『ココロニ嘘はつけない 5』










あの日と同じように、会話もなく並んで歩く。
歩いているうちに段々と雨が激しくなってきて足元はぐちゃぐちゃ・・・肩も胸元へ沁みてくるほど濡れてきた。



「激しくなってきましたね。少し・・・どこかへ避難しましょうか。」



久しぶりに聞いた観月君の声がアスファルトを打つ雨の音に混じった。
頷いた私を促すようにしてコンビニの軒下に入る。
すっかり暗くなった闇に不釣合いな明るさで存在するコンビ二を背に、私達は並んで空を見上げた。



「コンビニで傘を買おうかな。」
「この雨じゃあ、傘を差しても濡れるのは同じですよ。もう少し待てば、雨脚が弱まるでしょう。」



それっきり、また会話が途切れる。
激しい雨の音がするだけマシ。会話がなくても雨が空間を埋めてくれるから。
立ち止まると急激に体温が下がるのか、ふるっと体が震えた。



「寒いですか?店の中に入りましょうか?」
「ううん。平気。」


「でも、」
「本当に、大丈夫だから。」



店になんか入りたくない。辛くても、観月君の傍に・・・二人の空間にいたい。
そう思ってしまう私に罰を与えるように。凍えるぐらいが、ちょうどいいの。



「赤澤と・・・」



突然に出た吉朗の名前に、また体が震えた。



「別れたんですね。」
「・・うん。」


「どうしてと、聞いてもいいですか?赤澤は、あなたをとても大切にしていたのに。」



観月君に責められているような気がした。
唇を噛んで、小さく首を横に振った。理由など言えない。
少し答えを待つような間が観月君にあったけど、私が答えないのを知ると言葉を続けてきた。



「赤澤がね、『には本当に好きな奴が出来たのかもしれない』って言うんです。
 そのうえ僕に『お前、誰か知らないか?』と聞くんです。僕は答えられなかった。」



吉朗が?と顔をあげれば、観月君が以前と同じように空を見上げていた。



「僕は知らない。あなたが誰を想っているかなんて・・・だから『知らない』と答えた。
 赤澤は笑うんですよ。『そうか?』って。裏も何にもない顔で笑うんです。


 『なら、お前が好きなのは誰だ?』とも聞かれました。こればっかりは『知らない』とは答えられない。
 『いない』と答えました。『テニスのことだけで頭が一杯だ』と。
 また赤澤は笑いました。『不器用な奴だな』って。


 僕、不器用だと思いますか?自分では嫌になるくらい器用なつもりです。でも、器用貧乏なのも理解している。
 平気なフリ。何も感じないフリ。嘘、なんて・・・得意中の得意のつもりだった。
 なのに赤澤がね、笑うんです。『お前は不器用で、馬鹿ヤロウだ』って。


 本当に、赤澤には敵わないと思い知らされる。なんだって、ああも簡単に人を赦せるんだ?
 いや・・・違う。分かってるんです。簡単なはずがない。それでも、彼だから・・・赤澤だから出来るんだ。」



話の意味を追う私に、観月君が視線を向けた。
今日会って、はじめて真っ直ぐ見つめられて息が止まりそうになる。



「僕は、君が好きです。


 赤澤がどんなに大事にしている人かを知りながら、惹かれる心を止めることが出来なかった。
 そして、今も君に惹かれてやまない。


 君が・・・ひょっとしたら僕にも惹かれているのじゃないかと自惚れてもいる。」




「観月君、私、」
「待って」



嬉しかった。大好きな人に『好き』だと告げられて、心の枷が一瞬で外れた気がした。
だから私も自分の気持ちを告げようとした。


その唇を・・・観月君の人差し指が触れて止めた。



「今は、言わないでください。聞いてしまえば、もう自分を抑えられなくなる。
 僕にとって、赤澤は誰より大事な友人であり、同志だ。
 彼を踏み台にするようなこと・・・僕には出来ないんです。


 だから・・・あなたの傍にいることはできない。
 すみません。好きだといっておいて、勝手なことを言っている。


 分かっていてお願いします。少し、時間をください。
 僕に、色々なことを整理する時間をください。」



観月君が口を閉じると、また雨の音だけになった。
コンビニのライトに照らされる彼の顔はやけに白くて、黒い瞳だけが輝いていた。


その強い意志を私は受け入れるしかない。


そっと触れた唇から離れていく指。
高まった想いは、離れて行く温もりと同じように引いていく。



「雨・・・少し弱まってきましたね。そろそろ行きましょうか。」
「待って。観月君、もう少しだけ・・・」



軒下から手を差し出した観月君を思わず引き止めていた。
彼が私を振り返って、ふっと微笑む。



「分かりました。雨だから・・・もう少しだけ一緒にいましょう。」



私と観月君は、それっきり言葉もなく立っていた。
嬉しいような、哀しいような。
切ない二人の時間だった。





翌日は秋晴れ。



下駄箱で吉朗と観月君に会った。
1ヶ月以上学校では会えてなかったから、二人が仲良く話している姿を懐かしくさえ思った。



「よお、おはよう。」
「おはようございます。」



二人同時に挨拶をされて、私は笑ってしまう。



「おはよう。」



軽く挨拶をして、そのまま二人の前を通り過ぎた。
私のココロは封印したの。


観月君は時間をくれと言ったけれど、期限もないし、約束もない。
好きだけれど好きにはなっていけない。そういう意味だと思う。


吉朗は私達の気持ちに気づいていて赦している。
それでも進めない観月君の吉朗を思う気持ちが分かるから・・・私も無理強いしない。



観月君が時に見せた辛そうな表情を思い出しては、私と吉朗の間で苦しんでいたのだろう彼を思った。





甲高い女の子達の声があがる中、テニス部が練習をしている。
秋季大会で関東ベスト4に入ってから、テニス部の株が一段と上がった。


私は遠くから練習を見つめている。
幼馴染である吉朗と、片想いと同じ観月君を目で追っている。


ただ、それだけ。
吉朗と観月君は、ますます忙しくなってプライベートなど無いに等しいらしい。
サーフィンを趣味にしている吉朗が『海が恋しい』とメールを打ってくるほどだ。



私が吉朗と別れたことが知れてから、吉朗は随分とモテているらしい。
何組の誰かに告白されたらしいとか色々と噂を耳にする。
何故か私にも気持ちを打ち明けてくる物好きな人がいたりして、身辺はそれなりに慌しく日々が過ぎていった。



観月君と私の距離は変わらない。
会えば挨拶をして、一言二言と言葉を交わすこともある。
『寒くなってきましたね』とか『忙しそうね』ぐらいのものだ。


そんな時でも、観月君は真っ直ぐに私を見てくる。
その瞳から彼の想いの一端を受け取る気持ちになるのは私の思い込みだろうか。


目と目で、心を交わす。



     まだ好きです
     私も好きです



そんな声にならない想いを確認しているような錯覚に陥っては、後で自嘲する。



そうこうしているうちに冬が来て、家族と過ごすクリスマスにお正月。
住所を知らないから、年賀状のやり取りさえない想い人。
何度も観月君の携帯の番号を履歴から呼び出して、見つめては切った。



バレンタインデーも、よそ事のように過ぎて行く。
手提げ袋一杯のチョコをテニス部の部長と副部長が抱えていたなんて話も耳に入って溜息をつく。
何もかもから取り残されているかのような感覚に、ぼんやりと頬杖をついて窓の外を見ていた。



「お〜い、。なんか、しけた顔してるぜ?元気か?」
「昨日も会ったでしょう、元気よ。なに、どうしたの?」


「悪いけど、数学のノート貸してくれ。お前んちのほうが進んでるだろ?俺、今日あたるんだ。」
「いいけど。何ページ?本当に済んでるか確認してあげる。」


「62ページのまとめ(2)の問題。」
「はいはい、待って。」



吉朗は前の空いた椅子に反対向きに座ると、私の机に肘をついた。
数学のノートを出して確認していると、吉朗が小さめの声で聞いてきた。



「な。チョコは?」
「誰の?」


「俺。」
「私に貰わなくても、他から沢山貰ってるでしょう。」


「お前、冷たいのな。仮にも、元カレだぜ?くれてもいいだろう?」
「なんで、元カレに?あ、あった。62ページ・・・大丈夫よ。」


「おっ、さんきゅ」



別れて半年近く。
吉朗の広い心のお陰で、軽い冗談が交わせるぐらいになったのが嬉しい。
ノートを手渡すと、ニコニコした吉朗がポケットからチロルチョコを出してきて机の上に置いた。



「これは、お礼。」
「ヤダ。誰かから貰ったものじゃないの?いいの?」


「細かいことは気にするな。気にするな・・・と言えば、観月にはチョコあげた?」



机に置かれたチロルチョコを手に取ろうとした動きが一瞬止まった。
けれど、すぐさま気持ちを立て直し「まさか、」と明るく返す。



「やっぱり、な。二人の気持ちは嬉しいけど、それこそ細かいことを気にしすぎだろう?
 お前が動かないと、観月は動かないぞ。アイツ、妙に頑固で律儀なところがあるんだ。」


「吉朗・・・」


「俺さ。ひとつ忘れてたことがあって。春、観月がチラッと言ってたんだ。
 始業式の日、雨の中を傘も差さずに桜の木を見上げてた女のコがいたってな。
 見たこともない生徒だったけど誰だろう・・・って。
 観月が女のコに興味を持つような話をしたのは初めてだったから、その時は『へぇー』って思ったんだけど忘れてた。
 けど、最近になって思ったんだ。春に見かけた見たこともない女のコって、ひょっとしてだったんじゃないかって。
 お前。覚えはないか?」



始業式。私が、転入してきて最初に登校した日。
ああ、そうよ。春の小雨が降っていた。
札幌から帰ってきて、久々に4月に咲く桜を見て感動したの。
気持ちよくて・・・傘もささずに桜を見上げてた。
そう。あれは、テニス部のコート近くだった。



「それって、」



思いあたった私が口を開くと、吉朗が目を細くして「だろ?」と笑った。



「観月さ。きっと、俺がお前を紹介するずっと前から・・・お前に惚れてたんだと思うんだ。」



私は立ち上がった。
吉朗が私を見上げて笑いながら言ってくれた。



「観月はチョコから逃れたくて部室に籠もってるぜ。
 そのチロルチョコ。俺が買ったヤツだけど、観月にプレゼントしてやってくれ。」


「ありがとう、吉朗。」


「どういたしまして。あの頑固者をさっさと捕まえて来いよ。」



もう一度、ありがとうと呟いて。



一粒のチロルチョコを手にテニス部の部室に向かった。




















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