恋の花咲くこともある 最終回













「売上げ、入場客共にトップは・・・俺様のクラスだ!」



マイクを持った会長の声が掻き消されるほどの歓声が上がる。
も共に頑張ってきたクラスメイトたちと手を取り合って喜んだ。


結果は出た。
クラスメイト達とも仲良くなった。


それで十分だと、充実感の中では思った。



人を勝手に巻き込んだ跡部は華やかな舞台の上で話している。
は周囲の女子たちが大声で彼の名を呼ぶのを見ながら、少しずつクラスの枠から外れていく。
これから始まる後夜祭はには関係のないイベントだから。


後夜祭ではキャンプファイヤーがあり、その火を囲んで男女がダンスをする。
付き合っている生徒たちは既に身を寄せ合っているし、あちらこちらで意中の人を誘う生徒たちがいた。
クラス委員のコに『先に帰るから』と耳打ちすれば、『お大事にね』と声を掛けられ笑顔を浮かべる。
祖母の具合が悪い事を知っている人は、すんなりとを帰してくれた。



誰も居ない教室は既にいつもの光景に戻っている。
窓の外からは陽気な音楽が流れ込んできて、ダンスが始まったことを知らせていた。


夢のような時間だった。
だけどそれはこの教室と同じように元へと戻る。
跡部とコンビニで出会う前の自分に戻るだけなのだから、大丈夫。


学園に通って、家事をして、祖母や弟の心配をして、バイトして、時々はお父さんの残した医院を掃除する。
いつか弟が医院を継いでくれることを夢見て、そのために自分はやれるだけのことをする。


カバンを手にしたは片付いた教室を見まわしてから、そっと明かりを落とした。





段々とフォークダンスの音楽が遠ざかるのを聞きながら歩いていたは携帯が震えるのを感じた。
祖母に何かあった時のために、ずっとポケットに入れていた携帯だ。
凍りそうになる鼓動をなだめて携帯を開けば、今度は違う意味で鼓動が騒ぐ。


ディスプレイに浮かぶ名前は跡部のものだった。


気付かなかったフリをしようかとも思ったが、なにか学園祭のことで不備があったのかもしれない。
そう考えれば出ないわけにもいかない。
深呼吸して携帯を耳に当てれば、自分が聞いているのと同じ曲が流れてきた。



「もしもし?」
『話がある。直ぐに中庭へ来い。いいな?』


「ちょっと」



呼びかけた時には切られていた。
あまりに一方的な内容に茫然としたが、声の雰囲気が怒っているようにも思えた。
やはり何かヘマをしてしまったのかもしれないと、は校門に向かっていた足を変えた。


何がいけなかったんだろう?
考えられるのは報告した売上が間違えていたとか・・・


暗くて視界の悪い足元に苦労しながら中庭を目指す。
校舎の角を曲って開けた視界の先、執事服の上着だけ脱いだ跡部が老木の桜を見上げていた。


よく考えれば、あれは恋人たちが集まる伝説の木だ。
跡部も恋人を待っているのかと思えば、足が止まってしまうだ。
学園祭でクラスがトップを取れたのは彼の人気があってこそだったと認めている。
彼ならば、どんな子でも・・・


足が勝手に後ずさった時、不意に跡部がこちらを見た。
月が明るいから、ジッとを見つめる彼の表情がよく分かる。



「遅いぞっ、早く来い!」



いきなり怒鳴られた。
恋人を待つ時間に人を叱り飛ばすつもりだろうかと泣きたくなってくる。
しかし逃げても走って追いかけてきそうな不機嫌な彼の顔を見て、は観念した。


覚悟を決めて近づけば、腕を組んで仁王立ちになった跡部が苛々した様子で「そうは時間がねぇ」と呟く。
やっぱり誰かを待っていたのかと痛みが胸を刺したが、気取られたくないと表情を引き締めた。



「なにが抜けてた?売り上げ?」
「はぁ?売り上げは合ってただろ」


「じゃあ、何を」



跡部が目の前で息を吸うのが分かった。
その勢いのまま口が開く。



「てめぇ、なに挨拶もナシで先に帰ってやがんだ!ああん?」
「そ・・そんなこと?ちゃんとクラス委員には先に帰るって言ったし」


「俺に言ってないだろ!」
「だって跡部は忙しそうだったから」


「なんのために携帯の番号を教えたと思ってるんだ?」
「電話までして『帰ります』って報告しなきゃいけなかったわけ?」


「当たり前だっ」
「なにが当たり前なのよ」



はじめは委縮していただったが、あまりに身勝手な跡部の物言いに買い言葉を返してしまった。
跡部はというと食ってかかってきたに向かい、唇の端をあげて拳を差し出してきた。
何かと窺うの前で開かれた手のひらには、今朝のこと彼に取られた髪のゴムが載っていた。



「今さら遅いよ」



唇を尖らせて、そのゴムに手を伸ばした
その手は目あての物を掴むより先に、自分よりも大きな手に捕まえられてしまう。
咄嗟に腕を引いたけれど彼の手の力はピクともせず、怯えたように見上げてくるに笑顔まで見せた。



「言っただろう?俺はそのままが好きなんだ」



何をとは聞けなかった。
跡部の片方の手が伸びてきて、一つに結んだの髪を解く。
うなじに落ちる髪の感触と共に跡部の手が頭を撫でていくのが分かって、瞬時に頬が熱くなった。
真っ直ぐ見つめてくる跡部の瞳から目が逸らせずに、その深い色にとらわれる。



「そのメガネもいらねぇ」



すっとメガネが引き抜かれる。
跡部は器用に片手でメガネを折りたたむとベストのポケットに仕舞ってしまう。
髪をおろし、メガネのないの顔を眺めた跡部がフッと表情を緩めた。



「そうだ、これでいい」



囁く彼の声は心地いい。
低すぎず、高すぎず、僅かな甘さを含む彼の声は嫌いじゃない。
そう・・・むしろ



  『 大丈夫だ 』


  『 いいから、泣いてろよ 』



そう言って傍にいてくれた、その声が・・・好きだと思った。



「跡部・・・」



耳に届いたのは自分の声とは思えないほど小さくて頼りない。
それでも跡部は穏やかな笑みを浮かべたまま頷いて、手のひらをの頬に添えてきた。



ああ、火照った頬に彼の手は気持ちいい。



「この木は人気があるからな。
 追っ払った奴らが戻ってくる前に、さっさと俺たちも試そうぜ」


「試・・す?」


「その伝説ってやつを」



近づいてくる端正な顔。
は魔法にでもかかったように自然と目を閉じた。





  にもきっと運命の人との出会いがある


  そして永遠に結ばれるのよ





懐かしい母親の声が思い出され涙が溢れる。
柔らかく触れるだけのキスをした跡部は、目じりから零れるの涙に気付き、再び優しく口づけた。



「お前のそばに、ずっと俺がいてやる」



引き寄せられても、もう逃げることはない。
はやい鼓動が聞かれても構わない。


この人が私の傍にいてくれる。



は自分から手を伸ばし、いつの間にか好きになっていた跡部の胸に飛び込んだ。










桜の花が咲く頃、跡部は伝説の木の下で昼寝をしている。



枕にしているのは恋人の膝なのだが、さっきから「重い」だの「しびれる」だのと文句が多い。
本当は恥ずかしいだけなのだと知っている跡部は彼女の膝から退く気など更々なかった。
文句を言うくせに求めれば何十分でも膝を貸してくれるのだから愛されていると思う。


薄く開いた視界には、彼女の綺麗な髪が鎖骨の辺りで風に吹かれている。
レンズを通してない瞳は星を散らしたかのように輝いていた。



「病院はどうだ?」
「おかげさまで患者さんも増えてきたみたい
 いい先生を紹介してくれたって、お祖母ちゃんが感謝してたよ」



閉じていた医院を開業したい若い医師に貸すことができ、賃貸料が得られることになった。
弟が開業できるようになるまでには十年以上かかるし、
若い医師にとっては設備が整っている医院を格安で借りることができると喜ばれた。
全ては跡部の知恵と人脈によるものだ。


を含め、家の人間には感謝をされたのだが、実は跡部の独占欲から始まったことだとは知らない。


コンビニは男が多いうえに、夜も遅い。だから辞めさせた。
なら他のバイトを・・・と探しだすに頭を痛め、とにかくバイトさせずに収入が得られる方法を考えたのだ。
医院は自宅と一緒になっているから、若い男の医者は危険だと女医を選んだのも跡部だ。


進学はしない、公務員試験を受けて地方公務員になると決めていたの進路を進学に変えたのも跡部だ。
自分より先に就職なんぞされた日には自分の目が届かないからだ。


医院を人に貸す以外は一通りの喧嘩を繰り返したが、そこは跡部の知力、体力、愛情をもって最後には頷かせた。



誰にも触れさせない、離さない、全てを自分だけのものに。
最近は可愛がられている彼女の弟にまで嫉妬を感じる始末だ。





「桜、もう直ぐだね」
「ああ?」


「桜が咲くねってこと」
「ああ、桜か」


「前々から言おうと思ってたんだけど、私たちがこの木を独占してる気がしない?」
「そうか?」



気のない返事で、跡部はの髪を指に絡めて遊びだす。



学園祭の夜にキスしていた姿は、桜の木から追っ払らわれた生徒たちに目撃されていた。
そんなものどこ吹く風の跡部は好きなように噂させ、堂々との手を引き桜の木の下を陣取っている。
居座る跡部を押しのけてまで、恋人といちゃつこうとするつわものは学園にいない。



「伝説なんてのは俺たちで証明すれば、それで十分だろ」
「みんな試したいと思うけど?」


「なら俺たちのいない時に勝手にすればいい」



どこまで自分勝手なんだと呆れるだが、こんな男が好きでしかたないのだから困ったものだ。



「桜が咲いたら花見だな」
「そうだね」



可愛らしく微笑んで桜を見上げたの頭を引き寄せて、不意打ちでキスをする。
その後には文句を言われるのが分かっていてするのが楽しい跡部だ。





それは偶然だった。





     『いらっしゃいま・・・せ』
     『お前・・・』





あの出会いから、恋の花が咲いた。





















恋の花咲くこともある 最終回 

2008/07/17

80万ヒットキリリク Hikari様に捧げます




















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