三年の学園祭で合唱部の伴奏をしている私の姿に一目惚れしたと言われて言葉をなくした。


体育祭の二人三脚は私と組みたくて密かに苦労したこと。
本当は電話もメールもしたかったけど、何を話していいのか分からず出来なかったこと。
不二君にヤキモチを焼いてしまったこと。


私の知らなかった手塚君が彼自身の口からポツポツと話されていった。
私も話した。


手塚君に比べて平凡な自分が情けないこと。
手塚君が他の女のコと話しているだけで落ち込んだり嫉妬してしまうこと。
嫌われたくなくて、色々な事を我慢してたこと。


手塚君は時には驚き、時には呆れて溜息をついた。
そうして最後には私の頭をポンポンと軽く撫でて笑ってくれた。



俺はお前の全てが気にいってるから・・・心配はいらない、と。



もっと話してと私は強請る。


手塚君の気持ちを私に聴かせて。





あなたの声が、心が、もっと聴きたい。










テニス部の部室近くで雲を眺めていたら、雨が降りそうだねと声を掛けられた。
優しい声は顔を見なくても分かる人。



「手塚、もうすぐ来るよ。」
「ありがとう。」



じゃあねと、不二君は笑顔で通り過ぎていく。
その後を追いかけるように菊丸君がきて、バイバイと明るく笑って走っていった。
菊丸君がそのままの勢いで不二君の背中に抱きつく姿を見送っていたら、聞きなれた声がしてきた。


振り向けば手塚君と大石君、そして女テニの部長さんが話しながら歩いてくる。
私が立っているのに気付いた手塚君が手にしたファイルを大石君に渡した。



「そういうことで、後は頼む。」
「了解。」


「いつも仲が良くていいわね。」
「俺なんかアテられっぱなしだよ。」



からかうように大石君と女テニの部長さんが言うけれど、
手塚君は表情も変えずに「お先に」と私を促して歩き出した。



「先に帰っていいの?」



まだユニフォーム姿の二人を残して帰ることに私は遠慮する。
けれど手塚君は「構わない」と振り向きもしない。
私との時間を作るためにと思えば困惑してしまう。


そんな気持ちに気付いたのか、手塚君は私の肩を抱き寄せるようにして耳元に口を寄せた。



「いいんだ。大石に協力してるんだから。」



え?と顔をあげれば、そういうことだと口元を緩めた手塚君がいた。



「今日は雨が降りそうだから・・・良かったら俺の家に来ないか?母に・・・紹介したい。」


いいだろう?



そう言って差し出される左手に、私は笑顔で自分の手を重ねた。



















あなたの声が聴きたい

2007.07.15

Thank you 500000HIT present to みく




















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