『ココロニ嘘はつけない 4』
吉朗に観月君との事は言わなかった。
というより、言えなかった。
観月君が雨の中を来てくれたこと。
咄嗟に『』と呼んだこと。
強く抱きしめてくれたこと。
どれも思い出すだけで胸がギュッと掴まれるような感覚がしてしまう。
この感覚が何を意味するのか・・・いくら鈍いといわれている私だって考えないわけにはいかない。
そうしたら後ろめたくて、吉朗には言えるはずもなかった。
俺ら、付き合わないか?
いいけど・・・
後悔しても時間は戻らない。何故、ああも簡単に答えを出してしまったのだろう。
吉朗は好き。好きだけれど、好きの意味が違うことを見誤っていた。
お気に入りのティーポットにお湯を注いで蒸らす。
目の前でサラサラと落ちていく砂時計の砂。
『しっかり時間を計って蒸らすことが大事なんです』
観月君の声が頭に木魂する。
減っていく砂を見つめながら思い出すのは、彼の事ばかり。
どうしよう・・・
呟きが一人の空間に溶けていく。
観月君の事が気になる。気づけば、彼の事ばかり考えている。
吉朗のことで頭が一杯になったことなんてないのに。
昨日の事を思う。
『、』
いつもと違う声色で呼ばれて肩に手を置かれた時、私の体は勝手に吉朗から逃げていた。
呆気に取られた吉朗が次には不審そうな顔をした。
『どうした?』
『あ・・・あの、人が通ってた。』
キョロっと周囲を見回す吉朗に肩をすくめて『さっき、通ってたの』と付け足したが、わざとらしかったかもしれない。
キスを拒んでいた私。
その時、脳裏に浮かんでいたのは観月君の真っ直ぐな瞳だった。
吉朗は『そうか?』ぐらいのもので、素早く私の肩を抱え込むと唇を重ねた。
泣き出したくなるぐらいの苦いキス。
その後、吉朗の顔が見られなかった。
決定的だと思った。
私は・・・観月君に惹かれてるんだ。
秘密の夜の翌日から、観月君は私を避けていた。
「観月のヤツ。今週から忙しいんだってよ。だから、当分は紅茶のレッスンを休むって。」
「そう。うん、分かった。」
昼休みに告げられて、私は教えてもらったことを書き綴ってきたノートを胸に抱きしめた。
吉朗は普段どおり。
曇り一つない笑顔で私に接してくる。
それが当たり前だったのに、あの夜から後・・・それが苦痛になってしまった。
観月君に会えない日々が続く。
同じ学校にいるのに、見かけることさえなくなってしまった。
移動教室でも、吉朗と別れるテニスの部室近くでも、全く観月君に会わない。
意図的に避けられているとしか思えない状況に気持ちが沈む。
会いたい。一目、彼の姿が見たい。
でも、会ってどうするの?どうにもできないのに。
堂々巡りの思いを抱えて、今日も吉朗の傍に立っている自分に嫌悪する。
会えなければ会えないほど、自分の気持ちが見えてきた。
誰が好きなのか。誰に恋をしているのか。
分かってしまったら、それはとても大変なことだと気がついた。
吉朗と別れるのは・・・どんなに辛くても言えないことじゃない。
ううん。むしろ、どんなに責められても、ちゃんとしたい。
でも、吉朗と別れたからといって観月君に想いを伝えるなんてできないし・・・しちゃいけないと思う。
吉朗と観月君は親友だ。
お互いが認め合って、部活でも私生活でも共に行動している。
そんな二人の間に、わだかまりを残すような事はしたくなかった。
吉朗とは別れたほうがいい。
でも、観月君に向かっている気持ちは隠して。観月君にも隠して。
ずっと繋がることのない想いを抱えて、一人で立つしかない。
そんな事、耐えられるだろうか。
答えが出せないまま、一週間、二週間と観月君に会えない日が続いた。
吉朗と私の間に、終わりが訪れたのは秋。
部活が午後から休みの日曜。吉朗の家に母親の実家から送られてきたブドウを持って訪ねた。
おばさんは留守だという。
『ちょうどアルバム買ってきたとこだから上がれよ』と軽く言われて、見慣れた吉朗の部屋に向かった。
はじめは人気バンドの新譜を聞かせてもらって、いつも通りの時間を過ごした。
けれど隣に座る吉朗が急に手を伸ばしてきて抱きしめられた時、瞬間浮かんだのは雨の音と観月君の鼓動。
気づいたときには吉朗の胸を突き飛ばしていた。
ゴメンッ!と謝って部屋を飛び出そうとする私の腕を吉朗が強い力で掴むから、言うしかなかった。
それを言う心構えも、覚悟もできていなかったのに。言ってしまった。
「お願い・・・元の幼馴染に戻らせて。吉朗の彼女は・・・もう・・・無理なの。」
吉朗の顔。はじめて見る表情をしていた。
驚いているのと、意味を掴みかねていないのと・・・次には、とても哀しそうな顔をした。
「それ、別れるってことか?」
「ゴメ・・・」
「俺じゃ、駄目だったか?」
「吉朗」
「やっぱ、幼馴染の壁は越えられなかったってことか?」
「ゴメン・・・吉朗、」
掴まれた腕が引かれた。抵抗する間もなく、強く抱きしめられる。
締め上げられそうなほど抱きしめられて、吉朗のお日様の香りがするシャツに押し付けられた。
「泣くなよ、。お前に泣かれるの・・・昔から苦手なんだぜ、俺。」
「吉、朗」
「俺は、マジ好きだった。ずっと、お前を見てた。だから分かってた。お前の好きが、俺の好きと違うことぐらい・・な。
いつかは変わるかもしれない。そう思ってたけど・・・駄目だったらしい。」
「ゴメンナサイ・・・」
「が謝ることじゃない。ココロなんて、誰にも思い通りになんて変えられないもんだろ。いいんだよ。
けど・・・最後にもう少しだけ、抱きしめさせてくれ。ゴメン、な。」
恋人としての最後の抱擁。私も吉朗の背に手をまわして抱きしめた。
意味は違っても、吉朗がとても好きだと心から思って涙が止まらなかった。
その日から。私と吉朗は、幼馴染という肩書きだけに戻った。
秋風が吹いて、制服はブレザーになった。
吉朗は相変わらず。
彼氏と彼女でいた半年間は夢だったのかと思うほど変わりなく私に接してくるけど、
簡単に幼馴染のポジションに戻ったように見えて、そうじゃないことも分かっている。
吉朗は決して私に触れない。
付き合う前も軽く頭を小突いたり、撫でたり、肩に触れたりは日常だった。
今は絶対に触れてこない。
部屋にも入れなくなった。
母に頼まれて吉朗の家に行っても、二階に誘われることはもうない。
メールも、電話も。必要なときにしか使わなくなった。
正直、ひどく寂しかった。
吉朗を失くして初めて、彼の温もりや優しさを知って胸が痛んだ。
今日、体育館に向かう渡り廊下を歩く観月君の背中を見た。
遠めにでも見つけられる姿勢の良い後姿を持て視界が歪む。
久しぶりに会えた。会えたといっても、こんな遠くの窓から見ただけだけど。
今でも吉朗から時々聞かされる観月君の話。
新人戦があったり、秋期大会に向けて練習のメニューを組んだりと大忙しらしい。
吉朗から聞ける観月君の様子だけが、私と彼を繋いでいる。
私の恋は、永遠に片想いだ。
その日は、いつものバイトのシフトと違っていた。
先輩に頼まれて、時間も曜日も全く違うシフトに入っていた。
親切な店長に手ほどきを受けて、随分と紅茶にも詳しくなってきた。
そんな話も観月君にしてみたいと思いながら、あれから一度も店で顔をあわせていない。
先輩からは『この前、ちゃんのお友達が来てたのよ』と二度ほど聞いたが、私のバイトの日ではなかった。
避けられてるのかな?と思う。
あの、雨の日。聡い観月君は、私が自覚するより先に私の感情に気づいたのかもしれない。
迷惑・・・だったのだろう。ならば、避けるしかないのは分かること。
気づけは落ちる溜息。
それでも何処かで、今日は観月君が店に来てくれないかな?と期待している自分がいる。
自動ドアが開くたび顔を確認せずにはいられない自分が哀れに思えた。
何事もなく終わったバイト。
制服に着替えて裏口から店を出たら、雨がポツポツ降っていた。
今日は傘を持ってない。どうしようか?店で傘を借りれるかも。
そうは思ったけど、店内に戻る気持ちにはなれなかった。
激しい雨じゃない。濡れて、行こうか。
なんとなく濡れて帰りたい気持ちだった。自分を苛めたい様な・・・そんな気持ち。
走るでもなく。いつもと同じペースで歩き始める。
空を見上げたら藍色の闇から銀糸が落ちてきて綺麗だった。
冷たい。でも、気持ちいい。
頬に落ちてくる細かい雨を感じながら表の通りに出る。
店の前を通り過ぎる時、
交代した先輩達にガラス越し挨拶しようと視線を向ければ・・・そこには観月君がいた。
さっきまで私が扱っていた店の袋を手に、外へ出ようとしていた彼と目が合う。
観月君の足が止まったのが分かった。
居た堪れない気持ちになって、軽く頭を下げるとそのまま通り過ぎる。
会いたかったのに。会えたら・・・ただ悲しい。
「さん!待って!」
車が水を跳ねていく音と一緒に後ろから声をかけられた。
立ち止まる私の上に差し掛けられるチェックの傘。
「あなた、また傘を持ってないんですか?」
「うん・・・」
「困った人ですね、」
観月君が笑った。
泣いてしまいそうなほど大好きな、観月君の笑顔だった。
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