『ココロニ嘘はつけない 最終章』










もうすぐ授業が始まる時間。


グラウンドからは次の体育を待ちきれない生徒達の声が響いているけれど、テニス部の部室あたりは静まり返っていた。
勢いで観月君のいるという部室まで来たものの、ドアの前で足が止まってしまった。


何をどう話せばいいの?
観月君が入学してきた当初から私を知っていて、
ひょっとしたら・・・その頃から好意を持っていてくれたかもしれない。
それを知ったからといって何ひとつ状況は変わっていない。


観月君にとって吉朗は、恋にも勝る大切な人間だし。
私は永遠に吉朗の幼馴染であり、元の彼女であることに変わりはない。
吉朗が今の私にどんな感情を抱いているのかは分からないけれど、
観月君の気持ちに変化がないかぎり私を受け入れてはくれないだろうことは想像できた。



『アイツ、妙に頑固で律儀なところがあるんだ』



苦笑した吉朗の声を思い出す。



会いたい。想いを伝えたいと走ってきた私だったけれど、急激に頭が冷えてきた。
部室の前で、しばし立ち尽くした後。結局ドアをノックすることが出来ずに背を向けた。



トボトボと部室から遠ざかりながら見上げた先に、真冬の桜が立っていた。
葉っぱ一つない、寒々しい姿。


始業式に見上げた桜は美しく柔らかい薄紅色に包まれていた。
小雨に景色がくもる中で見た桜は儚いほどに綺麗で、ぼーっと時間も忘れて見つめていた。



観月君がみたと言う女の子は、本当に私だったのかな?



今日は冬独特の薄曇り。
灰色の低い雲がたちこめて、小雪でも舞いそうな天気だ。
気持ちは同じ方向を向いているはずなのに、叶わない恋なんて滑稽だ。
分かっていて動けない私達。


あの日と同じように桜の木の下に立ち、花のない枝を見上げた。
あ、と気付く。葉もなく、休眠しているように見えた桜に赤く膨らみつつある芽が幾つもあった。



ふふ、と笑みが零れた。



こんなに寒いのに、どこで季節を知るのだろう?
ちゃんと春に向かって花を咲かせる準備をしている桜。
この不思議と生命の力に、なんだか感動してしまった。



また桜咲く季節が来る。
観月君が出会った女の子が私でも私じゃなくても、どっちでもいい。



『僕は、君が好きです』



そう彼は言ったじゃない。だったら、私も伝えたい。
彼氏と彼女になれなくてもいい。付き合うだけが、すべてじゃないよね。
ただ、この胸の中にある観月君を好きだと思う気持ちは、ちゃんと言葉にして伝えたいよ。



手のひらには吉朗のくれたチロルチョコが一つ。
これは、吉朗のくれた気持ち。



チロルチョコをギュッと握ると、意を決して部室のほうへ踵を返した。
同時に始業のチャイムが鳴り始める。



その振り返った視線の先に・・・観月君がいた。



「観月君、」



名前を呼んだけれど返事はない。
彼は酷く真剣な顔をして、瞳を僅かに細める。


チャイムが鳴り終わるまで、私達は身動きもせずに見つめ合った。
余韻を残してチャイムが終わると、グラウンドの方からホイッスルの音が響いてきた。
授業が始まる。
ああ、もう駄目なのかな?と余裕のない考えが頭を掠めたとき、観月君が一歩踏み出した。



「どうして、ここに?もう・・・授業が始まりましたよ。」
「あの、吉朗に観月君がここにいるって聞いて。」


「赤澤に?何故、」
「これを観月君に渡したくて。あ・・・吉朗が観月君にあげていいって、くれたものなんだけど。」



手のひらに乗せた一粒のチロルチョコを差し出せば、近づいてきた観月君が黙って覗き込む。
観月君はジッとチョコを見つめてから、ふいと視線を外して桜の木を見上げた。


受け取る気はないのだと言われたようなもの。
泣きそうになりながら、チョコを握り締めて俯く。


『好きです』と伝えたかった言葉が、体の奥底に沈んでいくようだった。



「あなた・・桜が好きなんですか?」


「え?桜?」


「今も、とても愛しそうな顔で桜を見ていた。」


「そう・・だね。多分、とても好きな花なんだと思う。
 意識して好きだと思ってたわけじゃないけど・・・とても惹かれる。」



足元から木枯らしが吹いてきた。
舞い上がる枯葉と一緒に、肩まで伸びた髪があおられた。
慌てて制服の裾と髪を押さえるのに、観月君は全く身動きせずに桜を見上げたままだ。



「去年の春。
 小雨が降ってるのに、傘も差さないで桜の木を見上げている女の子がいたんです。
 呆れながら見てたんですけど・・・彼女はとっても嬉しそうに桜を見てました。
 舞い落ちてくる花びらをね、子供みたいに掴もうとするんですよ。
 ひとりでクスクス笑いながらね、飽きもせずに何度も何度も。


 綺麗・・・でした。
 僕ね、その人に・・・生まれて初めて一目惚れをしたんですよ。
 名前も、学年も、なんにも知らない。その人に・・・恋をしたんです。」



吉朗の言っていた事は、本当だった。
それは、間違いなく私だ。
散る花びらを掴みたくて・・・傘を閉じたんだもの。



「その人を廊下で見かけました。嬉しかった。名前を知りたいと思った。
 いつも彼女の姿を探して。少しでも彼女のことを知りたいと思った。 
 それが・・・親友の想い人であることも知らずにね。」


「観月君、」


「君を赤澤に紹介された時の僕の気持ちが分かりますか?
 やっと知った君の名前。その名前は、親友の恋人のものだった。


 諦めなくては。忘れなくては。思えば思うほど、忘れられない。
 屈託のない赤澤は何の疑いもなく、君と僕を近づけてしまう。
 近くなれば近くなるほど、想像していた君が・・・想像以上に可愛らしくて・・・惹かれていく。
 好きで、欲しくて、苦しくて、嫉妬して・・・僕はっ、」



観月君が自分の前髪を掴んで俯いた。
その痛々しい肩が震えているのに気がついたら、勝手に体が動いていた。
私は観月君の細身の体に腕をまわす。脇からぎゅっと観月君を抱きしめた。
彼の体が逃げようとしたのを感じて、精一杯の力を腕にこめ、顔を彼の体に埋める。



「ゴメンナサイ。ひとりだけ・・・辛い想いをさせて。 
 私も・・・好き。観月君が・・・好きなの。
 どんなに封じ込めようとしても。嘘をついても。自分には・・・嘘がつけないよ。


 私は、観月君が好きなの。だから・・・お願い、チョコを受け取って?」



顔をあげて、右手に握り締めていたチロルチョコを観月君に差し出した。
観月君の体は抱きしめたまま。私に拘束された彼がぎこちなく手のひらに視線を向ける。



お願い。チョコを手にとって。
吉朗がくれたチョコなの。吉朗の気持ちが、こめられてるの。
そして、私の・・・気持ちも。



「自分には・・・嘘がつけない」


「そうよ。どんなに上手く他の人に嘘をついても、自分には嘘がつけないもの。
 観月君は時間をくれと言った。私の気持ちは言わないでと言った。
 だから、ずっと隠して・・・封じ込めてきた。でも、もう駄目。


 観月君が好きなんだもの。とても、とても好きなの。傍に・・いて欲しい、」



痛い、と一瞬思った。
肩を掴まれたと思ったら力づくで体を持っていかれて・・・抱きしめられていた。


あの雨の夜に抱きしめてくれた時と同じくらい、ううん・・・それ以上に強く強く抱きしめられた。



観月君の柔らかな癖毛が頬にあたる。
抱きしめられながら見たのは、春には艶やかに咲くだろう桜の細い枝。


そして、聞こえてきたのは・・・観月君の嘘のない告白だった。





「ずっと、僕の傍にいて欲しい。あなたが・・・好きです。」










風が暖かくなり、陽射しに明るい色が混じり始めた。


彼らは相変わらず忙しい。
三年になれば最後の大きな大会が控えているとかで、集大成のごとく猛進しているテニス部だ。



3月14日。今日は、ホワイトデーだ。



「なんだ、こりゃ?」
「見れば分かるでしょう?ホワイトデーよ。」


「ちょっと待て。なんで、俺が受け取るんだ。」



ジャージ姿で首をかしげる吉朗の前で、私達は顔を見合わせて笑う。



「僕にチョコをくれたでしょう?ホワイトデーは3倍返しとかいいますからね、かなり豪華にお返しさせていただきましたよ。」
「マジか?」



吉朗が驚きながらも白い箱の中を覗き込む。
おおっ、と声を出すと、手をつっこんで中のガトーショコラを出してきた。



「なに、これ?手作り?が・・・ってことはないな。まさか、観月?」
「失礼な。私も手伝ったもの。」


「まぁ、粉をふるったり、混ぜたり。手伝ったのは、力仕事ばかりですけどね。」



むうっとして観月君の顔を睨めば「ああ、いえいえ。がんばりました。」と慌ててフォローする。
吉朗は声を出して笑いながら、大口を開けてパクッとショコラを食べた。
モグモグと口を動かしてから、パッと明るく笑う。



「うめぇな、これ。お前ら同様、甘いけど。」



もう一つを食べようとした所で後ろから部長を呼ぶ声がした。
吉朗は残りが入った箱を抱えたまま「さんきゅうな」とコートに戻ろうとして振り返った。



「これさ。今度、俺のカノジョにも教えてやってくれよ。また、料理の下手な女なんだ、頼むぜ!」





去っていく吉朗の背中を見送って、観月君がラケットを握った。
これから、また厳しい部活が始まる。



「また・・・料理が下手だそうですよ。また。」



悪戯っぽく笑った観月君が前髪を指に巻きながら「また、」に力を込めて言う。
どうせ、料理は苦手です。昨日、散々観月君にヒンシュクをかったので何も言えない。



「ま、僕はいいですよ。台所で悪戦苦闘している君は可愛いから許せます。」
「み、観月君?」



赤面する私に、彼は柔らかく笑う。



「すみません。もう、ココロに嘘はつけないから。」


 そうやって赤くなるところも可愛らしくて好きですよ。


 君が好きです。
 離したくないぐらい好きですよ。


 一分でも長く君といたいから・・・帰らないで待っててください。 
 家まで送りますから。
 絶対に、待ってて。



前置きをすると観月君は言いたいことを言って、
おまけに手が伸びてきたと思ったら前髪をかき上げられてキスが落とされた。



雨のように甘い言葉を浴びせられ。
額に残された唇の感触にクラクラしながら、彼の背中を見送る。



嘘のない観月君は、相当に甘い恋人らしい。





春はもうじき。
今年は甘い恋人と肩を並べて桜の花を見よう。





膨らんできた蕾を見つめながら、その日が来るのを待ち遠しく思う私だった。




















『ココロに嘘はつけない』 

2005.10.31




















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